36話 私だけの強み

 クエストのターゲットである鳥型モンスター、”ランドラプター”。

 猛禽類を思わせるフォルムだが、その実物はトリなどと言えるほど生易しい生き物ではない。

 脚の長さだけでも大人の身長を超すような大きさ。

 今まさにそれと対峙しているリベリカは、常に頭上を見上げながらフィールドを駆け回っていた。


 ランドラプターの一挙手一投足で風が巻き起こる。

 その風を肌で感じながら右へ左へと攻撃をよけ、すかした隙に剣で翼に反撃し、モンスターの狙いを逸らさせまいと陽動する。

 まずはリベリカがモンスターの気力と体力を削ぐ、というのがアリーシャとモカが考案した今回の作戦だ。


 巨大な翼から叩きつけられる風圧を盾でしのぎ、リベリカが巨体を挟んだ反対側に立っているはずのアリーシャに向かって声を張り上げた。


「いつまでこれ続ければいいんですか⁉」


「トリちゃん疲れてきたみたいだし、もうそろ大丈夫っぽーい!」


「じゃあ早くトドメさしてください!!」


 事前のシミュレーションを思い出しながら、リベリカは相手の攻撃がギリギリ届かない間合まで距離を詰めていく。

 ランドラプターの弱点は翼の内側に隠れた胴の側面。

 ここに致命傷を与えるには、モンスターが翼を広げている間に攻撃を与えなければならず、1人のハンターが正面から突っ込んで斬りつけることはほぼ不可能だ。


 なので必然、片方のハンターが囮としてランドラプターの弱点を晒させ、その隙にもう片方が死角から弱点を斬りつける連携が必要となる。

 あまり大きく逃げ回るとモンスターの身体が定まらないため、囮役のリベリカは必要最小限のステップで攻撃を避けたり防いだりしなければならない。


「リベリカ、もうちょい右! あーそれは行き過ぎ、ちょっと左に向かせて!」 


「注文多いんですよ! あとはアリーシャさんの方で合わせてくださいっ!!」


 正面から迫ってくるくちばしを真正面から盾で受け止める。

 耳をつんざくような金属音。

 火花を散らして盾がランドラプターの頭を後ろに弾き返すと、体重を乗せて押し出した力が自身の身体に跳ね返り、リベリカは吹っ飛ばされる形で地面に倒れこんだ。


 しかし、狙いはこれで十分だ。

 頭を押し返されたランドラプターがバランスを崩し、身体の並行を保とうと両翼を大きく動かす。

 まるで劇場の幕が開けるが如く、巨大な翼が空に向かって開き、遮られていたリベリカの視界が大きく広がった。


「やるじゃん相棒!」


 その瞬く間、アリーシャはモンスターの翼下にまで走り迫っていた。


 満開に咲く白ユリが舞い踊る。

 純白のスカートの裾をひるがえし、身体ごと回転させて太刀を水平方向に閃かせる。

 円を描いた斬撃の軌跡は、過たずランドラプターの急所を捉えていた。


 時間にしてわずか数秒足らず。

 アリーシャは断末魔すら許さない早業でその息の根を止めた。



 生気を失って崩れ落ちるランドラプターを後方に、アリーシャは駆け抜けてきた勢いを徐々に落としてリベリカのほど近くで立ち止まった。

 満足げな表情で太刀を収め、気持ちよさそうに身体を伸ばして一息つく。

 一連のルーティンを終えると、アリーシャは地面に尻もちをついていたリベリカに手を差し出してきた。


「お疲れリベリカ! 前より動き良くなったね」


「どうも。アリーシャさんは相変わらず人間やめてる動きですね」


 皮肉を言うリベリカの手を引き上げると、アリーシャは懐から取り出した時計を確認した。


「おっ、有言実行じゃない? バトル始めたのっていつ頃だっけ」


「たしかクエスト開始して10分くらいだったと思います」


 時計を見ると、今はクエスト開始から約15分が経過したところ。

 ターゲットのランドラプターと遭遇してからの時間で考えると、アリーシャの宣言通り、本当に5分足らずで討伐が完了したことになる。


「それにしても……、アリーシャさんの一撃って異様な威力ですね。私の剣ではびくともしなかったのに」


「それは斬れるところだけ斬ってるからだよ。アタシだって1人で戦った時はもっと時間かかってたし」


「そっか。アリーシャさんはコレとひとりで戦ったことあるんでしたね……」


「うん、そうだけど……どうした?」


 独り言ちるように呟いたリベリカの顔を、アリーシャが不思議そうな表情で覗き込んでくる。

 なんと言葉を返すべきか逡巡したものの、リベリカは自虐気味な口調で答えた。


「……私って役に立ってるんでしょうか」


「どういう意味?」


「アリーシャさんなら、今回も1人でも倒せたんですよね。私ってここにいる意味あったのかな……って」


「いーやいやいや、役に立ってるって! そもそもリベリカがいなかったら今回の作戦できなかったし、5分討伐はアタシにとっても最速記録だし!」


「でも、私はあくまでおとりなんですよね」


 武器をしまって、草花と土がついた装備の汚れを払い落とす。

 自分は、アリーシャ――おそらく技量で言えばギルドNo.1のハンター―― と同じこの衣装に袖を通す資格があるのだろうか?

 そんな考えが頭をよぎってため息がでる。


「私も早く強みを手に入れないと……。これだと前のチームにいたころと何も変わらない」


 アリーシャには、圧倒的な太刀さばきでモンスターを瞬殺するという二つと無い強みがある。

 対して自分は?

 ……足が速い。それだけじゃないか。

 そんな自分が、何を誇りにこの稼業を続けていけばいいのか。

 考えれば考えるほど不安になる。


「リベリカ……」


 不意に心配そうなアリーシャの表情が目に入って、リベリカは今の状況を思い出した。

 ここで愚痴を言っていても仕方がない。

 もう今日の仕事は終わったのだから、悩む時間ならあとからいくらでも取れる。


 リベリカは一旦気持ちを切り替えて、周囲の安全をあらためて確認し、クエスト終了の合図である照明弾を空に打ち上げた。

 こうすれば、討伐したモンスターの素材回収や後片付けは専門の後方部隊がやってくれるのだ。


 自分たちに割り振られた仕事は今度こそ全て完了した。


「アリーシャさん、帰りましょうか」


「あ、うん。でもちょっと待って」


 アリーシャはそそくさとランドラプターの遺体に近寄ると、その場にしゃがみこんで小刀を抜いた。


「何してるんですか?」


「モカへのお土産」


「お土産……。そう言えばサンプルの素材が欲しいって言ってましたね」


 近づいてみると、アリーシャは剥ぎ取った一片の鱗を手にしていた。

 しかし、それをすぐ袋には仕舞おうとせず、不思議そうな表情でしげしげと見つめている。


「その鱗がどうかしたんですか?」


「うん。さっきこの子を斬ったとき、いつもより手応えが少なくておかしいなーって思ってたんだけど……。やっぱりこの子ちょっとおかしいかも」


 アリーシャが鱗をつまんで見せてくれる。

 けれど、リベリカの目には何の変哲もないモンスターの鱗にしか見えない。


「それのどこか気になるところが?」


「今まで倒した個体より鱗の厚みが薄いんだよ。たぶん栄養不足か何かでちゃんと鱗が育ってないんだと思う」


「詳しいことはモカに調べてもらったほうがいいですね」


「だね」


 アリーシャが他の部位からも数枚の鱗を剥ぎ取ってお土産集めも完了。

 今度こそやり残したことがないのを確認して、その場を後にしようと歩きだす。

 その直後だった。


「リベリカ! あれ見て!!」


 アリーシャが指さしているのは南東の空。

 見上げると、紅色の狼煙のろし――救援信号が立ち昇っている。


 発信元と思われる場所は、ここから幾つものエリアを跨いだ森林地帯。

 そこは当初の作戦では交戦する予定のなかった場所であり、サン・ラモン達の戦いに何かイレギュラーな事態が起こったことを意味していた。

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