47話 バレなきゃセーフ

「たっだいまー!」

「おお、おかえり」


 ゲストハウスの玄関扉をアリーシャが揚々と跳ね開ければ、1階の談話スペースから香ばしい匂いが漂ってきて、野太い家主の声が出迎えた。


 夕時のブレイクタイムにコーヒーを楽しんでいたらしく、パーカスはコーヒーカップを持ったまま、もう一方の手のステッキで器用に身体を支えて立ち上がる。


「今日は討伐クエストじゃなかったのか? やけに帰りが早いじゃないか」

「そそ、ちゃーんと討伐してきたよ。今日はリベリカが大活躍だったからサクっと終わったの」

「そうなのか。やるじゃないかリベリカ」

「いえ、大活躍というほどでは……」


 過大な評価に恐縮しながらリベリカは武具を持ち帰った革袋を床に置く。

 すると、不意にアリーシャが肩に腕を回して抱きついてきた。

 防具は脱いでいるせいで薄い布越しに肌が触れ合い、湿り気を帯びた体温がじんわりと伝わってくる。


「な、なんですか?」

「そんな謙遜しなくていいのにーって。二刀流のリベリカは凄かったんだから!」

「だとしたら流石の上達スピードだな。もう新しい武器には慣れてきたのか」

「どうですかね……、使い勝手は掴めてきたと思いますが」


 今は袋の中で眠っている新たな相棒の感触を思い出しながら自信無く答える。


 修復困難となった片手剣の代わりに武器を新調してからはや3ヶ月。

 ようやく手に馴染んできた新たな相棒は、片手持ちの剣を2本対にした、通称「双剣」と呼ばれる武器だ。

 一振りの威力は片手剣と大差ないものの、防御用の盾を捨てて斬撃の手数を増えせるおかげで、時間あたりの総合的な攻撃力は2倍以上に増える。


 これまでは盾に頼ってしまうが故に強みの機動力を活かしきれていなかった。

 それをアリーシャに指摘され、改めて戦闘スタイルを見直した結果、防御を捨てて回避と攻撃に専念する今のスタイルに切り替えることになったのだ。


 アリーシャは肩に腕を回したまま、嬉々と手刀を振ってジェスチャーしてみせる。


「大丈夫、リベリカは双剣が合ってるって! 瞬発力なら私より上だし、今日だって凄いスピードでモンスターをバッサバッサ斬ってたじゃん?」

「ただの雑魚掃除ですよ。アリーシャが大型モンスターしか狙わないから私が全部やってるんです」

「でもおかげで標的のモンスターだけに集中できてありがたいかぎり!」

「というより、アリーシャが雑魚にも目を向けてくれると助かるんですが……」


 皮肉っぽく口にはするが、その実アリーシャに感謝されるのは気分がよい。

 いきなり共闘はできなくとも、まずは自分のできる範疇はんちゅうで彼女をサポートしていこうと決めたのだ。

 それができているとなれば、まずは上出来だろう。


「ふたりで上手くやれてるなら問題ないが」


 調子の良いアリーシャにパーカスが不審そうな目をチラと向ける。


「こいつは調子に乗ると1人で突っ走っていくからな。そういう時はちゃんと止めてやってくれ」

「もちろんです。それは承知してます」

「ふふーん? リベリカにアタシを止められるかなぁ」

「無理矢理にでも止めますとも?」


 数ヶ月前までは何もかもがアリーシャに及ばないと思っていたが、今となっては単純なスピード勝負であれば、もう十分互角に張り合える自信がリベリカにはある。


 アリーシャの戦い方は一貫して居合切りでの一撃必殺。

 モンスターが間合を詰めてくるのを待つか、さもなくば自ら強引に間合を詰めていく強引な戦い方だが、最近は輪をかけて無謀に見える特攻が増えている。


 結果、障害になり得る周囲の雑魚モンスターの掃討はリベリカが担当することになり、そのために縦横無尽に走り回るので脚力がクエストを重ねるごとにスピードアップしてきていた。


 肩を組んだままアリーシャが胸元を叩いてきてニッと笑う。


「ま! 頼りにしてるよ二刀流の狂戦士バーサーカー!」

「なんですかそれ。絶対にバカにしてますよね?」

「そんなことない……こともないこともない」

「じゃあ今度から雑魚掃除も全部アリーシャでやってください」

「ごめんごめん怒らないでリベリカさまぁぁ」

「あーもう分かりましたから!」


 猫なで声で頬っぺたをスリスリ擦り合わせてくるアリーシャの腕から、身体を捻ってスルリと抜けだして距離をとる。

 先日の寝床を共にした夜からどうにも彼女のスキンシップが激しくなっている。

 生理的に不愉快ということは全くないのだが、名状しがたい羞恥心が込み上げてくるし、肌の触れ合いを素直に受け入れる心の準備もできていないので、ついつい身体を逸らしてしまう。


 心なしか心拍数が上がっているのを自覚しながら、またくっつかれる前に部屋に戻ろうと床に置いていた革袋を持ち上げた。


「じゃあ私は部屋に戻って着替えてきます」

「あー待ってアタシも行く!!」


 慌てて付いてきたアリーシャと横に並んで奥の階段へと向かっていく。

 すると、ちょうど上から別の足音が聞こえてきた。


 階上から姿を現したのは寝間着姿の小さな女の子……モカだ。

 せっかくリベリカが手入れしてあげている黒髪も乱れに乱れ、まぶたは重そうに半分以上閉じている。

 モカはその細まった碧眼でこちらの姿を見捉えると、「ふあよう」と欠伸とも挨拶ともつかない声を出した。


「モカ。まさかずっと寝てたんですか」

「んー、いんや、ちゃんと8時間睡眠は守ってるぞ」

「いったい今何時だと?」

「午前……16時?」

「それは午後の4時って言うんです! まだ成長期なんですから規則正しい生活を――」

「あーあー聞こえなーい」


 耳を塞いでリベリカの説教をシャットダウンしながら通りすぎていくモカ。

 彼女の更生もいずれ考えなければとは思うものの、無性に疲れが込み上げてきたので今だけは見逃してやろうと諦めて階段を登る。


 続いて階段に足をかけたアリーシャだったが、はたと立ち止まり、階段下のモカに向かって声を掛けた。


「そうだモカ。ほれ、お土産!」


 持っていた革袋の中から取り出した物をぽーんと放り投げ、放物線を描いて飛んでいったそれがモカの手中に収まる。

 モカはその獲物をしばらく寝ぼけ眼で見つめてから、


「おー……、あーサンキュ」


 何の躊躇ちゅうちょもなくズボンのポケットに突っ込んだ。


「ちょっ、モカ、アリーシャさん⁉ 今のそれって――」

「今日狩ったモンスターの鱗だよ」

「それがどうかしたのか?」


 やはり見間違いではなかった。

 モカの手に渡ったそれはクエストで討伐したモンスターの鱗。

 つまり、リベリカの目を盗んでアリーシャがくすねてきたものに違いない。


「モンスターの素材を勝手に持って帰るのはギルドの規約違反ですよ! ちゃんと許可とってるんですか⁉」

「いや、取ってないけど」

「バレなきゃセーフだろ」

「あなた達って人は……」


 ふたり揃って全く悪びれる様子がないのを見ていると、痛くも無い頭に手を当ててしまう。

 2対1でなぜか相手が優勢に立っているが、これは間違いなくルール違反。

 流石にパーカスが見逃すはずがないだろうと仲裁を求めて談話スペースに目を向けると、こちらの視線に気づいた彼が振り返る。


「まあ無所属フリーのハンターなら討伐したモンスターの素材は自分で持ち帰るのが普通だからなあ。郷に入っては郷に従えってことだな」

「それはつまり?」

「よそはよそ、うちはうちだ」

「郷ってギルドのことじゃなくてゲストハウスここのこと言ってます⁉」


 まだコーヒーが残っているのにパーカスはそそくさと調理場へと隠居してしまい、まさかの孤立無援。

 ギルドに所属するハンターはクエストの標的となる大型モンスターの素材を事前に許可なく持ち帰ることは許されていない。


 かといってこのことをギルドに密告して身内を晒しあげたいわけではない。

 この状況を黙認すべきか正すべきかリベリカが逡巡していると、いつの間にか食卓の席に腰を落ち着けていたモカが弁明を始める。


「別にこれでお金儲けしようってわけじゃない。あくまで生態調査のために端材を持ってきてくれってボクがお願いしてるんだ」

「そうそう。だから欠け落ちた鱗とかを拾ってモカにあげてるわけ」

「でも、それならギルドの分配を待てばいいじゃないですか?」


 ギルドではハンターの代わりにモンスターの遺体を回収して研究の試料やギルドの取り分を天引きしたあと、報酬という形でハンターに素材を渡している。

 このシステムのおかげで、ハンターは重い素材をわざわざ持って歩いて帰る必要はなく、また帰りの道中で盗まれるような心配もしなくて済むのだ。

 この仕組み自体はいたって合理的。リベリカにとってはその何が不満なのか見当がつかない。


「アタシもそう思ってたんだけどね。でもモカはそれじゃダメなんだって」

「そうだな。ギルドの手が掛かった素材はダメだ」

「なんでです?」

「知りたいなら飯の後で時間くれ。そこで説明するよ」

「わかりました。じゃあ夜ごはんのあとで」


 リベリカが言うと、手の中の鱗を食い入るように観察していたモカが不意に顔を上げて丸くした目を向けてきた。


「……え、朝ごはんは?」

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