48話 隠ぺい
「モカ……これは何ですか?」
リベリカとアリーシャとモカの3人でつくる車座の中央に、色も形もバラバラな物体が10個ほど置かれている。
1つ1つは手の平に乗っかる大きさで、表面はザラザラしていたり溝状の模様が走っていたりとさまざまだ。
リベリカが怪訝な声で尋ねると、それらを並べ終えたモカが顔を上げた。
「全部お前たちがこれまでに狩ってきたモンスターの素材だぞ。リベリカが持ってるそれとか見覚えないか?」
「ええ、ランドラプターの鱗ですよね。それは分かってますよ。そうじゃなくて……」
リベリカは手にしていた鱗を置き直して溜め息をつくと、大げさな素振りで部屋の床を指さした。
「ここ。私の部屋なんですけど」
「それがどうかしたのか?」
「なんで私の部屋でモンスターの素材を広げてるのかって聞いてるんです!」
生意気に小首を傾げるモカの頭をげんこつでグリグリ挟んでこらしめる。
モカはすぐさま「ギブギブ」と床を叩いて降参し、リベリカの拳から解放されると大げさに側頭部を撫でて口を開いた。
「飯の前に言ったじゃないか。ボクがモンスターの素材を集めてる理由を2人に説明するために持ってきたんだ」
「それならモカの部屋に私達を呼んでくれればいいじゃないですか」
「無理だ。3人も入れるスペースがない」
「いやいや、部屋は同じ間取りですよね?」
リベリカに水を向けられたアリーシャも頷いて「むしろ角部屋だからここより広いはずだけど」と補足する。
ゲストハウスの個室は1人がベッドで寝て簡単にくつろぐだけの十分な広さがある。むしろギルドが提供している宿舎よりも快適なくらいだ。
「そうじゃなくて、本や資材が大量で収納が足りてないんだ。2人に来てもらっても足の踏み場がない」
「いったい部屋に何を持ち込んでるんですか。まさか他にもギルドの備品を勝手に持ってきてたりとかは……」
「バレなきゃセーフだろ」
「もう私にバレてる時点でアウトですって!」
モカが何をゲストハウスに持ち込んでいるのか全容は知れないが、もしもバレたりすれば良くて謹慎処分か減給。最悪の場合だとギルドから解雇されてもおかしくない。
それに加担したアリーシャや連帯責任でリベリカまで罰を受ける可能性だってある。
何かしらの事情はあるのだろうが、このまま見過ごすわけにはいかない。
「それで、いったいどういう事情なんですか? ギルドの研究室なら資料も設備ももっと揃ってるでしょうに」
「ボクだってギルドで研究できるなら苦労してないさ。できないからここで研究してるんじゃないか」
「……まさか、また禁書庫に潜り込んで出禁になったとか――」
「じゃないからな⁉ ボクをコソ泥みたいに言うな!」
「実際問題、アリーシャと結託してコソ泥みたいなことやってますけどね」
会話の応酬を他人事の様子で傍聴しているもう一人の犯人、というか実行犯に咎めるような目を向けると、アリーシャはわざとらしく喉を鳴らした。
「まま、ここはモカちゃんの言い分を聞いてあげましょうや。ギルドの手が掛かった素材だと研究できない事情があるんでしょ!」
「そうだな。説明はするが実際に見た方が分かりやすいはずだ」
言ってモカは同じ種類の素材を2つずつ手に取ると、それぞれをペアにして手渡してきた。
リベリカに渡されたのは過去に討伐した覚えがあるモンスターの
一方はおおよそ長さの揃った複数の棘がくくられて束上に揃えられているが、もう一方は長さが不揃いどころか洗浄もされておらず表面に泥や土が付着したままだ。
「じゃあ問題。その片方はギルドの分配品、もう片方はアリーシャが拾ってきたものだ。どっちがどっちだと思う?」
「それは……綺麗な方がギルドの分配品じゃないですか?」
「だろうね。アタシが拾ってきたのって地面に落ちた端材ばっかりだし」
ふたりが揃えて回答すると、モカはもったいぶることなく「正解だ」と答えて続ける。
「そう。そのやけにきれいな素材の方がギルドの分配品だ」
「それの何が問題なんですか? 汚れも取れててきれいになってる方が加工も楽だと思いますけど」
「モンスターの素材を武器や防具の材料として見てるお前らハンターにとってはそうだろうな」
「というと?」
「ボクの用途はモンスターの生態の研究だ。勝手に素材の整形とか洗浄をされるのは余計なお世話なんだよ」
「あー、そっか。だからアタシが拾ってきたそのままの素材の方がいいんだ」
確かにギルドが分配した素材の方は表面の溝の隙間まで綺麗に洗浄されている。
リベリカが持っている鱗の方を見てみると、こびり付いた汚れを取ったためか局所的に表面が削られている部分もあった。
「そもそもボクはちゃんと研究資材を送ってもらうように申請してるんだ。なのに送られてくるのはコレだ。おかしくないか?」
「言われてみればたしかに」
「でもあの適当なギルドがわざわざそんな面倒なことするかなー。間違って防具用の素材を送っちゃったんじゃない?」
「一度ならそれもあるだろうが、ずっとコレが送られてくるのは流石におかしいだろ。だからギルドには何か意図があるんじゃないかと思って探ってたんだよ」
「それで……何か分かったんですか?」
何の気なしの質問だったが、モカは不意に神妙な面持ちになる。
「ああ、ついに分かった。それこそ今日アリーシャが持ってきた素材のおかげで」
モカは持ってきていた木箱から見覚えのある鱗を1枚取り出した。
ちょうど今朝のクエストで討伐した大型モンスターの素材で、アリーシャが密かに持って帰ってきていたものだ。
モカは、その鱗――そのものではなく、鱗に張り付いていた植物の葉を剥がして手に取った。
「この葉っぱの模様、リベリカなら見覚えあるんじゃないか?」
その葉っぱの裏面は一目で異常と分かる状態だった。
本来は緑色の葉っぱを侵食するように橙色の斑点がでたらめに浮かんでいる。
これはその植物の生来の模様ではなく、特定の病気によるものだ。
「まさか、これって」
この特徴的な植物の症状も、その元凶となる存在も、たしかに知っている。
貴族だったリベリカの一家――モンロヴィア家――が領地を手放すことになった直接の原因は、他でもないこの病害によって土地がたった数カ月で枯れ果ててしまったからだ。
そして、その病害をもたらす元凶はただひとつ。
「……ベスタトリクス、ですね」
厄災龍ベスタトリクス。
現れた土地は必ず枯れると言われ、生態系を不可逆的に破壊する意味では自然災害よりも恐ろしいと言われるモンスター。
リベリカにとってはいつか必ず自分の手で討伐すると決めた宿敵でもある。
けれど、その決着はまだ遠い将来のことだろうと心のどこかでぼんやりと思っていたのだ。
急激に運命の時計の針を巻き進められるような感覚。拍動で胸が痛くなり、手には嫌な汗が滲んでいる。
「リベリカ……大丈夫?」
こちらに異変を感じたらしく、アリーシャが優しく背中を撫でてくれる。
そのおかげで幾分か平静をとり戻すことができた。
同じく様子を見守って黙ってくれていたモカに「もう大丈夫」と会釈して説明を求める。
「リベリカが言った通り、これはベスタトリクスが引き起こす病害の症状だ。そして、その病害を受けた植物の葉っぱが討伐モンスターの体表に付着してたってことは」
「もうこの街の近くまでやってきてるってことだね」
「そう考えて間違いない」
モカが断言するのを受けてアリーシャも神妙な顔を浮かべ、「もしかしてさ」と再び口を開く。
「前にこの地域にいないはずの亜種が現れたのとか、最近のモンスターの行動パターンがおかしいのもベスタトリクスに関係してるよね、多分」
「おそらく元凶はベスタトリクスだ。こいつが付近に現れたせいで環境やら生態系やらが崩れて異常行動を引き起こしてるんだろう」
「このこと他にギルドで気づいている人いないと思います。早く伝えないと」
「それは無駄……というより逆効果だと思うぞ」
はやるリベリカを冷静に制止して、モカは淡々と続ける。
「誰も気づいてないんじゃなくて、ギルドが誰にも気づかせないようにしてるんだ。モンスターの分配素材を念入りに洗浄してるのは、ベスタトリクスにつながる証拠を隠滅するためだろう」
「そんなことしてギルドに何のメリットが……?」
「楽観的に考えればベスタトリクスの噂が下手に流れて街が混乱するのを防ぐため、とかね」
「アリーシャ本気で言ってるのか? あの腹黒ギルドマスターがそんな殊勝なこと考えてるわけないだろ」
「全面同意」
所属ギルドのトップを容赦なくディスるふたり。
とはいえ、口にはしないもののリベリカもその推測には同意だ。
「それにこの感じ、ボクが王立騎士団にいた頃と似てるんだ。あそこもベスタトリクスに関する情報だけはなぜか徹底的に秘匿していた。きっと知られるとマズい何かがあるんだろう」
一旦、説明はここまでのようで、モカは広げていたモンスターの素材を木箱に片づけていく。
「ひとまずボクはもう少しベスタトリクスのことを探ってみる。当分このことは3人だけの秘密だ」
「パーカスさんには伝えますか?」
「いや、信頼してないわけじゃないがどこで話が漏れるか分からないからやめておこう」
「おっちゃんと話すのが怖いだけでは?」
「ちがうわいっ‼」
ベスタトリクスの影がすぐそこまで迫っている。
解散してひとりぼっちになった自室のベッドに身を預けたリベリカは、3人だけの秘密を胸に眠れない夜を過ごすことになった。
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