33話 同時狩猟(1/2)

 ついにリベリカ達がクエスト獲得に挑むカンファレンスの日がやって来た。


 モカは「会議には出たくない」と朝から駄々をこねていたが、今日のクエスト獲得の提案には彼女の助言が必要不可欠。

 しかも、モカもギルドの一員である以上、本来は会議に出る義務がある。

 そんなわけで、リベリカは大義名分のもと、無理矢理モカを着替えさせ、身だしなみも整え、強引に引きずる形でギルドまで連れて来たのだった。


「今日こそ遅れると思いましたが……、ギリギリ間に合ってよかったです」


 リベリカ達が定刻5分前に会場後方の扉から中に入ると、例の如く、既に勢揃いしているハンター達がチラホラとこちらを振り返った。


 リベリカがアリーシャとふたりで行動するようになって間もない頃は、こちらを蔑んだり、からかうような視線が多い印象だったのだが、それも最近になると単純に物音に気が付いて一瞥しただけ、という反応に変わってきていた。


 しかし、今日はそのどちらでもない好奇の視線がリベリカ達に集まっている。


「おい……、なんかすごく注目されてるぞ」


「ええ、間違いなくモカが原因でしょうけど」


「ボクなのか⁉」


 モカが視線から逃れようとリベリカの背中側にさっと身を隠す。

 その反応がハンター達の興味を更に引いてしまったのか、あっという間に会場は「見覚えのない謎の美少女」の話題で持ちきりになった。


 このまま出入口で突っ立ているわけにもいかないので、リベリカはアリーシャに先行してもらう形で3人分の席が空いている場所に向かって歩き出す。

 その最後尾でモカが必死に縮こまりながらテコテコついてくる。


「(ちっちぇー)」

「(あんな可愛い子いたか?)」

「(やべぇ、めっちゃ好きかも)」

「(お前ロリコンかよ……)」


 ハンター達のヒソヒソ話を耳にしながら、リベリカは内心でご満悦。無意識に頬が緩む。

 なにせ今のモカは、リベリカが己の美的センスを惜しげもなくつぎ込んでコーディネートした、言わば新生・美少女調査員のモカなのだ。


 本人たっての希望で服装にローブを組み合わせることは許可したが、フードで顔を隠さないこと、そしてローブは羽織るだけにすることの2つを条件にしたので、布切れ一枚では隠し切れない垢ぬけたモカの魅力が確実にハンター達の男心を射貫いていた。



 リベリカたちが3人横並びの席につき、しばらく待つと会議場の大扉が開かれた。

 新ギルドマスターのカスティージョが靴音を鳴り響かせて姿を現し、会場中のハンター達が一斉に起立する。


 案の定、隣のアリーシャは全く立ち上がる気配を見せないので、その両腕を取ってしぶしぶ立ち上がらせる。

 モカはタイミングを見誤っただけのようで、遅まきながらならって立ち上がった。


「こんにちは諸君。今日も宜しく」


 カスティージョが短い挨拶を終えて、全員が元通り着席。

 まずは司会役による事務連絡の時間が始まる。


 ……そうしてわずか数分後には、恒例の作業にリベリカは忙殺されていた。


「(アリーシャさん寝ないで!)」


 うつらうつらと船を漕ぎ始めたら肩を叩いて起こしたり、


「(手で遊ばない! 前を見る!)」


 暇そうに手をもて遊び始めたらやめるように注意したり。


 毎度のことながらリベリカが甲斐甲斐しくアリーシャを叱っていると、反対の席に座っているモカが呆れた様子で口を挟んできた。


「おい……、こいついつもこんな感じなのか?」


「そうですね。大体いつもこんな感じなのでとても困ってます」


「そりゃご苦労なことだな」


「けれど、正直なところモカも同じ感じじゃないかと覚悟してました。そこは良い意味で予想を裏切られてほっとしてます」


「安心しろ、ボクはやると決めたら中途半端にはしない主義だ。サボるときは徹底してサボる」


「それはそれで不安なんですが……」


 なぜか得意げなモカに困惑はするものの、とりあえずこの会議中は真面目に望んでくれそうだと目途がついて胸を撫で下ろす。



 そうこうしているうちに、議題は次の”クエスト獲得提案”に移った。

 カスティージョが司会を引き継いで演壇に立つ。


「今回、皆さんに提案をしていただきたいクエストは、事前に予告していた2種類です。最終的にはチーム規模と作戦の良し悪しで受注先を決定しますので、立候補いただくクエストは1つだけでも、両方でも構いませんよ」


 カスティージョの頭出しが終わり、いよいよ各チームの提案合戦の火蓋が切って落とされる。

 大小それぞれのチームが事前に準備していた提案資料を読み上げて、クエスト受注のためのプレゼンを行っていく。


 今回のクエストは2種類だが、どちらも事前情報では条件が同じ。

 標的モンスターも狩猟場所も報酬額も同じためか、提案される作戦はどこも似たり寄ったりで、他チームとの競争率を意識してどちらか一方のクエストに立候補するチームばかり。


「これならイケそうだな」

「ええ、モカのおかげで作戦の差別化はバッチリですし。とはいえ油断大敵ですが」


 いよいよ自分たちの順番が回ってきた。

 念のためアリーシャに「ちゃんと聞いておいてくださいよ」と釘を刺し、リベリカは提案資料を手に立ち上がる。


「私たちからは、少数精鋭での短時間討伐作戦をご提案します」


 リベリカが口にした仰々しい作戦名に動揺の声が広がった。

 しかし、続いてリベリカがその内容を話し始めると、あっという間に野次の声は鳴りやんだ。

 というのも、綿密さにおいて他チームから頭一つ抜けているのは明らかだったからだ。


 他のチームは”既存テンプレートの戦術を今回のクエストに当て込む”というアプローチであるのに対し、リベリカ達の提案する内容は言わば”今回のために1から組み上げた戦術”と言える。


 細かな狩猟エリアの想定、シチュエーションに応じた2人1組での立ち回り方など、まるで今まさにモンスターと相対している光景が思い浮かぶようなリアリティに満ちたプレゼンに、もはや揚げ足を取れるハンターは1人もいないようだった。


 確かな手ごたえを肌で感じたリベリカが堂々と一礼してプレゼンを終え、余裕の表情で着席すると、アリーシャがピースサインを向けてきた。


「これは勝ったね」

「まだ1チームの提案が残ってますけど、おそらくは」

「ボクが協力したんだ。これより精度の高い作戦なんて出ないだろ」


 あとはこのギルドの最大手チーム、サン・ラモン達の提案を残すのみ。

 それこそ大所帯だが、サン・ラモン筆頭に頭の固い保守的な面子が集まっているチームが提案してくる作戦は月並みな内容のはず。


「では最後のチーム、提案をお願いします」


 カスティージョに促され、最後のチームの代表者が立ち上がる。

 起立したのはサン・ラモン本人だった。

 普段はチーム内の中堅メンバーにプレゼンを任せているのに今日はリーダーが直々に前に出るとは珍しい。

 そう感じると同時、名状しがたい嫌な予感がリベリカの胸をよぎる。


 立ち上がったサン・ラモンが悠然とした態度で口火を切った。


「我々はモンスター2体の同時狩猟を提案します」


 誰も予想だにしていなかったのであろう。

 その瞬間、会場中から呼吸の音が止んだ。


「我々はチームのメンバーを分割した2部隊でそれぞれターゲットを同時同刻に急襲します。その後、近隣する2つのエリアで同じ作戦を並行して展開、2体のモンスターを同時討伐する作戦を立案しております」


 全く同じ作戦を2か所で同時に実行して、2つのクエストを同時に完遂する。

 そんな前代未聞の提案を聞いて、会場中から感嘆と非難の入り混じった野次が次々に飛び交う。


 カスティージョはそれをいたって冷静に鎮めると、依然として腹の底の知れない無機質な表情で念を押すように問いかけた。


「今回のモンスターは1体でも十分な強敵だとご承知の上でしょうが、果たして半数の戦力で十分なのですか?」


「我がチームは熟練したハンターを多数有していますので、十分に実行可能だと確信しております。この成功例は当ギルドの実績に大きく貢献すると考えます」


「承知しました。確かにその作戦が成功すれば、失墜しているこのギルドの名声を取り戻すことも可能でしょうね」


 カスティージョは考えを整理するように瞑目して口を閉ざす。

 もし、サン・ラモンの提案した作戦が本当に成功したのなら、どのギルドでもほとんど前例がない画期的な討伐事例となる。ギルドの評価が急上昇することはもはや約束されたようなものだ。


 長考の末、カスティージョが目を開いた。

 会場中に今回はサン・ラモンのチームのひとり勝ちだと諦めたような空気が漂う。


「あのー、ちょっといいですかー?」


 相も変わらず間延びしたアリーシャの声が静まり返った会場中に響いた。

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