閑話 回想――黄金の民の末裔

 その日は月も星もまったく輝かない曇天の夜だった。

 は、王立騎士団の司令官パーカス=ブルボンとして装備一式を身に纏いながら、その身分をかなぐり捨てる覚悟で馬を走らせていた。


 ――ベスタトリクスが山岳地帯に現れた。


 そんな急報が入ったのが今朝のこと。

 すでに日は沈み切っており、今となってはあと数時間で丸一日が経過するという時頃。

 おそらく被害は甚大。行く先は死地だ。

 騎士団の待機命令に反する形で抜け出してきたのだから当然援護は見込めない。


 だが、無謀なことは百も承知。俺は無我夢中で馬を走らせた。

 こうしている間にも山岳地帯の民たちの命が脅かされている。

 王国や騎士団の利害なんて知った事か。

 俺の正義は組織に尽くすことじゃない。守るべき命を護ることだ。


 山岳地帯には憎らしい同僚カスティージョの愛する女性がいる。

 王国の人間と「黄金の民」との婚姻は認められていないので、彼ら自身その関係を公にしていないが、カスティージョが騎士団に入団以来ずっと傍で見てきた俺には分かる。

 カスティージョはその女性を心から愛している。

 彼こそ今もっとも胸を焦がしている人間に違いない。


 ベスタトリクス急襲の一報が舞い込んできた時、あいつは騎士団の方針が「待機」だと知りながら団長に救援の許可を取り付けるべく直談判をしようとしていた。

 理由は口にしなかったが、俺はそれが愛する女性を守るためだとすぐに察した。


 だが、だからこそ俺はあいつを引き留めた。

 カスティージョは俺と違ってまだ若く、そして優秀な騎士だ。

 彼はこの先もっと大物になる。

 こんなところで組織の理不尽に潰されていいような芽じゃない。


 俺は思いつくあらゆる理由を並べ立ててあいつを説得した。

 その甲斐あってかカスティージョは直談判を諦めた。

 だが、あいつはそれだけで引き下がる男じゃない。

 必ずや騎士団の目を盗み、たとえ単身でも救援に向かおうとするはずだ。

 そうなることは分かり切っていた。


 だから、俺はそれよりも先んじて騎士団と王国を経つことにした。

 明朝には俺の独断行動が表沙汰になっているはず。

 そうなれば、カスティージョや他に蛮勇を振るって追随しようとする者が現れても、騎士団は簡単に彼らを見逃さないだろう。


 これは俺は傲慢だ。

 ただ、同僚の将来とその愛する女性のどちらをも救いたいならこうするしかなかった。



 ようやく山岳地帯にたどり着いたのは翌日の夕刻だった。


 村の様子を一目見て、「手遅れだ」と悟る。

 家と言う家はことごとく倒壊し、そこら中から異臭が立ち昇っている。

 それでも生き残りの住人がいる可能性を信じて、俺は村を隅から隅まで捜索した。


 そして、とりわけ大きな、しかし既に半壊した建物の中で小さな赤子を守るようにうずくまっている女性を見つけた。


「おい大丈夫か!! そこは危険だ、早くこっちに――」

「こないで!!」


 まるでモンスターに向けるような敵意むき出しの鋭い視線が飛んでくる。

 彼女は肩から背中にかけて深い傷を負っていた。見るからに衰弱している。

 なのに、その子を守らんとする気迫はこちらが気圧されるほどだった。


「私たちの力もっ、この子も、王国の人間には渡さない!!」

「誤解だ! 私はこの村の人間を助けに――」

「近づかないで!!」


 彼女の抵抗は想像を絶するものだった。

 だが、これは王国が彼女たちの民族にした仕打ちの裏返しなのだと思い知らされる。


 山岳地帯にひっそりと生きる、モンスター狩猟に秀でたこの民族は、黄金色に輝く美しい髪を特徴とするが故に「黄金の民」と呼ばれている。

 国土内のモンスター被害に悩まされていた王国は、「黄金の民」と密かに同盟を結び、食料や物資の提供と交換に彼らを王国の防衛の役務につかせた。


 しかし、自国土の防衛を他民族に委ねている事実を表沙汰にしたくない国王は、彼らの存在を隠ぺいするため、身なりの強制や領土内での行動制限、自国民との交流の一切を禁止した。


 そして最終的には、彼らの長けた狩猟能力が彼ら伝統のにあることを突き止めると、その武器の供与を求め、交渉が破談に終わるや否や一方的に同盟を破棄したのだ。


 こんな悪逆非道な行いをした王国の人間をおいそれと信用できるはずがないのは当然だ。


 だから俺は持っていた武器をその場にすべて捨て、害意がないことを必死に説明した。

 ただ命を救いたい。この村に同僚の愛している女性もいるのだと訴えた。


「……パーカス? もしかしてカスティージョの言っていた……」

「ああ、そうだ! 私はパーカス=ブルボン、彼はわたしの親友だ」


 それはある意味で奇跡だった。

 彼女こそカスティージョの愛するその人だったのだ。


「さぁ早くこっちに! この建物もいつ崩れるかわからない!」

「私のことは構いません。それよりもこの子を」


 力を振り絞るように差し出された赤子は、透き通るような蒼い瞳をしていた。

 カスティージョと同じ眼をしている。言われるまでもなく、彼の娘だと理解した。


「私は……この傷ではもう、きっと助かりません。それに生き延びたところで生きていく場所がない」

「そんなことを言うな! この子はどうするんだ⁉」

「あなたに託します。あなたは彼の親友なのでしょう……?」


 けれど、と彼女は今にも枯れそうな涙を流しながら訴えた。


「どうか……その子のことは彼にも、誰にも明かさないでください。この子は恐らく私たちの唯一の生き残りになります。存在が王国に知れれば、きっと狙われてしまう」


 その彼女の願いは俺にとって皮肉すぎるものだった。

 もとより自分は王国での立場を捨てた身だから、身を隠して生きていく覚悟はすでにある。

 だが、ここに彼女を救いに来たというのに、そして2人の愛した証を救えるというのに、俺はそのことをカスティージョに伝えられずにこれから生きていくことになるのだ。


 それでも他に選択肢はなかった。


「……わかった。俺の命に代えてもこの子を守ると約束する」

「ありがとう、ございます」


 何かと戦っているような険しい彼女の表情がふっと緩み、はじめて微笑みが浮かぶ。

 彼女は身体の下に横たえるように隠していた一振りの太刀を私に託した。


「一族に伝わる武器です。この子が、無事に大きくなったら、渡してあげてください」



 これが俺がアリーシャを授かった日の出来事。

 そして、王国が羨む二つの宝――「黄金の民」の生き残りとその武器――を抱え、辺境で隠れ生きていく俺とアリーシャの生活が始まっていった。

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