50話 説得

 ギルドからゲストハウスに戻ると、すでに起きていたパーカスが朝食の準備を済ませて待っていた。

 モカは不足している6時間の睡眠を補うために部屋に直行したが、リベリカとアリーシャは、朝食を囲みながら今朝受注してきたクエストのことをパーカスに報告することにした。


 ところが、返ってきたのは予想外の反応だった。


「駄目だ。その依頼は辞退しなさい」


 激怒というほどではないが、毅然とした態度で不許可を突きつけられて2人の食事の手が止まる。

 てっきり快諾してもらえると思い込んでいたリベリカは動揺し、代わってアリーシャがかじりかけのサンドイッチを皿に置いてパーカスに食って掛かった。


「いやいやいや、なにその言い方。なにがダメなわけ?」

「理由ならいくらでもある。とにかく駄目だ」

「それじゃ分かんないから! 理由ってなに? 具体的に」


 彼女にしては珍しく棘のある口調でパーカスに迫っていく。

 この調子だと「駄目」の一点張りでは押し勝てないと考え直したのか、パーカスもコーヒーカップをテーブルに置いて応戦する。


「まず、いくら何でも出発が急すぎる。今日の夜だなんて」

「別に問題ないでしょ。コンディションだっていい感じだし」

「じゃあ道具は揃ってるのか? 準備は間に合うのか?」

「そーいう準備はギルドがやってくれるから大丈夫だもーん」


 挑発的な笑みを浮かべるアリーシャに、パーカスがムッとした表情で続ける。


「それに場所が遠すぎる。街から2、3日はかかる距離だぞ」

「なーにを今さら。ここに来るまでずっと辺境で狩りやってたんですけど?」

「お前はそうかもしれないが、リベリカは別だろう」

「って言われてるけどリベリカは心配?」


 会話のラリーを突然こちらに飛ばされても咄嗟の受け答えができるはずがない。

 正直なところ遠征に行くことに不安がないと言えば嘘になるが、今はとにかく余計な心配や迷惑を掛けたくない。

 そう咄嗟に考えてリベリカは首を振る。


「あ、いえ……、私のことは心配いただかなくても――」

「だってさ!」


 これでもう文句はないだろとアリーシャが勝ち誇ったように胸を張る。

 しかしパーカスは簡単には頭を縦に振らない。

 さりとて、すぐに反論する様子もなく、困ったように視線をテーブルの上で彷徨わせている。


 そこに追い打ちをかけるようにアリーシャが口を開いた。


「あのさ……」


 が、そこで一旦言葉が止まる。

 明らかに何か続きを言いかけてはいたが、それを口にするのを躊躇ためらっているらしい。


「……山岳地帯あのあたりに行っちゃいけない理由が何かあるの?」


 まるで相手の腹の底を探るような緊張と遠慮が入り混じった声音。

 会話を傍聴しているだけのリベリカにもその緊張がピリピリと伝播してくる。


 パーカスは何も応えなかった。

 その代わりに、ただ唸るようなため息だけが漏れていた。


 両者無言の時間は幾分か続いた。

 あまりにも気まずい雰囲気をどうにかしたいが、例えるならそれは親子の問題に赤の他人が首をつっこむようなもの。

 横から口を挟むのは場違いのように感じるし、今から席を立つのも不自然すぎる。 

 リベリカは完全にこの異様な空気に飲み込まれてしまっていた。


 そして、結局、その淀んだ空気を破ったのはアリーシャだった。


「まーそこはなんでもいいや。どっちみちクエストには行くから」


 アリーシャはヒラリと1枚の紙きれを取り出して、これ見よがしにピラピラと泳がせる。見覚えのあるそれは件のクエストの契約書だった。

 

「ちゃんと契約書にもサインしたもーん」

「なっ、サインまでもうやったのか!? 見せなさい!」


 パーカスが腕を伸ばして契約書を奪い取ろうとするが、アリーシャは寸前で腕をひょいと動かしてそれをかわす。

 

「こらっ、それを渡せ!」

「いやー」


 パーカスがテーブルに手をついて立ち上がると、アリーシャも逃げるように席を立って、テーブル越しに向かい合う。


「一応聞くけど、これを奪ってどうするつもり?」

「今からギルドに行って契約を取り下げてくる」

「え。今から? それ本気マジで言ってる?」

大本気おおマジだ」


 ついにパーカスがステッキを手にとる。

 これには流石に分が悪いと判断したのか、アリーシャはテーブルから距離を取った。

 あわや部屋の中で追いかけっこが始まる……と思われたが、パーカスが齢を感じさせない俊敏なステップであっという間にアリーシャを壁際まで追い込んだ。


「くっ、流石の立ち回り……」

「さぁそれを渡せアリーシャ」


 壁を背中に追い詰められたアリーシャがにじりにじりと後ずさる。

 けれどもその瞳にはまだ抵抗の意志が燃えていた。

 恐るべき執着心を目の当たりにしたパーカスが戸惑い半分に問いかける。


「どうして、なんでそこまで頑ななんだ」

「だって……!」


 アリーシャは大きく息を吸いこんだ。

 そして、


「モンスター狩り放題なんだもん! 絶対行くもん!!」


 今日一番の溌剌さで予想外の(ある意味で予想通りの)答えを口にした。

 それはギルドマスターがアリーシャを勧誘するために使ったセールストークだった気がするが、どうやら効果は抜群だったらしい。

 ただし、パーカスは疑問符を頭上に浮かべていて、その説明を求めるようにリベリカに怪訝な表情を向けてきた。


「一応補足すると、ギルドマスターが『今回は依頼人の護衛目的ならどんなモンスターを何体でも狩って良い』と言ってまして。多分そのことだと思います」

「なるほど良く分からんが……なんとなく分かった」


 ちなみに「狩り放題」という言葉はアリーシャの造語である。

 基本的にクエストでは乱獲を防ぐために「何のモンスターを何体だけ狩る」と厳密に指示されているのだ。

 それだけに、今回カスティージョが提案してきた条件は異例中の異例だと言える。


 パーカスが外していた視線を再びアリーシャに向けた……が、この僅かな隙にアリーシャは契約書を握ったまま玄関扉の前にたどり着いていた。


「ふふふ、そういうわけでこの契約書はアタシが頂いた!」

「こら待てアリーシャ!!」

「夜には帰ってくるからリベリカはクエストの支度しといてねー。バイチャ!」


 パーカスが玄関へと走り出したが時すでに遅し。

 アリーシャは豪快に扉を開くと契約書を持ったまま外へと飛び出していった。

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