35話 ブリーフィング

「全員集合! これより事前ブリーフィングを行う!」


 モンスター2体の同時討伐――その作戦開始時刻を30分後に控えたクエスト当日の早朝。

 ハンター達がクエストの直前準備を行っている野営地キャンプに、サン・ラモンの野太いひと声が響き渡った。


 装備の点検を行っていたサン・ラモン班のハンター達はすぐさまその手を止めて、統率の取れた動きで素早く列を作り始める。

 その流れに乗るようにリベリカも駆け出したが、もしやと思ってすぐその足を止めた。

 振り返ると、やはりいつものだらけ2人組みがマイペースに後ろをトロトロ歩いている。


「アリーシャさん早く! モカも来て!」 


 リベリカが2人にげきを飛ばしても依然として彼女たちの足取りは重いまま。

 それどころか、ついにはその足すら止めて、不満げに口を尖らせ抗議してくる。


「クエストはじめる前から体力使いたくなーい」

「声が聞こえるからもうここでもいいだろ」


「い・い・か・ら! 早く来てくださいッ!!」


 クエスト開始前から協調性ゼロのふたり。

 堪忍袋の緒が切れたリベリカは、きびすを返してふたりを掴み、全力でグイグイと引っ張ってようやく列の最後尾に並ばせる。


 木箱で作った簡易な演壇の上に立ったサン・ラモンは、総勢20人弱のハンター達を見渡して口火を切った。


「改めて確認するが、今回のターゲットは2体の鳥型モンスター、”ランドラプター”だ。亜種個体は我々のチーム、通常個体はアリーシャのチームが狩猟を担当する。決して競争ではないが、各チーム可能な限り短時間での討伐を心掛けろ!」


「「「御意ッ!!!」」」


 鼓舞に呼応するように、サン・ラモン側のハンター達が重槍を天に向かって突き上げる。

 ついこの間まで自分も属していた一団はこんなにも血気盛んな集まりだったのか、とリベリカは外に飛び出して初めて感じた古巣の仰々しさに辟易する。

 一方で、今の仲間がろくに話も聞かずに上の空な様子を見て、これはこれで情けないなと嘆息した。


 サン・ラモンからこのあとの動きについて簡単な説明が終わると、続いて議題は狩場フィールドの先行調査を行っていた部隊からの報告へと移る。


「ランドラプターの亜種個体は、フィールド中央の東側、9番エリアにて発見しました! こちらの存在には気づかれていないので、重槍部隊はそのままモンスターの初期位置に向かってください」


「報告ありがとう。通常個体の方はどうだ?」


「通常個体の方は……残念ながら発見できませんでした。亜種個体を発見したのちフィールドの東側は探索したのですが、なにしろ短時間の任務でしたので」


 サン・ラモンに尋ねられた調査隊の男はやけに抑揚をつけてスラスラと語ると、最後にリベリカ達の方へ一瞥をくれた。

 本当に見つけられたなかったのか、それとも見つけのかは判然としないが、少なくともこの報告はリベリカ達を疎ましく思う者たちの嫌がらせによるものだ。


 サン・ラモンもその報告内容には逡巡したのか、一瞬だけ言葉を詰まらせた。

 しかし、すぐさま毅然とした態度を取り直して口を開く。


「そうか、報告ご苦労。……ということですまんな、アリーシャ、リベリカ。通常個体についてはこのあと自力で探索にあたってほしい」


「気にするな、だいたい当たりはついてる」


 表面上の謝罪を見せたサン・ラモンに対して、モカが強がりでもなんでもなく、真に心の底から何とも思っていない様子で答えた。


「どうせそいつらがのはすぐ西側の10番エリアだろうからな」


 ブーメランとばかりに白々しく続けたその言葉を聞いて、調査隊の男は顔を歪ませながら元の隊列に戻っていった。



 その後、ブリーフィングは諸連絡と注意事項の周知を行って終了。

 一同解散し、いよいよクエスト開始時刻に備えて持ち物の最終確認の段階に入った。


 リベリカとアリーシャは割り当てられたテントの中で、新調したお揃いの衣装に袖を通す。


 2人とも装備のベースとなるのは、肩と胸から胴を覆う白を基調としたライトアーマー。

 その四肢のうち、肘から先と膝から下はそれぞれ籠手とブーツで守っているが、それ以外の部分は身軽さを重視したデザインで白い素肌が露になっている。


 そして、最も見た目を印象付ける特徴は腰から下を覆うように巻かれたドレスアーマー。

 アリーシャは純白、リベリカは紫紺の色違い。

 装備を身に着けて並び立つ2人の少女の姿は、まるで色違いに咲き誇る二輪のユリの花のようだった。


 2人がテントから姿を現すと、周囲にいたハンター達から感嘆の声が漏れ聞こえてきた。

 そして、気のせいではなく、明らかに今までに増して視線の集まり方が激しい。

 リベリカは自分の衣装姿を思い浮かべて、だんだんと顔が熱くなってくるのを感じた。


「アリーシャさん、やっぱりこれ露出多くないですか……?」


「そう? 前のアタシの装備に比べたらかなり隠れてるほうだと思うけど」


「あれは装備というよりほとんどワンピースでしたよ! 比較対象にしないでください!」


「そう言ってもなぁ。この身軽さはリベリカの機動力を伸ばせると思うんですよ。どうです、解説のモカさん?」


 アリーシャがコメントを投げかけると、モカがテントからひょっこり顔を覗かせて、リベリカの零れ落ちそうな胸元にジト目を向けながら言った。


「アリーシャの言う通りだな。ただでさえリベリカ2つも重たいものぶら下げてるんだ。装備を身軽にしておいてようやくだろ」


「そういう下品な言い方やめてくださいって! このクエスト終わったら絶対に胸当ては買い足しますから!」


「えぇ、そんなご無体むたいなあぁぁ」


 もはや下心を隠そうともしないアリーシャに慈悲は無いと装備の買い増しを心に決め、その一方で、今まさにいそいそとテントに戻ろうとしているモカの肩を掴んで止めた。


「モカ? 何か忘れものですか?」


「眩しいところは嫌いなんだ。肌が焼ける」


「そうですね、じゃあ今だけそのローブを頭から被っていいですから――って待ちなさい」


 話も早々にテントへ潜り込もうとするモカの両肩に力を込めて引き留める。

 この小僧、この期に及んで引き籠る気まんまんだ。

 そう確信したリベリカは、手の力をいっさい緩めずにモカの背中を冷たい声で刺す。


「なんでテントに戻ろうとするんです?」


「……実は、直射日光に当たってると死んでしまう病なんだ」


「この前おもいっきり街中を歩いてましたよね⁉」


「やっぱりテントにいないと死んでしまう病だったかもしれない」


 是が非でも居残りを譲ろうとしない固すぎる意志を感じて、リベリカは諦めの息を吐く。

 モカはこれ幸いとテントに潜り込み、顔を覗かせて安堵の表情を浮かべた。


「ということでボクはここで狩りの成功を祈ってるよ。あ、通常個体を狩ったらサンプルの素材は持ち帰ってきてくれ」


「それはお安い御用だけどさ、どうして通常個体の素材を? モカはもうコレクションしてると思ったんだけど……布教用?」


 アリーシャがきょとんとした表情で尋ねると、モカは「布教用ってなんだよ」と突っ込んで続けた。


「環境調査の一環だ。今回のクエストは本来の生態系から考えると異常な状況なんだ。通常個体のコンディションを調べれば何か分かるかもしれない」


「なるほどそういうことか。だったら、他にも気になるモノあったら持って帰ってくるね」


「そうしてくれると助かる」


 確認を終えたアリーシャとリベリカは、モカに手を振ってテントを離れようとする。

 すると、なにか思い出したようにモカが声を上げ、ふたりを引き留めた。


「一応の確認だけど、リベリカはともかく、アリーシャも太刀で行くのか?」


「うん。通常個体ならアタシは太刀で何度か狩ってるし」


「私も今回は陽動係なので、片手剣で致命傷は与えられなくても大丈夫だと思ってます」


「わかった。だけど、もし亜種と出会ったときは、間違っても急所を刃物で切り付けるなよ。刃こぼれするぞ」


 言われたアリーシャは引っ提げている太刀に視線を落として、ふむと思案する。


「もしものときはどうしたらいい?」


「やむを得ない時は足の付け根を狙え。そこだけは比較的鱗が薄い」


「りょーかい」


 今度こそモカと出発前の挨拶を終え、いよいよクエスト開始の時刻。

 もう一方の大きなテントの前では、サン・ラモンを筆頭にしたハンター達が重槍を携えて整列している。


 リベリカ達がそこに並び立つと、すぐ隣の男ハンターが声を掛けてきた。


「お互いがんばろーな」


「ええ」


「そっちはふたりだろ? 俺たちの足を引っ張らないようにせいぜい頑張ってくれ」


「まさか通常個体に、亜種よりも時間かけたりしないよなー?」


「無所属ハンターさんのお手並み拝見ですなー」


 クスクスと笑うハンターたちは、やがてサン・ラモンが渋い表情を浮かべていることに気づいて嘲笑を収めたが、それでもチラチラと嘲るような視線を送ってくる。


 リベリカは湧きたつ感情をぐっと抑えて、まるで周囲を気にせず空を眺めていたアリーシャに声を掛けた。


「アリーシャさん」


「なにー?」


「何分で倒せますか」


 リベリカが試すように問う。

 するとアリーシャは愛刀の柄を優しく撫で、自信に満ちた笑みを浮かべて宣言した。


「5分。あれば余裕」



 角笛の音色が澄み渡った空に鳴り響く。

 ついに、”ランドラプター討伐クエスト”の幕が開けた。

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