61話 ターニングポイント①

 狩人ハンター制度の廃止と全ハンターギルドの解体。

 その衝撃的な発表がなされてから約1か月という時間が経ったこの日。


 生活の拠り所を失った狩人ハンターたちは、自らの命運を左右するクエストへと赴いていた。


 場所は街の南方に位置する広大な平原。

 そこに武装した元・狩人ハンターたちが続々と集結し、街のある方角を背にして壁を築くように横隊の陣を組んでいく。


 人壁は見渡す限り途切れなく続いており、まるで大きな街ひとつの戦力を全てつぎ込んだような大掛かりな布陣になっている。

 だが、それは比喩でもなんでもない。

 事実として、この場にはかつて街のギルドに所属していたほとんど全ての狩人ハンターが集まっているからだ。


 ここでこれより行われるのは、過去数十年に遡っても前例のない大規模クエスト。

 襲来するモンスターの軍勢から街を防衛する総力戦だ。


 そして、今、ハンターたちが睥睨へいげいする遥か先、緑の大地と青の大空の境界線を真っ黒に塗りつぶすような大波が姿を現した。


「おい、なんだあれ!」


「まさかあれが全部……!?」


「あり得ねえ。本当に噂通り……いや、それ以上だぞ!!」


 それまで微かだった地面の揺れが俄かに不規則さと激しさを増し、弛緩していた空気が瞬く間に張り詰める。

 誰もがこの瞬間を覚悟していたはずなのに、ハンター中には事態のあまりの急変に武器を取り落とすものもいるほどだ。


「モ、モンスターだッ!! 早く武器を構えろッ!!」


「急げ急げ! もうすぐそこまで来てるぞ!!」


 見る見るうちにその大波は規模を増して大地を黒く染め上げていく。

 その正体は街に向けて進行してくる無数のモンスターたちの群れだ。

 

 数週間前に初めて確認されたその群れは、元は王国領土の外域に生息していたモンスターたち。

 それらが突如として群を成し、王都の方角に向かって進行を始めたのだ。


 事態の深刻さを認識した王立騎士団はモンスターの予想進行ルート上に位置するこの街へ部隊を派遣。

 その指揮を任されたのが、この街のかつてのギルドマスターであり、その実は王立騎士団からの出向者であった男、カスティージョだった。


 しかし、今戦場の前線に立っているのは騎士団ではない。


「お前ら怯むんじゃねぇぞ! 狩りは俺たちの仕事だ!!」


「騎士団なんかに俺らの仕事を奪わせんじゃねぇぞぉッ!!」


「「「おおおおおおおぉぉぉ!!」」」


 年長のハンターたちが叱咤激励すれば、集った無数のハンターたちが雄たけびを上げて空気を揺らす。

 都から下ってきた騎士団なんぞに自分たちの代わりが務まるはずがないと自負する彼らの士気はかつてないほどに高まっている。


 その理由は、このクエストが行き場を失った彼らに与えられた最後のチャンスだからだ。

 

 〈目覚ましい活躍をした者には騎士団指揮の下での狩猟活動を認める〉


 それがギルド解体に反対し半ば暴徒と化していたハンター達に向けてカスティージョが提示した条件だった。

 以前のような自由な狩猟活動を認めるものではないものの、王立騎士団からの委託という形であれ仕事を続けられるなら良し、と大多数のハンターたちは提案を受け入れたのだ。


 そうして集ったに匹敵するハンターたちの横隊の後方には、この日のために派遣されてきたの騎士たちが武器を持って控えている。

 彼らは万が一ハンターたちが失敗した時に備える最後の防衛戦力。

 ――と、表向きには位置づけられている。



「さて、狩人達かれらがどこまで持ち堪えるか見物ですねえ」


 前線の様子を最後方から眺めているカスティージョが嗜虐的な笑みを浮かべている。

 そのカスティージョの傍にはリベリカとモカも控えていた。

 すでに騎士団への編入が決まっている彼女たちはクエストに参加せず、この場からクエストを観戦するように指示されたのだ。


「まさかモンスターがこんな数いるなんて……」

「明らかに異常事態だ」


 地響きを連れだってやってくるモンスターの群れがいよいよ差し迫り、群衆を成す個々の輪郭が目ではっきりと捉えられるようになってくる。

 数は十、二十、三十……それどころの数ではない。

 話の上でも前例を聞いたことがない光景だ。


「ギルドマス……、いえ、騎士団長」

「なんでしょう」


 まだ慣れない敬称を言い直し、リベリカがおずおずと進言する。


「事前の報告よりモンスターが多すぎます。やはり騎士団の援護は温存せずに……」

「却下です。これはハンター個人の実力を測る試験でもあります。よって騎士団から彼らへの直接支援は行わないことは確定事項です」


 カスティージョが頑なに認めない通り、今回のクエストは以前のようなギルド主催の作戦会議も物資の支援も全くされていない。

 そんな状況でもハンター達は自ら作戦会議を開き、物資を寄せ集めてこの場に挑んでいる。けれども端からこのクエストは無謀としか言えない代物なのだ。

 これほどのモンスターの大群を正面から迎え撃つなど、玉砕覚悟で肉盾になれと言っているも同然だ。


「おい、あいつら様子が変だぞ」


 モカが指しているのがハンター達のことではない。

 様子がおかしいのは迫ってくるモンスターの様相だ。

 どれも姿形は狩人なら一度は戦ったことのある小型モンスターやその上位種。

 しかし、どの個体も色が違う。

 まるで黒の塗料を被ったように体表が漆黒に染まっているのだ。


「なにあれ……まるで」

「――全部がベスタトリクスみたいだな……」


 そんなはずがないと口を噤んだその先を代わりにモカが口にする。

 リベリカが驚きと疑いの入り混じった視線を向けた。


「あれが全部ベスタトリクスって、本当にそうなんですか⁉」

「確証はない。けど、あんなに黒い体表を持つモンスターなんて普通はいない。それこそベスタトリクスだけの特徴だ」

「でも、あれって明らかに元は普通の野良モンスターですよ!」


 漆黒に染まったモンスターの大半は四足歩行の牙獣種だ。

 そもそもベスタトリクスは二つ名が「厄災龍」である通り、漆黒の飛竜だと言われている。

 体表が同じ黒色だとしても、空を飛ぶモンスターと陸を走るモンスターが同一種であるはずがない。


 しかし、そんな仮説はとうの昔に崩れていることをモカが指摘する。


「……前に遺跡で討伐されたベスタトリクスも、リベリカの故郷を襲ったのとはまったく違うモンスターだったんだよな?」

「ええ、それは確かに」


 それには反論の余地がない。リベリカは首を縦に振る。

 遺跡調査の際に遭遇した漆黒の鱗粉を振りまくあの飛竜を、騎士団は「ベスタトリクス」だと呼称していた。

 だが、それは明らかにかつて彼女の故郷を襲った厄災龍とは似て非なるモンスターだったのだ。


「もし仮にあれが全部ベスタトリクスだって言うなら……あれもこれも説明がつく」

「あれもこれも……?」

「全く違うモンスターがどちらもベスタトリクスだと言われていることも、正確な文献や研究資料が異様に少ないことも、今こうして黒いモンスターが大量発生していることも、全部だ」


 ひとつひとつは節々でモカが疑問詞していた内容だ。

 だが、それらがどんな真実につながるというのか。

 思考が追い付かないリベリカを置き去りにして、モカは口の端を歪ませた。


「つまりベスタトリクスは個体名じゃない。おそらく、病気か何かで……黒色化したモンスターを指す言葉なんだ」


 そう仮説を結論付けて、モカは真偽を問うように横目を向ける。

 それにカスティージョは感心するような呟きで返した。


「なるほど。流石は書士隊きっての天才モカ・マタリと言ったところですか」

「そこまで認めれるなら教えてくれるんだな? ……騎士団はベスタトリクスの何をどこまで知ってる」

「その問いをいま黙殺しても、どのみち貴方はすぐ答えに辿り着くでしょうね」


 それは仮説が正しいのだと十分に示すものだった。 

 切迫した面持ちで答えを待つモカ。リベリカも固唾を飲む。


「ご明察の通り、ベスタトリクスは個体名でも種の名称でもない」


 カスティージョは一言で断言し、まるでなぞなぞの答え合わせをするような愉快な調子で続けた。


「”ベスタトリクス”とは、特定の病害に感染して凶暴化したモンスターの総称。『厄災龍』という二つ名もありますが、これは飛竜種の個体の目撃談が独り歩きした結果でしょう」


 ベスタトリクスの正体は病害に感染したモンスターの総称。

 すなわち、これまでの歴史の中で文明を破壊し、自然を死滅させてきた恐ろしいモンスターはこの世には何体も存在するということに他ならない。


 その事実に衝撃を受けると同時に、リベリカの頭の中で恐ろしい仮説が鎌首かまくぎをもたげる。


「まさかその病害……人にも感染するんじゃ……」


 真っ先に頭の中に浮かんだのはアリーシャのことだった。

 ベスタトリクスとの戦いの後、彼女の手足に発現したのは「厄災龍の呪い」と呼ばれる感染症だ。


「その通りです。同じ病害に人間が感染したものが『厄災龍の呪い』です」

「そんなッ……! じゃあアリーシャもベスタトリクスに⁉」

「そうはならないでしょう。まだ研究段階ですが、人体の場合は狂暴化ではなく肉体の衰弱が主な症状ですから」

「アリーシャもそうだが、だとするとこの戦い、大量の感染者が出るんじゃないのか。これから戦うモンスターがベスタトリクスだなんて、誰も知らされてないぞ!」


 モカが言う通り、ハンターたちはこれから戦うモンスターがベスタトリクスだと知る由もない。せいぜいが様子のおかしいモンスターだとしか考えていないはずだ。

 そんな状況でハンターとモンスターの前面衝突が起きれば、まず間違いなく大量の感染者が出ることは目に見えている。


「このままだと危険すぎます! 早くみんなにこのことを伝えないと!!」

「待ちなさいリベリカ」


 飛び出そうとしたリベリカを、カスティージョが鋭い声音で制止する。


「無意味です。貴方が今それを伝えたところで何の意味もない」

「意味が無いって……放っておいたらみんな感染しますよ⁉」

「ですが彼らは命を懸けても狩人として生き続けたいが故にこの場に集まっている。ベスタトリクスの真実がどうであれ、彼らはここで戦うしかない」


 まるでハンターたちを駒のように見ている発言に、リベリカの頭に血が昇る。


「もしハンターが全滅したらどうするんですか!」

「その時のためにベスタトリクスの討伐実績がある我らが騎士団がここにいるのですよ。元より彼らに期待などしていませんから」


 カスティージョは嘲笑し、最後に一言を付け加えた。


技術ちからなきものは淘汰される。それがこの世の摂理なのですよ」


 その言葉を合図にするように、いよいよハンターとモンスターの戦いの火蓋が切って落とされた。



 そしてこの日、この戦いによって。

 長くモンスターの脅威から人々を護ってきた狩人ハンターの信頼と権利は地の底に失墜した。

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