59話 ユリの狩人(2→1)――4
その提案を受けるか否かの回答までに与えられた時間は、次の――曰く、ギルド最後の――
アリーシャたっての希望でそれまではゲストハウスで過ごすことになったのだが、久しぶりの自室に戻ってもリベリカの気はまったく休まらなかった。
ハンターギルドは間もなく解体され、
より正確に言えば、これまで個人の狩猟活動を合法としてきた
これに伴いハンターとして生計を立ててきた人間が選べる選択肢は3つ。
1つ目は入団試験を受けて合格して騎士の称号を得ること。
2つ目はギルド解体時に行われる職業斡旋を受け、転職すること。
3つ目は用心棒など仕事を求めて騎士団の統治が及ばない辺境に流れること。
そして、今回カスティージョが持ちかけてきた提案は第4の選択肢。
それは試験を受けずに裏口で騎士団に編入する代わりにカスティージョの右腕として指示に従う、という内容だった。
かつてのリベリカなら二つ返事でその提案を受け入れていた。
だが、今となっては失うものが多くありすぎる。
そんな風に物思いに更けっているうちに晩御飯の時間はあっという間にやって来た。
「全員揃ったな、食べようか」
久しぶりに4人全員で食卓を囲み、パーカスの一声で食事を始める。
今夜は彼の手料理にしては素朴な見た目で皿の上には焼いた肉と葉野菜が添えられているだけ。
それでもスパイスの刺激的な香りのおかげで、あまり食欲を感じていないリベリカでも辛うじて口に運ぶことができた。
黙食で乾いた食器の音だけが響く中、口火を切ったのはモカだった。
「お前たちはこれからどうするんだ?」
問いには誰も答えない。
モカがむすっとした表情で続けた。
「もちろんカスティージョの提案のことだぞ」
「モカはどうするんですか」
「ボクはそもそも王立騎士団の出だ。どうするも何も騎士団に戻るしかない」
「言われてみればそうでした」
モカが既に吹っ切れた様子なのは道理だとリベリカは首肯する。
いつも忘れがちだがモカは王立騎士団の書士隊が正式な所属。
このハンターギルドへは派遣という名目で来ているので、ギルドが無くなるならば元の組織に戻るだけだ。
「リベリカも選択の余地ないだろ。騎士団に入るのが目標って言ってたし」
「それは……そう、ですけど」
「歯切れ悪いなあ。何に悩んでるんだ……って、そういうことか」
リベリカが無意識に向けていた視線を追ったモカが眉をひそめる。
それから「仕方ないやつだ」と呟いて、横に座る少女に顔を向けた。
「アリーシャは騎士団に入るのか? リベリカが気にしてるみたいだぞ」
「ちょ、そんな単刀直入に――」
「やっぱり図星か。こんなの遠回しに聞いたって意味ないだろ」
狼狽するリベリカにモカが正論を叩きつけてくる。
まったくその通り。
悩みの種がそこにある以上、白黒はっきりさせる他に解決する術はない。
リベリカの気がかりは自分と彼女との歩む道が違えてしまうことだ。
目指してきた目標を叶えるならギルドマスターの提案を受けるべき。
裏口とはいえ騎士団に入って昇進すれば、目標だった実家の貴族として復権が叶えられる。
もう一つの目標である宿敵ベスタトリクスの討伐についても、遺跡で遭遇したモンスターがかつて故郷を襲った個体とは別物という可能性がある以上、宿敵を自分の手で討つため騎士として狩猟に関われる環境に身を置くべきだ。
けれど、きっとアリーシャは騎士団への道を選ばない。
彼女はこれまでも組織に染まることを毛嫌いしてきたし、そんな彼女が自分のためだけに騎士団に付いてきてくれるとは思えない。
「アリーシャはどうするんだ?」
モカが促すと、あらかじめ一口大に刻まれたステーキをちまちまとフォークに乗せようとしていたアリーシャがその手を止めた。
「アタシは
「……そうですよね」
「あ、えっと、そうじゃないっていうか! そうじゃないわけじゃない……けど」
落胆するリベリカを見てアリーシャが慌てて顔を上げる。
けれど上ずった声はすぐに小さくしぼんで弱々しく消えさってしまう。
代わりにアリーシャは包帯の巻かれた右手に目を落として独り言ちた。
「アタシはまだ狩りを続けたいんだ。でも騎士団に入ったら、たぶんこの手のせいで裏方とかに回されそうじゃん」
アリーシャの予想はきっと正しい。
騎士団に入ればそれを率いるカスティージョの指示に従うことになる。
彼は「厄災龍の呪い」に掛った彼女に狩りを止めるよう諭していたのだから、仮にアリーシャが騎士団に入ったとしても、モンスターと戦うことは恐らく叶わない。
リベリカの心の天秤がぐらぐらと揺れる。
大切な目標か、大好きな親友か、どちらを取るか。
その逡巡を見透かしたように、アリーシャが続ける。
「だからアタシはまた田舎に戻ってこれまで通りフリーで仕事を続ける、リベリカとモカは騎士団に入って強くなる。それがお互いにとっていい選択だよ」
「まあ論理的に考えてそれが妥当だな」
「お、珍しくモカと意見が一致した~」
ニヒヒと目を細めてアリーシャが笑い、パーカスは是とも非とも判然としない表情で小さく頷く。
リベリカも頭ではそれが良いのだと分かっている。
けれど、ついぞ心からの答えを出せないままリベリカは食事を終えた。
*
1日も残すところ僅かになった夜半。
リベリカは今の今までずっと着たままだった外行きの服をようやく脱ぎ、久しぶりの湯あみで身体を清めていた。
湯に浸して軽く絞った布を当て、肩から腕の曲線をなぞるように優しく撫でる。
頭の中は未だに進路のことでいっぱいだが、久しく忘れていた温かみがほんのりと身体を覆っていくにつれて少しだけ心が軽くなる。
首から鎖骨の間、そのまま下方に滑らせて谷底をなぞるように拭う。
豊かな膨らみのふもとに沿って円を描き、形が崩れないように優しく包み込むように触れる。
その拍子に擦れた甘い刺激がピリと走ると、
無我夢中になって手と手で自らの身体を慰める。
何もかも忘れてしまえ。
だんだんと難しいことを忘れて頭の中が真っ白になっていく。
浮ついた感覚に浸りながら、やがて四肢が強張り、いよいよ快楽の波が押し寄せる。
そして、いよいよ頂上に達しようとしたその直前。
「リベリカ起きてるかー」
「っっ‼⁇」
前触れなく部屋の扉が開かれ、リベリカの意識が現実へと引き戻された。
反射的に脱ぎ捨てていた衣服を引っ掴んで身体の正面に押し当てる。
それとほぼ同時に入ってくる来訪者。
目があったのは、寝間着姿のモカだった。
「モカ!? 急になんですか!?」
「ちょっと話したいことがあって」
「なら入る前に合図してくださいよ!」
ベッドに浅く腰掛け身体を抱くように恥部を隠しているリベリカを見て、モカが怪訝な顔をする。
「リベリカ、顔が赤いぞ」
「それは……」
湯あみで汗を流すどころか、むしろ全身が桃色に上気して汗ばんでいる。見る人が見ればそれだと分かる有様だ。
「見られた」と意識すると、リベリカの顔は羞恥心でさらに真っ赤に燃え上がる。
そんなリベリカの半裸体をまじまじと見つめ、モカはおもむろに口を開く。
「……お湯、熱かったのか?」
「あ、はい。ちょっと」
――モカはお子様だった。
予想の斜め上を行く勘違いだがリベリカにとっては好都合。
モカは年齢の割にませているところがあるがそういった知識はまだ無いらしい。
「まあいいや。それで話なんだが――」
「あの、今の状況分かってます?」
だが、純真すぎるが故にモカはリベリカの心中を全く察さず本題を切り出してきた。
このままだと半裸で会話に突入すると悟ったリベリカが慌てて話の腰を折る。
「わたし裸なんですけど」
「女同士なんだしボクは気にしないぞ」
「私が気にするんです! 着替えますから外で待っててください‼」
「お、おう。……わかった」
しっしと手でモカを外へと追いやって扉を閉ざさせる。これでようやく一安心。
さっきは生きた心地がしなかった。本当に間一髪だった……と信じたい。
鼓動はまだ高鳴ったままだが、とりあえず汗を拭って湯浴みを終える。
それから用意していた寝間着に袖を通すと、あらためてモカを部屋へと招き入れた。
ちょっと立ち話という話題ではないらしく、モカは部屋に置いてあった椅子に我が物顔で腰を下ろす。
「それで話ってなんですか?」
「騎士団に行くかどうかって話だ。もしもまだ悩んでるならボクから提案があるんだ」
「提案……」
「うん。結論から言うと、リベリカには騎士団に来てほしい」
「どうしてモカが私に」
その問いへの答えを保留して、モカは持ってきた鞄からガラスの小瓶を取り出した。
栓をしている瓶の中には馴染みのない緑色の植物が入っている。
「それは?」
「今回の遺跡調査でアリーシャが採取した植物のサンプルだ」
あらためて見て記憶をたどる。
言われてみれば、遺跡に着いたとき環境調査がどうだと言って砂やら植物やらを採取していた覚えがある。
「それがベスタトリクスとの交戦現場の近くに落ちてたらしい。たぶんアリーシャが落としたんだろう」
「それをどうやってモカが?」
「ギルドで研究員が接収しようとしてたのを見つけてな。ボクが取り返した」
「それ、また変な騒ぎ起こしてないでしょうね……」
「大丈夫。カスティージョの指示だって嘘ついたくらいだ」
モカがさらりとヤバイことを言っているが、今回は耳を塞ぐ。
それよりもこの植物がどう関係しているのか話がまったく見えないので、モカに話の続きを促した。
「その植物が私に何か関係するんですか。騎士団に入るって話ですよね」
「そうだ。リベリカには騎士団に入ってもらって、この植物の研究をするボクの後ろ盾になってほしいんだ」
「要するに私があなたの後見人になれと……?」
「まあ平たく言うとそうなるが」
そこで言葉を区切り、モカがリベリカの瞳を見捉える。
「アリーシャを救いたいならボクに協力する価値はあるぞ」
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