58話 ユリの狩人(2→1) ――3

 外部に話が漏れないようにと、全員は場所をギルドマスターの執務室へと移すことになった。

 幸いにも目覚めたアリーシャの容態は比較的良好で、リベリカが支えとなりながら部屋のソファーへと座らせる。 


「アリーシャ、身体は平気ですか? 痛みは……」

「痛いとかは特にないけど、めっちゃ身体がだるい」

「ずっと寝たきりで何も食べてなかったからかもですね」


 それならこれ食え、とモカがパンを手渡す。

 ここに来る途中で姿を消したと思ったら、食堂で食料をくすねてきたらしい。

 病人の食事としてはどうなんだと思いながら、包帯巻きで指先が不自由なアリーシャのためにパンを小さくちぎって食べさせてやる。


「それ今の話だとアタシずっと眠ってたってこと?」

「はい。ここに戻ってくるまで2日弱ほど」

「そりぁ通りでお腹空いてるわけだわ」


 ショッキングな出来事のはずだが、アリーシャはヘラリと笑って受け流し、お替わりのパンをもらって食べている。

 普通の人間なら平気でいられるはずがない。

 それに気づいていてわざとか、それとも気づいていないのか、モカは遠慮なくずけずけと質問する。

 

「ボクは現場にいなかったから見てないんだが、アリーシャはベスタトリクスと戦ったんだろ。そのことは覚えてるのか?」

「覚えてる、というかそこまでしか記憶が無いんだけど……」

「どうかしたのか」

「いやぁ、その前にちょっと色々とあったこと思い出しまして」


 アリーシャが訝し気な視線をカスティージョに向ける。

 それから逡巡するようにしばらく口を閉ざしたあと、たどたどしく話し始めた。


「実は、まだアタシも受け止めきれてないんだけど……」

「お前とギルドマスターの関係のことか? だったらボク含めこの場の全員が知ってるぞ」

「ちょっとモカ⁉」


 あっけらかんと横やりを入れて腰を折ったモカをリベリカがパシンとはたく。


「リベリカ……それ本当?」

「……はい」

「えぇ、アタシの個人情報ダダ漏れかよ」


 話題が話題だけに彼女が心を痛めていないかと心配したが、どうやらそれは杞憂のようだった。

 アリーシャは「緊張して損したー」と安堵の息を吐き、肩の力を抜いてソファに寄り掛かる。

 むしろ、誰よりも深刻な表情で強張っているのはパーカスの方だった。


「……今まで黙っていてすまなかった」

「うん、まぁ……そうだね。できればおっちゃんの口から聞きたかったなぁって気持ちはあるけど」

「本当にすまない」

「もーやめてよー。謝られたら無駄に不安になるだけだからー」


 それでもパーカスは頭を垂れ続け目を合わせようとしない。

 アリーシャは呆れた様子でたっぷりとため息を吐くと、仕切り直すように口を開いた。


「育ての親はおっちゃん、ほんとの親はこのおっさん。それだけのこと! はい、これでこの話は終わり!」


 アリーシャは手を叩いて明るく締めくくろうとするが、リベリカにはそれが空元気のように思えて上手く笑えない。

 もしも自分の産みの親と育ての親が違うと知らされれば、きっとこんなにあっさりと割り切ることはできないだろうとリベリカは思う。

 少なくとも、なぜそんなことになったのか、なぜ教えてくれなかったのかと気になって仕方がないはずだ。


 アリーシャはそんな素振りを一切見せず、両手に巻かれた包帯を睨みながら再び口を開いた。


「でさぁ、この包帯なに? 邪魔だから取っていい⁇」

「やめとけ。見ても見なくても変わらん。そーいうのは見るだけ目の毒だ」

「モカちゃん、そー言われると見たくなるのが人の性なんだよ?」


 そうは言いつつやっぱり見るのが躊躇われたのか、アリーシャは手を引っ込める。


「まぁ察しが付いてるけどね。ベスタトリクス関連でしょ?」

「そうだ。ボクは文献の知識しかないが、ベスタトリクスの鱗粉を吸い込むと発症する『厄災龍の呪い』って病気がある」

「なにその大仰な名前。名付けた人の趣味よ……」

「言っとくけどボクが名づけたんじゃないからな? 詳しい話はギルドマスターの方が知ってると思うが」


 モカが水を向けると、カスティージョがその後を継ぐ。


「モカ君の言う通り、それは厄災龍の呪いだ。発症すると徐々に身体が衰弱する病気だ」

「それってつまり……アタシもうすぐ死ぬってこと?」

「そんなことはない。君の場合は症状が出ている手足に力が入り辛くなっていくだろうが、命に別条はないはずだ」

「治す方法は?」

「残念ながら今のところ完治させる方法は見つかっていない」

「……マジか。うはー、それはきっついなぁ」


 アリーシャが手を頭に当て、両目をきゅっと絞って天井を仰ぐ。

 手足に力が入らなくなるということは、すなわち狩人ハンター生命の終わりを意味することに他ならない。

 命に別状はないと言われても、狩り一筋で生きてきた彼女にとってそれは死の宣告と同じだ。


「でも、逆に言えばすこーしずつ弱るだけなんでしょ? だったらこれまで以上にしっかり手足を鍛えれば……」

「いいや、アリーシャ」


 両手を力強く握って拳を作って見せるアリーシャに、カスティージョは首を横に振って返す。


「君はこれまで十分に頑張った。もう剣を下ろして楽にしなさい」

「そういうのじゃなくて……。ほら、アタシが引退しちゃったらこのギルドの戦力ヤバくない?」

「それは心配無用だ。言っただろう? 君のような狩人ハンター個人の技量が不要となる時代がじきに来るのだから」

「ギルドマスター、それはどういう……?」


 そもそもハンター制度は、王国内の街や拠点をモンスターから守るために独自に活動していた人々を国が管理する目的で出来上がったもの。


 元々は人手の足りない騎士団と合同でハンター達が防衛に当たっていたが、今や前者は王都の警護、後者はそれ以外の防衛というように役割が完全に切り分けられている。

 ことモンスターの狩猟に関しては、専らハンター達が担っていて他に代わりなどありはしない。


 カスティージョは場の全員を見渡してから大仰に語る。


「あと数か月以内に全てのギルドは解体され、狩人ハンターという職そのものが無くなるのです。今後は王立騎士団が全てを担うことになります」

「ハンターがなくなる!? そんなこと――」

「これは既にギルド組合でも承認済みの事項です」


 胃袋を内側を掴まれて常識と価値観を底からひっくり返されるような感覚がリベリカを襲う。

 こんな話、到底受け入れられるものじゃない。

 ハンター達の猛烈な反発は目に見えている。


「ハンターとして生計を立ててきた人たちはどうなるんです!?」

「古い体制に取り残される人間であれば淘汰されるだけのこと。それはどの時代であっても同じことです」

「そんな横暴な……」

「詳しい話はいずれギルドの皆を含めて正式にお話しますよ」


 時代と共に仕事のあり方は変わっていく。

 それ自体は悪いことではないし、そうでなければ人々の生活は豊かになっていかない。

 けれど、この話はあまりにも唐突すぎる。 

 リベリカ個人にとっても、これまで歩んできた将来への道が断たれたことに他ならず、もはや呆然とするしかない。

 

「しかし、君達ふたりが心配することはないですよ」

「どういう意味ですか」

「おや? 約束のことをお忘れですか」


 人の人生を突き落とすような宣言をしておいて今さら何を。

 もはや猜疑心を隠さないリベリカだが、カスティージョは意に介さず笑みをたたえて続けた。


「今回のクエストの対価です。あなた達は騎士団としての身分を保証するというお話ですよ」


 かつて喉から手が出るほど望んでいたその提案が、今のリベリカにとっては悪魔の囁きのように聞こえた。

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