66話 ユリの狩人(1・0→)
「何があったんですか?」
護衛の騎士2人が退出し、広く寂しく静まり返った部屋の中。
それまで組織の上に立つ者たる毅然とした態度を貫いていたリベリカが、その表情を初めて崩した。
「だから騎士団と一緒に戦うのが嫌だって」
「それが出鱈目だってことくらい分かってますよ」
「……うぅ」
突き放すように言っても鋭く釘を刺されてしまう。
アリーシャが叱責に怯える子供のように目を伏せて黙り込むと、その様子を見守りながらリベリカは音を立てずに席を立ちあがった。
小さな窓から日光が差し込んでいるだけのこの部屋には、一人用の寝具と衣類が入っている収納家具がポツンと置かれているだけ。
壁際のチェストの上には太刀が横たわり、鞘には灰を被ったように埃が積もっている。
リベリカは撫でるような手つきで太刀の埃を払うと、両手で抱えて戻ってきた。
「もしかして、しばらく狩りに出てないんですか」
太刀が目の前に差し出されるが、アリーシャはそれを受け取らず、代わりに弱々しく首を横に振る。
「アタシには……もう武器を持つ資格が無いから」
「やっぱり、何かあったんですね」
リベリカは太刀を手渡すのを諦めて腕を引っ込め、代わりに自分の椅子を手前に引き寄せてきた。
身じろぎすれば膝頭がくっつきそうな至近距離で向かい合う形になる。
「アリーシャは狩猟を続けるために騎士団への編入を断ったんじゃなかったんですか?」
「……リベリカと離れてから最初の1年は狩りを続けてたよ」
「民間で非合法にってことですよね?」
「そりゃね。本当は騎士団以外のモンスター討伐が禁止になったって話は知ってたけど……って、あ」
そこまで口にしてアリーシャは言い淀み目を逸らす。
そういえば今こうして話している相手はまさにその王立騎士団のナンバー2。
ということは、これは誘導尋問ではないのか。
彼女の前で「モンスターを密漁してました」と語るなど、自首しているようなものだ。
「安心してください。アリーシャを売るようなことしませんよ。いまは業務外ですから、騎士団としてその話は聞かなかったことにします」
「……本当だよね」
「本当です」
なおも疑わし気な顔をするアリーシャに、そもそも、とリベリカは続ける。
「アリーシャが民間の狩猟組織を立ち上げてたことは元から知ってますし。たしか、『境界なき狩猟団』でしたよね」
「なんでその話を知って……?」
「なんでって、文通でアリーシャが手紙に書いてたじゃないですか」
リベリカが呆れた表情で嘆息する。
言われてみれば、街を出て暫くの間は手紙のやり取りを続けていた。
当時はまさか彼女がこんなに偉くなるとは想像もしていなかったし、そもそも手紙自体に慣れていなかったので、思いつくままに適当なことを書き連ねていた気がする。
なにか余計なことを書いていやしないか、とアリーシャは気まずく口元をひくつかせた。
「……アタシ、どこまで書いてた?」
「詳しいことは全然」
「そ、そっか」
杞憂だったと安堵していると、リベリカが目を細めて口を尖らせる。
「そっかじゃないです。5回に1回しか手紙返ってこなかったですし? そのせいで毎回手紙の内容が飛躍してて訳わかんなかったですし。ずっとモヤモヤしてたんですよ⁉」
「それは……すみませんでした」
「悪いと思ってるなら今ここでちゃんと話してください」
割と本気で機嫌を損ねているのでこれ以上は怒りを買わないように、とアリーシャは恐る恐る確認する。
「……じゃあ、まずは狩猟団を結成したところからだよね」
「ええ、まずは」
アリーシャは頷くともなく顎を小さく引いた。
あれは、王国全土で
僻地の村々では周辺を管理していた狩猟組合が無くなったにもかかわらず、未だ騎士団の手は隅々まで行き届いていなかったため、モンスターの被害に悩まされていた。
そこに各地の大都市からはギルドを追い出された
「だけど、今度はハンター同士の争いが始まったんだよ」
「ハンター同士の……?」
「簡単に言えば、依頼の奪い合い。限られた仕事を誰が請け負うかのバトル」
「新体制の影でそんなことが……」
リベリカが心底驚いたような顔をする。
優遇された王立騎士団の目に映る世界はさぞ平和なものだったのだろう。
だが、実際、アリーシャを含め狩猟を生業とする人間にとって、そこは弱肉強食の世界だった。
そんな中で狩猟一筋で生きてきた人間が居場所を守るためには、狩人としての自らの実力を知らしめるしかなかった。
だから無我夢中で武器を振り、モンスターを狩り続けた。
その活躍と功績が評判を呼び、気づけば自分は祭り上げられる形で狩猟団の頭領になっていたのだ。
「みんな気づいたんだよ。個人で細々と依頼を受けるより、強い誰かと組んでリスクを減らしながら大きな仕事を受けたほうが儲かるって」
「それで『境界なき狩猟団』……つまり、アリーシャの派閥が出来上がっていったということですか」
「派閥ってなんか嫌な響きだけど。まあそんな感じ」
けれどあの頃の自分に余裕などは決してなかった。
自分の取り柄は狩猟の腕一本だけ。
組織の頂点に君臨すると言うことは、虎視眈々と下剋上を狙う者たちの視線を浴び続けることでもある。
自分はどの狩人よりも強いのだと証明し続けなければ、自分の存在意義が失われる。常にそんな恐怖と隣り合わせの毎日だった。
「でも、アリーシャは狩猟団を辞めた。何があったんですか」
「それは……」
アリーシャが口ごもるとリベリカは前かがみになって顔をぐいと近づけてくる。
「教えてください。 何がアリーシャを今の貴方にさせたのか。私、聞くまで帰りませんから」
「えぇ……」
押しの強さに腰を引くと、リベリカはさらにズイと身を寄せてくる。
「ずっと話してくれなかったら今夜はここに泊まります」
「ベッドはひとつしかないけど……」
「同じベッドで添い寝します」
「お、お連れの騎士さんを待たせるのはいけないかと」
「次の任務に行かせるので心配無用です」
あれもこれもやりこめられ、アリーシャはかっくり肩を落とす。
そういえばリベリカと口論で勝てたことなんて一度もなかったわけで、つまりこの場は最初から積んでいたわけだ。
「教えてください。アリーシャが
「……分かった。でも聞いたらアタシを誘う気はなくすと思うよ」
これから語るは決して楽しい話ではない。
己の執着と慢心が引き起こした惨劇について。
それを、罪の懺悔のためではなく、自らの戒めのために告白する。
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