71話 急襲

 司令本部を飛び出し向かった戦場の最前線は、想像よりも遥かに酷い混戦状態に陥っていた。

 巻き起こる砂埃で視界がきかず、四方八方から絶叫や武器がしのぎを削る音が聞こえてきてくる。


 戦場の統制が失われていることは見えずとも明らかだ。

 リベリカは引き連れた伝令使に手短に指示を出す。


「貴方は一旦下がって、第二陣に戦線間際で待機するよう伝えてください」

「し、承知しました! そのあとはどうすれば……」

「第二陣で待機です。私は前に出て第一陣の立て直しを図ります。負傷者を後退させますから救護できるように準備しておいてください」

「はい!」


 伝令使が砂塵の向こう側に姿を消すと、リベリカは背中に掛けている双剣を抜刀した。

 戦況を覆してみせると啖呵を切って飛び出してきたのだ。

 たとえ孤立無援でも今さら引き返すわけにはいかない。


「いくぞ、ワタシ……」


 意を決して足を踏みこみ砂地を蹴った。

 視覚には頼れない。耳に入ってくる音を聞き分けて気配がする方角へ足を向ける。


 誰かがいる――その直感はすぐに確信へと変わった。

 黄土色の背景に四足のモンスターと人間のシルエットが浮かび上がっている。

 男の方は腰を抜かして地面に座り込んでしまった。

 その身体を引き裂かんと獣が前腕を振り上げる。


「あたま伏せて!」


 掛け声とほぼ同時、リベリカは男の前に飛び出して両者の隙間に滑り込んだ。

 不意打ちを狙った一か八かの横入りだ。

 モンスターの攻撃は既に繰り出されているが、そこに刹那の迷いが生まれる。その隙をリベリカは逃さない。

 頭上で交差させた二対の短剣で挟み込むように爪を捉え、押し返すように爪を弾き飛ばした。


 しかし、そこで手は止まらない。

 今度はリベリカの双剣がモンスターに向かって牙を剥く。

 押し返された反動でガラ空きになっている獣の右上半身。

 そこ狙いを定めると、リベリカは振り下ろした剣を逆手に持ち替え、モンスターの懐に飛び込むように跳躍した。


 双剣は手数の多さに秀でているが、剣身の短さゆえに極度の接近戦に持ち込まなければ攻撃が当たらない。

 しかし、リベリカは盾という防御を捨て、元来の強みである機動力に一点特化させた。

 その結果として手に入れた超人的な瞬発力から双剣使いの奥義が繰り出される。


「やぁぁあああああッッッ!!!!」


 宙を舞う花弁のように空中で身体を回転させ、両手先の双剣で目にも止まらぬ斬撃を無数に繰り出す。

 脇から胸元までの袈裟懸けに切創を刻み込む連続攻撃。

 それは瞬く間に両者の勝敗を決定づけた。


 一瞬にして致命傷を負った四足獣が断末魔を上げて砂漠に沈む。

 それを確実に見届けると、リベリカは周囲を警戒しながら座り込んでいる男の手を取った。


「動けますか?」

「あ、ああ、副団長、ありがとうございます‼」

「感謝よりも状況報告を。体にどこか負傷は?」

「かすり傷だけです。まだ動けます」

「了解です」


 まずは1人を救えたのは良しとしても、こうやって1人ずつに時間をかけていれば戦況はさらに悪化していく。

 この者が軽傷だったことを鑑みて、騎士たちの形勢悪化はまだ深刻ではないだろうとリベリカは判断する。


「貴方はできるだけ交戦を避けながら散った仲間を集めてください。もし負傷者がいたら後方に下がらせるように」

「了解しました!」


 返事を背に受けながらリベリカは再び走り出す。

 今は何よりも時間が惜しい。

 モンスターの確実な討伐よりも、少しでも多くの場所へ駆けつけることを第一に立ち回った方がいいだろう。

 

 そう方針を固めたリベリカは、砂塵の中を縦横無尽に走り続けた。

 罠にかかっているモンスターは走り抜けざまに二振りで急所を斬り飛ばし、戦闘現場であれば的確な支援攻撃に回り、対峙している騎士にとどめを繰り出させる。


 リベリカの活躍は確実に前線の形勢を逆転させていった。

 窮地から救われた騎士たちが戦意を取り戻し、騎士団の混乱が収束していくと共に、視界を奪っていた砂煙が鳴りを潜めていく。


 やがて視界が晴れると峡谷付近は瀕死のモンスター数体だけが残っており、戦況は騎士たちの優勢に転じていた。


「なんとかなりましたかね……」


 一息ついて足を止めると、身体への負荷を度外視した立ち回りの反動が津波のように押し寄せる。

 身体中の血管が張り裂けると感じるほど脈は激しく、止めどなく振り回していた四肢は締め上げられるように痛む。


 リベリカが肩を上下させて息を整えていると、第一陣の部隊長を筆頭に騎士たちが駆け寄ってきた。


「救援に来てくださりありがとうございます!」

「副団長の、いえ、《乱舞のリベリカ》様の実戦をこの目で見れて感激です‼」

「恥ずかしいのでその呼び方はやめてください……」


 頬を赤らめ目を輝かせた騎士たちが取り囲んでくるので、気が休まるどころか余計に息苦しくなる。

 双剣使いとして頭角を露わし始めた頃からそんな二つ名が独り歩きしていたことは知っていた。

 だが面と向かって呼ばれるのは未だに慣れていないのだ。

 もちろん間違っても自分で付けた二つ名ではない。

 

「社交辞令はそれくらいにして、状況を報告してください」

「第一陣からの離脱者は8名、動ける者で残るモンスターの掃討をしておりますが、それもまもなく完了するかと」


 犠牲者は出てしまったが、結果として当初の作戦は成功したと言えるだろう。

 先陣を切って襲来してきた中小型モンスターの一掃が終われば、いよいよ最終標的であるへミレイア=ベスタトリクスが姿を現すのを待つのみとなる。

 あとは最後方に控える遠距離砲撃隊と騎士団長直轄の精鋭部隊の出番だ。


「残りのモンスターを掃討後、後退して第二陣と共に防衛戦に徹してください。あとは後ろの本隊に任せて……」


 そこでリベリカの口が止まった。

 砂漠に照り付けていた灼熱の陽射しが一瞬にして消え去り、周囲一帯が夜に変わったのだ。


 ――否、そう錯覚するほど巨大な影が地面を覆っている。


 白昼の大空を見上げると、そこには空飛ぶ黒い龍が雄大な翼を広げてこちらを見下ろしていた。

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