64話 ユリの狩人(1・0)
酒場の看板娘が王立騎士団の副団長と旧知の仲だった。
――という噂があっという間に村中を駆け巡った結果、酒場は噂の真相を確かめにきた村人で溢れかえることになり、急遽この日の営業は取りやめとなった。
なんとか強引に客を追い出して店の戸締まりを終えたアリーシャは、騎士団の3人を連れて酒場の二階へと案内する。
店の二階には空き部屋が幾つかあり、そのひとつを店主の厚意で仮住まいとして使わせてもらっているのだ。
「えーっと……遠路はるばるようこそお越しくださいまして……」
来客用の什器など当然揃えていないので、形も大きさもバラバラの椅子を寄せ集めてきて形だけの応接スペースを用意。
慣れない所作でアリーシャがぎこちなく着席を勧めると、リベリカはそれに素直に応じて椅子に腰かけた。
が、両脇の騎士ふたりは部屋の入り口に立ったまま、休めの姿勢で微動だにしない。
「おふたりもよければご一緒に……」
「お構いなく」
「我々は立ったままで問題ありません」
融通が利かないというか、やけに律儀というか、久しぶりに味わう堅苦しさにアリーシャは頬を引きつらせた。
縦型組織あるあるなのだろうが、リベリカの周りの人間はいつもこんなやつばかりだ。
こちらが座っている手前、大の男ふたりが立ったままでは見下ろされる形になって居心地が悪い。
対応に困ったアリーシャがまごついていると、その様子に気づいたらしいリベリカが小さくため息をついて首を巡らせる。
「私が着席を許可します。ふたりも座ってください」
「「承知しました」」
今度はそのたったひと言で、リベリカよりも歳が二回り上の男ふたりが一糸乱れぬ所作であっさり着席した。
その上、椅子を後ろに引いて副団長と膝が並ばないようにするほどの上下関係の徹底ぶり。
本人にその気は無いようだが、この3年間で彼女が積み上げた地位と威厳をまざまざと見せつけられる形になり、アリーシャは雲の上を眺める様な目でリベリカを見つめてしまう。
「……凄いねリベリカ。もう名実ともに副団長なんだ」
「まだ就任したばかりですよ」
「まだって、編入してまだ3年だよ? それこそ異例の昇進でしょ」
「そうでしょうか。この騎士団は実力主義ですからやれることを全部やってきた結果が認められたんだと思ってます」
謙遜も不遜も無く答えるリベリカを見ていると「すごいなぁ」という安直な感想しか湧いてこない。
彼女と比べて自分を省みれば、この3年間は何も積み上げていないどころか、積み上げてきたものを失ってばかりの時間だった気がする。
彼女と別れてからの日々を思い返すことさえためらわれる。
「アリーシャは今まで、……ここで何をしてるんですか?」
そんな心の中を見透かされたのか、リベリカは質問の途中で言い淀んで言葉を選びなおす。
あのリベリカに気を遣われているんだと思うと情けなくなる。
けれど、一方で核心に触れられないことにホッとしている気持ちもある。
まだこれまでのことを打ち明ける勇気はない。
その話題に触れずに済むことに安堵を覚えながらアリーシャは軽口で答えた。
「さっき見られた通りなんだけど、分からない?」
「まかない飯狙いで厨房を漁ってたみたいですけど……無銭飲食じゃないですよね?」
「ちっがうから⁉ ちゃんとした従業員! 酒場の看板娘なんだから‼」
自分で言うのもなんだが、この村ではちゃんと働けている自信があるのだ。
料理や酒より自分目当てで来ている客もいるし、店もちゃんと儲かっている。
アリーシャは断固抗議すべく酒場の制服をヒラヒラと摘まんで見せつけるが、リベリカは納得のいっていない顔で首を捻る。
「ずっと厨房に隠れてたじゃないですか。アリーシャが真っ当に働くなんて信じられないんですけど」
「まさかの信用なし!? ちゃんと働けてるから!」
「じゃあ、さっきはなんで隠れてたんですか」
「だって、それは……」
「だって何です」
間髪いれずに真顔で詰問され、アリーシャはたじろいだ。
その質問はまったく作意が無い純粋な問いなのか、それとも巧妙な誘導尋問なのか。
リベリカの意図は分らないが、それがどちらにせよ上手いごまかしの効いた答えなど浮かばない。
騎士団が来たと知ってとっさに身を隠した理由はひとつ。
アリーシャは躊躇いながらも正直な理由を口にした。
「……騎士がアタシのこと捕まえに来たんだと思って……」
3年前にリベリカと道を違えた日、アリーシャは自分を騎士団に編入させようとしていた騎士団長――実の父のカスティージョ――には何も告げずに街を出た。
だから当然、あの男は自分を連れ戻すために追手を差し向けているはずと思って今日まで村を転々としてきたのだ。
リベリカは静かに頷いて「なるほど」と呟いてから、慎重に言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。
「そういう意味では……あながち間違いでもないですが」
「じゃあ本当にアタシのことを騎士団に連れ戻しに来たんだ」
「それはちょっと違います」
「……どういうこと?」
訝しむアリーシャに、リベリカは落ち着いた様子で説明を続ける。
「確かに騎士団ではアリーシャ捜索の命が下されています。それは事実です。ですが、私が今日ここに来たのは騎士団に連れ戻すためじゃありません。貴方の力を貸してほしくてお願いにきたんです」
「って言われても……それの何が違うの?」
「こう言えば伝わりますかね。私は王立騎士団の副団長としてではなく、個人として貴方に会いに来たんです」
そうは言われても……とアリーシャは首を傾げる。
口では何と言おうと、今こうして相対しているリベリカは騎士団の正装を身に着け護衛の騎士まで連れているのだ。
この状況で「個人的に会いに来た」と主張するにはいささか無理がある。
「護衛の騎士さんがふたりもいらっしゃるんですけど?」
「このふたりのことは私が保証しますから安心してください。……まあ本当は素性を隠して私ひとりで来るつもりだったんですが……」
リベリカが不本意だと本音を漏らすと、横から2人の騎士が
「お忍びとは言え、戦況ゆえに副団長に暇をとっていただく余裕はないですから」
「今回は視察という名目でこの村に来ているのです」
「……という経緯がありまして。もちろんアリーシャと会うことは他言無用と言ってあります」
リベリカはかっくり肩を下ろして嘆息する。
せっかくギルドという旧体制から解放されたのに、相も変わらず組織の中でやり辛そうにしているリベリカの姿が脳裏に浮かぶ。まったくもってご愁傷様だ。
ふたりの騎士の素性は知れないが、これまでの振舞いを思い出しても彼らのリベリカに対する信頼はかなり厚いように思える。
何よりも彼女自身が彼らのことは信頼してよいと言っているわけだ。
アリーシャはまだ少しモヤのかかった疑念を頭の隅に置いて、リベリカの言葉を信じることにした。
「……わかった。じゃあ改めて聞くけど、今日はどんな要件でここに?」
その問いかけに、リベリカが緩めていた表情を引き締めた。
膝に手を置き、姿勢を正し、真剣そのものの双眸で真っ直ぐに見つめてくる。
弛緩していた部屋の空気が張り詰めるのを肌で感じ、アリーシャは生唾をごくりと飲み込んだ。
逡巡するような間を挟んだのち、リベリカは膝の上の拳をきゅっと握りしめて、明瞭に口にした。
「1ヶ月後、ベスタトリクスとの決戦に加勢してほしいんです」
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