62話 ターニングポイント②

 王国全土のギルドが解体され、一般人によるモンスター狩猟が禁止となってから3年の歳月が流れた。


 当初は狩人に代わって台頭してきた騎士団たちへの反発の声もあったが、今となってはそれもすっかり鳴りを潜め、体制の変化は確固としたものになっていた。


 街や主たる街道にはより精度の高いモンスター避けが設置されるようになり、万が一モンスターが人間の生活圏に姿を現しても騎士団が速やかに排除してくれる。

 もはや都会の人々が生活の中でモンスターの気配を感じることはほとんどなくなった。


 また、モンスター全体の狩猟数こそ減ったものの、その素材を武器に使用していた狩人ハンターがいなくなったことで、むしろ貴族や商人へのモンスター素材の流通量は増加。


 そのような様々な要因があわさった結果として、街で普通の生活を送る人々にとっては、狩人制度の廃止は不便よりも恩恵を多くもたらすものとして歓迎されたのだった。


 しかし、当然ながらそのような恩恵をすべての民が享受しているわけではない。


 例えば、王国領土の主要部から取り残されたようにポツンとある片田舎。

 この村唯一の酒場では、まだ太陽が燦々と輝く真っ昼間から職にあぶれ浮浪者の一歩手前を彷徨っている男たちが鬱憤うっぷんを晴らそうと酒におぼれていた。



「酒だー! 酒をもってこーい!!」

「つまみが足りねーぞー!!」


 テーブルを酒で水浸しにするほど飲んだくれている野郎たち。

 元は大きな街のギルドハンターとして名を上げていたのだが、狩人制度の廃止で職を失い、それでも腕っぷしを活かせる土地を求めてこの辺境まで流れ着いた……というのが彼ら恒例の身の上話だ。


「ねーちゃん聞こえてねーのかー? こっちだこっちー!」


 他の客の迷惑も考えずに大声を張り上げるなど迷惑以外の何でもないのだが、そんな彼らでもこの店にとっては貴重な常連客。

 そもそもこんな時間帯から飲みに来る客は限られており、いたとしてもこの有様を分かってやってきている物好きな連中ばかりだ。


 そんなわけで、酒場の看板娘もまた勝手知ったる態度で困った常連客に対応する。


「はいはーい。ほれ、追加のビールとナッツ」


 呆れた声でテーブルにジョッキをガツンと置いた彼女。

 朱と白をベースカラーにした酒場の制服に身を包み、バンダナで包んだ後頭部からは一本にまとめられた金色の髪が馬の尾のように垂れている。


 肌は瑞々しく目鼻立ちも整っており、こんな荒んだ田舎にはそぐわないほど美人な少女。

 客の男たちは不躾にも鼻の下を伸ばしているが、それを知ってか知らずか彼女は無警戒に同じ卓へと腰を下ろす。


「一応聞くけどさー、ちゃんと手持ちあるんだよね?」


 包帯を巻いた手で頬杖をついて眉根を寄せると、男はジョッキに手を伸ばしながら得意気に答える。


「それが今日はコイツの奢りなんだ。お前ちゃんと持ってるよな?」

「はあ? 今日はお前の奢りだろ! 手持ちなんかねえぞ」

「なッ、違うだろ⁉ 俺も手持ちなんか……」


「ちょっといいかな、おふたりさーん?」


 雲行きが怪しいと分かるや否や、看板娘は客が掴むよりも早くジョッキを手前に引き戻す。

 凍てつくような笑みで咎められた男達は頬を引きつらせながら弁明をはじめた。


「違う、大丈夫だ! 今日だけはツケにしてもらってまた後日!」

「そうだな! 大物を見つけて狩ってくるからその素材を売ってお代は必ず!」

「うん。それ前も聞いたぞ? それで前のお代は?」

「そ、それは……」

「その分も次回ということで今日は……」

「待てやコラ」


 もはや確信犯と分かり切っているこのふたり。

 席を立とうとしたのを見逃さず、娘は男達の足を容赦なく踏んづけると、不気味なほど可愛らしく目を細めた笑顔で問い詰める。


「いつになったらカネ払うんだ? 収入の目途ついてんのか?」

「来週までに……いや、明日! 明日狩りに行くから!」

「それは獲物の目星がついてると?」

「……そういうわけではないんだが……」

「だよなぁ。知ってる」


 懲りもしない無銭飲食の常連犯など情けは無用。

 娘は男達の足の甲をつま先でグリグリ穿ってお仕置きする。


 この村に流れ着いた元・狩人たちにとってこの手の言い訳をもはや常套句。

 店側もそれを分かっているはずだが、ここの店主は稼ぐ気がないらしく彼らのツケ払いを黙認している。


 だが「舐められないように形式だけでも毅然とした態度で対応することが大事」というのが店主の意向なので、彼女もそれに従っている。

 けれど、彼女にとってはもうひとつの個人的な理由があり、いつも彼らに小言を言っている。


「あのさぁ。もう狩りなんてやめちゃいなよ。さっさと安定した仕事探したら?」

「いいや、今さら他の仕事なんて無理だね」

「それに俺たちみたいな狩人がいなくなったら誰がこの村を守るんだ」

「いるじゃん。王都からきた騎士のおっさんが」


 彼女の言う通りこの村にも派遣されてきた騎士が駐在している。

 だが王都から余りに遠い土地での任務など、騎士団の人事においてはハズレもハズレ。

 必然、派遣されてきた騎士にやる気が満ち溢れているはずもなく、有名無実の穀潰しもいいところになっているのだ。

 そのためか、いつの間にかこの村では騎士との間で賄賂が横行し、狩人による狩猟が黙認されるようになっていた。


「姉ちゃんも冗談きついぜ。それ本気で言ってるか?」


 この村に住む人間で騎士の実態を知らない者などいないので看板娘の言葉は皮肉と受け取られても仕方がない。

 だが鼻で笑っている男とは対照的に、少女は不貞腐れた様子で口を曲げる。


「本気も何も、今はもうそういう時代じゃん。あんなやつれたおっさんでも騎士団の武器があればモンスターなんて瞬殺。普通の人間がわざわざ戦う意味ってある?」

「つまり俺たちは頑張るだけ無駄だって言いたいのか」

「……まあ、そういうことだけど」


 人が身体を鍛え、技を特訓し、経験を積んでモンスターに立ち向かう。

 そうして積み上げた実力が強さとなる時代は終わってしまった。

 騎士団だけが使用を許される特殊な武器。

 それを手にすれば、たとえひ弱なもやしのような新人兵士であっても、熟練の狩人と同等かそれ以上の力でモンスターを狩猟できてしまうのだ。

 そんなイカサマが存在する世界で、バカ正直に努力をしようと考える人間は頭がおかしい。


 彼女の言いようは狩りに生きる彼らの存在意義を否定するような言葉だと受け取られても仕方がない。

 しかし、男達の怒りの矛先は少女ではなく、ここにはいない騎士団へと向けられていた。


「騎士団の連中が何を隠してるのかしらねえけどな。どんなに強い武器があったって、結局それを使える人がいないと意味ねえんだ。なのに連中はそこが何もわかってねえ」

「だな。実際、もしもこの村に大量のモンスターが現れたらどうするよ? ねーちゃんは騎士のおっさんひとりで村を守り切れると思うか?」

「さあね。できるんじゃない? 知らんけど」

「はぁ、これだから最近の若者は……」


 急に白けた態度をとる娘に、男達は苦笑いを浮かべる。

 実際のところ、ここ最近はモンスターの出没情報すら滅多に耳にしないのだ。

 そんなこのご時世に村の中で囲われている彼女にとっては、モンスターの襲来など荒唐無稽な話に聞こえていたとしても仕方がない、と男は勝手に納得していた。


 そして、だからこそ平和ボケをさせないようにと、男は脅すような口調で続けた。


「だけど嬢ちゃん。モンスターはいつ襲ってきてもおかしくないんだ。ここがいつもいつまでも安全だと思い込むのは良くないぞ」

「へー、その心は?」

「お? 遂に興味もってくれたか」

「ちょっとだけ」


 予想外に前向きな反応に、男は得意げな笑みを浮かべるとわざとらしく喉を鳴らしてから口を開く。


「実は旅の商人から聞いたんだが、近ごろ辺境の村がどんどんモンスターに襲われてるらしい」

「俺も聞いたぞ。あれだろ、黒いモンスターの話」


 ”黒いモンスター”という言葉に少女の肩がぴくんと跳ねた。

 しかし、横やりに「そうだ」と答えて彼女の様子に気づかなかった男は、構わずに話を続ける。


「姉ちゃんも聞いたことがあるんじゃないか? 数年前に黒いモンスターの集団がでかい街を襲った話」

「うん。話だけなら……」

「その時に分かった話らしいが、黒いモンスターってのは”ベスタトリクス”っていう感染症にかかった個体らしい。人里に現れるのは突発的。しかも大量に押し寄せてくるって話だ」

「しかも、そのベスタトリクスが現れる前は、不気味なくらいにモンスターの気配が無くなるらしい」

「それが今のこの村の状況に似てるって言いたいわけ?」

「そういうことだ」


 男たちが熱量を込めて説明するも、娘は未だ半信半疑の顔つきでふーんと間延びした返事をするだけ。

 だが、そんな彼女に対して元・狩人の男二人はむしろ意志のこもった表情で言った。


「本当にそんな事態が起きた時、命をあんなエリート面した連中に預けるなんて御免だ」

「俺たちにだって誇りがある。箱入りの姉ちゃんには分かんないだろうけどな」

「……分かるっつーの」


 最後の小馬鹿にした言葉に少女は初めて苛立ちの表情を露わにした。

 しかしそれも一瞬のことで、怪訝な顔を向けてくる男たちに「なんでもない」と手を振ってはぐらかすといそいそ席を立つ。


 客が少ないと言っても今も立派に営業時間。店内には他の客もいるわけで、長居は無用だ。


「とにかく今日は見逃してあげるから。次はお金持ってくるんだぞ?」

「おっす。ありがとさーん」

「……ていうか飲みすぎんなよ?」

「わかってるって~!」


 言ったそばから豪快に酒を流し込んでいる男達に呆れたため息をこぼしつつ、看板娘は店の厨房へと戻っていく。

 しかし、その直後、新たな客の入店を知らせる鈴の音が店内に鳴り響いた。

 こんな昼間にまた酔っぱらいの客が増えるのは正直面倒くさい。


「おいおい、あんたらがこんな店に何の用だ?」

「ここはお貴族様が来るような場所じゃねーぞ。他の店を探せー」


 今度はいったいどんな客かと思っていると、店内で不穏な野次が飛び始めた。

 酔っぱらいはともかく、店でのもめ事だけは絶対に駄目だ。

 まずは状況を確認するべく、少女は厨房の物陰に隠れて店内の様子を覗き見る。


「それはご歓談のところ失礼しました。実は探している人がおりまして……」


 店の入り口に立っていたのは全身を白銀の鎧で覆った3人の騎士。

 すなわち、件の王立騎士団の騎士たちだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る