34話 同時狩猟(2/2)
「あのー、ちょっといいですかー?」
相も変わらず間延びしたアリーシャの声が静まり返った会場中に響き渡った。
頭上に伸ばした手を間抜けにゆらゆらと揺らしている姿を見て、「またこの流れか……」と周囲のハンター達からため息を漏らす音が聞こえてくる。
決定を下そうと口を開きかけたカスティージョは、今一度その口を引き結び、再び口を開いた。
「なんでしょう、アリーシャさん」
「その作戦じゃ失敗するぞー?」
アリーシャはいつにも増して生意気な笑みを見せると、不意に横を向いてリベリカの身体越しにモカの腕を掴んで持ち上げた。
「って、うちの参謀が言いたそうにしてまーす」
「おいアリーシャ⁉」
思わずといった勢いでモカが声を上げる。
急に巻き込まれた上に座ったまま中途半端に片腕を上げている恰好にさせられて、モカは気まずそうにしぶしぶ立ち上がる。
そして、ちょいちょいと手をこまねいてアリーシャに顔を寄せさせた。
「(これじゃ約束と違うだろ)」
「(約束? はて?)」
「(とぼけるな。ボクは矢面に立たないって条件でついてきたんだ)」
「(まあまあ落ち着いて)」
「(お前はこの状況で落ち着きすぎだ!)」
2人がごにょごにょと言い争いをしはじめ、発言を遮られた上に待たされているカスティージョがトントントンと机を叩きはじめる。
それでも2人は会話を中断する素振りを見せないので、リベリカはひたすらに頭を下げて今しばらくの時間を稼ぐしかない。
「(モカだって気づいてるでしょ? あの作戦だと失敗するって)」
「(当たり前だ。でも分かってるならお前が言えばいいじゃないか)」
「(分かってないなーモカ君。アタシが言っても説得力がないんだよ?)」
「(それ自分で言ってて悲しくならないのか……)」
虚しすぎる自供を聞いてモカが嘆息する。
その小さな背中を、アリーシャが優しくさすって語り掛けた。
「(でもさ、今この場で本当に全員を説得できるのはモカだけって思うよ)」
「(……そんなことない。ボクを買いかぶりすぎだ)」
「(またまたー、そうやって
「(そうじゃない。薄々気づいてると思うが、このギルドでボクは今まで1人で……)」
悲しい目を浮かべて告白しようとしたモカの唇に、アリーシャが人差し指を当てて微笑んだ。
「(今はひとりじゃないでしょ?)」
口を微かに開けて、モカはアリーシャの顔を眩しそうに見上げる。
「(それにモカの凄さはアタシたちが知ってる。もう誰にも馬鹿にさせたりしない)」
最後にトンと背中を押されて、モカは一歩前に出た。
逡巡の後、小さな少女は顔を上げる。
その横顔からは、過去を引きずる傷跡ような影は消えてなくなっていた。
小さな黒髪の少女は、翡翠のような瞳をまっすぐ前に向け、小さな口で空気を吸った。
「アリーシャの言った通りだ。提案のあった同時狩猟だが、2体のモンスターを同じ作戦で倒そうとしてるなら失敗するぞ」
モカの声を聴いたハンター達がどよめき出す。
中には謎のロりっ子の正体が「はぐれオタクのモカ」だと初めて知って驚く声もあり、次第に周囲の反応が「またおかしなヤツがおかしなことを言い始めた」という茶化したものへと変わっていく。
それでもモカは2本の足で立ち続けていた。
そして、「本当に誰も気づいていないのか」と愚痴るように独り言ちると、周囲の野次を一蹴するように言い放った。
「今回のクエスト、片方のモンスターは通常の個体じゃない。”亜種”だ」
一拍遅れて、あちらこちらで資料をめくる音が鳴る。
そんなこと書いてなかったぞ、見間違いじゃないのかと切迫した声が飛び交うが、穴が開くほど資料を読み返したとしても、そこに答えは直接書かれていない。
「資料の報告内容にもあった体表の色が違っている方が亜種だ。そもそも、こいつらは俗称こそ”トリ”だが、トカゲみたいな鱗を持っている。実態は飛竜に近い」
それは、決して他人の解釈だけを鵜のみにしない彼女の知力、そして、オタクと揶揄されるほど熱心なモンスターの基礎研究からなる知識量の結晶として初めて導き出された真実だった。
「亜種は急所部分の鱗が異常に発達してるから斬撃はほぼ通用しない。通常個体ならよっぽどの熟練度……、それこそアリーシャのくらいの腕があれば刃物でも討伐できると思うが、亜種は確実に無理だ」
スラスラとモカの口から語られるモンスターの説明に、会場全体が聞き入っていた。
もはやこのカンファレンスはモカの独壇場。
それでも小さな研究者は決して驕ることなく淡々と説明を続ける。
「だから、亜種を狩るなら何人かの重槍使いで複数個所から攻めるべきなんだ。だが、サンのチームの数少ない槍使いを2分割すれば亜種を倒せないし、かといって亜種に全員を投入すれば通常個体の討伐に時間がかかりすぎる。そういうわけで、さっきの作戦だと詰む……ってことだ」
モカは口を閉じて、説明は以上だと目で合図を送った。
すると、しばらくの沈黙の後、サン・ラモンの一団のあたりから野次が飛んできた。
「槍しか効かないんだったら、お前たちのチームこそ戦えないだろーが!」
「うちは数が少ないって言っても、ゼロよりは多いからなw」
「剣しか振り回せないチームはお呼びじゃねーぞー」
心無い罵詈雑言が一斉に飛んでくる。
それを、アリーシャはいたって涼しい顔のまま受け止めて、
「アタシ槍も使えるよ? てか、ハンターならどの武器でも使えて当然じゃないの?」
一同、あ然。
もちろん、リベリカも口をあんぐりと開けていた。
その理由はいたってシンプル。
全ての武器を扱えるハンターなど、ここにいる誰ひとりとしてお目に掛ったことがないからだ。
ライセンスを取得したハンターがギルドに入って最初にすることは、自分が専念する武器種と所属するチームの決定。
”武器を1種類しか扱ってはいけない”という明文化されたルールは存在しないのだが、ギルドに所属するハンターが日々のクエストをこなして熟練できる武器の数はせいぜいが1種類、よくて2種類といったところなのだ。
だからリベリカもその慣習にならって片手剣を専門に決めたし、これから数年をかけて一人前の使い手になるつもり……だったのだ。
「アリーシャさん、槍も使えるって、使ったことがあるの言い間違いだったり……」
「しないよ? さすがに太刀ほど馴染んではないけど、槍でも普通にモンスター倒してきたし」
あっけらかんと答えるアリーシャに、リベリカは絶句するしかなかった。
彼女の場合、齢17歳にして太刀の熟練度が異次元レベルにまで達しているだけでも出鱈目な実力なのだ。
それが他の武器までも全て扱うことができるとなると、それはもう比喩でもなんでもなく、正真正銘の化け物だ。
アリーシャの爆弾発言を真正直に捉えられるハンターは会場のどこにもいないようだった。
皆、野次を飛ばすことも忘れて混乱した様子で隣のハンターと顔を見合わせている。
そんな中、ただ1人――カスティージョ―― だけが満足そうに笑みを浮かべていた。
「モカさん、貴重な情報をありがとうございます。これはしっかり考慮に入れて、クエストの受注チームを検討しなければなりませんね」
カスティージョはアリーシャ、モカ、そしてサン・ラモンに向かって着席するようジェスチャーで促してから、あらためて口を開いた。
「しかし、2体のモンスターの同時狩猟という提案はなかなかに素晴らしい。前回の失敗の汚名を返上し、失った名声を高めるためにも是非ともこの実績は収めたいですね」
カスティージョは考えをまとめるように
ギルドとして華々しい成績を掴むことができる2体同時狩猟の作戦。
しかし、それを実行するには有効な武器
そして、あらためてリベリカ達、サン・ラモン達のチームへ交互に目を向けると、片方の口角だけを上げて微笑んだ。
「それでは、今回のクエストは2件まとめてサン・ラモン班、アリーシャ班の合同チームに受注していただきましょう」
複数チームが合同となってクエストに挑む。
それは、あの
そんな提案がギルドマスターの口から飛び出したことが予想外だったのか、サン・ラモンが動揺した様子で声を上げた。
「ギルドマスター、合同というのはいったい……⁉」
「言葉通りの意味ですよ。今回のクエストは2班で連携して同時に実行していただきます。2件分の依頼に相当しますから、成功報酬はそれぞれの班が公平に受け取ってもらいます。ただし、元の部隊の大きさを鑑みて全体の指揮権はサン・ラモン、あなたに与えましょう」
「……御意」
「アリーシャさん、あなたからも何か質問があればどうぞ」
カスティージョが言うや否や、アリーシャは勢いよく立ち上がった。
「はいはーい、倒すモンスターは早いもの勝ちですかー?」
「いいえ、それは事前に指定します。モンスターの特徴とメンバーの相性を鑑みて、亜種はサン・ラモンのチーム。通常個体はアリーシャさん達で討伐してください」
「えー、アタシだって槍つかえるのに」
「――承知しましたッ!」
この期に及んで食い下がろうとするアリーシャの口を、アリーシャが手の平で塞いで椅子に座らせる。
ひとまず案件の受注できたし、報酬もクエスト1件相当分をきちんと貰える目途がついた。
ここからアリーシャが油に火を着火させて大炎上、その結果クエスト受注を取り消し……という最悪の事態だけはなんとしても避けたかったのだ。
結局、カスティージョが告げた方針で次回のクエストに挑むという結論がつけられ、カンファレンスは終了した。
すべてを終えてどっと沸いて出た疲れにリベリカが一息つくと、隣のモカが呆れた様子で肩にポンと手を乗せてきた。
「お前、本当によくやってるな。見てるだけで同情するぞ」
「同情するなら手伝ってくださいよ……」
「残念ながらボクの手には負えそうにない。でもまあ、クエストに出ればあとは楽勝じゃないか。こいつに任せておけば勝手にやっつけてくれるんだろ?」
モカが冗談交じりの口調で言うので、リベリカは何もわかっていないと嘆息する。
恐らくはアリーシャの噂が独り歩きしていることが原因だ。
「いいですか、落ち着いて聞いてくださいね」
「な、なんだ急にあらたまって……」
リベリカは、新たなチームメイトに残酷な真実――この奇想天外で荒唐無稽なハンター少女の実態――を正しく知ってもらうべく、落ち着いた口調で諭すように言い聞かせた。
「クエストに出たら私たちはアリーシャさんのおもちゃです。楽できるなんて期待はしておかない方が身のためですよ」
「おもちゃって……。いや、でもボクは家で留守番してるから関係ないだろ……?」
恐れるように顔をブンブン振って何かから逃れようとするモカ。
そんなちびっ子に、リベリカはありったけの笑顔を向けて言った。
「アリーシャさんから逃げ切れるならどうぞ?」
「ボク、入るチーム間違ったぽいな……」
顔を引きつらせて落ち込むモカがかつての自分のように見えたリベリカは、密かに胸の内で同情を寄せるのだった。
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