32話 大人しく服を脱いでください
3人で近い将来の目標を誓い合った翌日のこと。
ゲストハウスでは、早速モカのゲストハウスへの引越作業が行われていた。
以前のリベリカと同じく、モカもギルドの宿舎に住んでいたので、大きな家財の運び入れはなく、荷物のほとんどは研究道具やモンスター素材のコレクションなどの細々としたもの。
朝からぶっ通しで引っ越し作業を続けて、もうすぐ正午になる時頃。
リベリカは分担した荷物をモカの新しい部屋に運び入れて一息ついた。
「さてと、モカの荷物はこれで全部ですか?」
「あとはアリーシャが運んでる専門書ぐらいだな」
「専門書って……そんなものまで運ばせてるんですか!?」
「安心しろ、アリーシャに運んでもらってるのは多少雑に扱われても大丈夫なやつだ。貴重品はお前に任せただろ」
「そういうことじゃ……。これってモカの引越ですよね……」
リベリカが苦言を呈するも、モカは「ボクは頭でしか働かない主義だからな」と歯牙にもかけない。
これから3人(とパーカスの4人)で共同生活を送るというのに、この協調性の無さでは先が思いやられる……とリベリカは早々に頭を悩ませる。
そこに、両腕で本の山を抱えたアリーシャが部屋に到着した。
「これで引越かんりょー!」
アリーシャが専門書の山を置いた拍子に床がドシンと揺れ動く。
軽々しく抱えているように見えたが、本の冊数から察するに子供の体重に匹敵するくらいの重量はあるはずだ。
華奢な体つきなのにどこからそんな力が湧いてくるのかさっぱり見当がつかない。
「おつかれ。助かった」
「もー! 生意気なガキンチョだなこのヤロー」
「ああぁやめろー!!」
生意気な態度をとるモカのフードをアリーシャがガバッとめくって、その頭をわしゃわしゃとかき乱す。
その姿はまるで親戚の弟にちょっかいを出す姉のようにも見えてくる。
これならモカに協調性がなくともアリーシャが上手く御せるかもしれない。
リベリカが密かに希望を胸に抱いていると、ひとしきりモカをいじって満足したらしいアリーシャが、元気よく声を上げた。
「よーし。それじゃあお昼ご飯にしよー! おっちゃんに用意してもらうよう伝えて――」
「アリーシャさん待った!」
「おっ、おう⁉ どうしたリベリカ?」
勢いを殺されたアリーシャが付き上げた拳をふらふらと下げながら困惑の表情を見せる。
リベリカは軽く咳ばらいをして、断固とした意志を持って宣言した。
「その前に家事の役割分担を決めておきましょう」
「めんどくさーい」
「働きたくない」
それぞれに不平をならべるふたりに
ここできちんとルールを決めておかないと、たぶん、きっと……、いや絶対に、この3人での共同生活は開始早々に破綻する。
危機感を募らせるリベリカは、今度こそ
「いいですか、私たち3人がこの家で生活するんです。その家事を全部パーカスさん1人に任せるなんて非常識でしょう?」
「でもその分、稼いでくるのも3倍になるじゃん!」
「ボクだって家賃は払うって約束したからいいだろ」
「それはそれこれはこれです!」
「「はい……」」
リベリカにぴしゃりと言われて、アリーシャもモカも部屋の床に
この場で完全に主導権を握ったリベリカは、気を抜かずに同じ調子で続ける。
「私も鬼じゃありません。それぞれの得意不得意は尊重して、できるだけ公平に決めましょう。分担する家事は、料理、買い物、洗濯、掃除、ゴミ出し……あと何かありましたか?」
「朝の目覚まし」
「着替えの用意」
「あなた達どんな生活おくって来たんですか……」
もはやふたりの年齢を疑いたくなるほど低次元なコメントだった。
リベリカは一旦ふたりの発言を忘れて、思いついた家事の種類を手近な紙にリストアップした。
自助能力が壊滅的なふたりに料理や買い物を任せられるはずがないので、この2つは自分がパーカスと協力して引き受けるのが無難だろう。
そう判断して、リベリカは残りの候補を提示する。
「とりあえず料理と買い物は私が固定で担当します。残り、洗濯と掃除とゴミ出しの担当を決めましょう」
「あーそれなら洗濯はアタシがやろうかなぁ……」
「アリーシャさんやってくれるんですか?」
思いのほかすんなりと出た立候補にリベリカが驚いて問いかけると、なぜかアリーシャはチラとモカを横目に見てからぽしょぽしょと答える。
「だって……下着見られるの恥ずかしい」
「あーなるほど。すみません、そこまで気を回せてなかったですね。同性でも恥ずかしいですもんね」
「いや、リベリカに見られるのも……ちょっと恥ずかしいけど……」
おもいがけず乙女な反応を見せるアリーシャを微笑ましく思っていると、それには全く無関心な様子でモカが手を上げた。
「ゴミ出しくらいなら引き受けてもいいぞ」
「お、わかりました。じゃあそれはモカにお願いしますね」
なんだかんだと順調に役割分担は決まり、結局残ったゲストハウスの掃除は各人が持ち回りで担当することになった。
最後にリベリカが「分担ルールを破ったら、その日の夜ご飯は抜き」という古典的かつ最強の脅し文句を付け足して家事分担の役割決めは一旦落着。
ちょうどその頃合いで、部屋の扉がコンコンとノックされた。
アリーシャが間延びした返事をおくると、入り口の隙間からパーカスが顔をのぞかせる。
「お前たち引っ越しの作業はもう終わったか?」
「おっちゃんナイスタイミングー! いま終わったところだから、お昼ご飯おねがーい」
「わかった。これから仕上げるから、少ししたら降りてこい」
パーカスがそう言い残して扉を閉じかけ、けれど途中で動きを止めて再び顔をのぞかせた。
「そういえばモカ――」
「は、はいぃッ!」
名前を呼ばれたモカが肩をビクンとはね上げた。
その様子に、パーカスは不思議そうな目をして尋ねる。
「どうした? 苦手な食べ物があるか聞こうとしただけだが」
「あ、いや、特にない……です」
「そうか」
怪訝な顔をしたままパーカスが扉の向こうに姿を消すと、モカは溜め込んでいた空気を一気に逃がすようにため息を吐いた。
その様子をニヤニヤとした表情で見ていたアリーシャがツンツンとモカの肩をつつく。
「ねーねー、モカ?」
「……なんだよ」
「もしかしてー、おっちゃんのこと苦手?」
「なッ、そんなこと――」
「さっきあんなにビクビクしてたのにー?」
完全に確信した表情でアリーシャがしつこく問うと、モカは一転して開き直った様子で両手を後ろについて身体を傾け、大きく口を開いた。
「あーそうだよ! だってあのおっさんデカすぎるだろ!」
「それはモカが小っちゃいからなのでは?」
「小っちゃい言うな! あんなの熊だろ、ボクじゃなくたって普通にこえーって!」
「ふーん、同じ男のくせに情けないなー」
アリーシャは肩をすくませて小ばかにしているが、そんな彼女にモカもリベリカも白けた視線を送る。
もしかして、彼女はまだ気づいていないのかもしれない。
リベリカはそう疑って声を掛けた。
「アリーシャさん」
「なに?」
「モカの印象をひとことで答えてください」
「急になに⁉」
「いいから答えてください。直感で」
「えっと、一言だったら……チビ?」
「チビ言うなっ!」
流れ弾を食らったモカが抗議するように立ち上がるのをギリギリおしとどめ、リベリカはもういちど質問を繰り返した。
「そういう背丈のことじゃなくてですね……。容姿の印象は一言でどうですか?」
「あー、そういう意味ね。地味、根暗、ガキ臭い」
「おいひと言でいいだろ! 3つも言うな!」
その答えを聞いたリベリカは、腕の中でじたばたと暴れまわるモカを抱きしめながら、やっぱりそうかと確信して嘆息した。
「うん、これはやっぱり気づいてないみたいですね」
「えっと、なにに……?」
ジト目を向けられていることに気づいたアリーシャは、未だ状況を掴めていないのか困惑した表情でふたりの顔を見比べる。
それを見たリベリカは、ついに兼ねてから密かに考えていた計画を実行しようと決心した。
リベリカは腕の中でホールドしていたモカの肩を回して、
「ということでモカ。ずっと気になってたんですが、もう我慢の限界です」
「いきなりどうした。我慢ってなんだよ」
「髪の毛はボサボサ、ローブはよれよれ。もう見て見ぬふりはできません。なので」
「なので……?」
至近距離で目を見つめられたモカが生唾を飲み込んだ。
「モカには今から綺麗になってもらいます」
「待てっ、なんだそれ、急に⁉」
身の危険を察した小動物のごとく、モカはリベリカの拘束を振り払って扉の方へ逃げだした。
しかし、反射神経の良さと俊敏さに自信のあるリベリカが、その能力を遺憾なく発揮して余裕で回りこみ、あっという間にモカを部屋の壁際に追い込んだ。
壁とリベリカの間で挟まれる形になったモカがガクブルと肩を震わせながら後ずさる。
「おいっ、く、くるなぁっ!」
「いいえ、逃がしません」
モカが手を伸ばして近くのアリーシャに助けを求めたが、この状況でモカの側につくのは得策でない判断したらしいアリーシャはニッコリ微笑んで黙殺した。
もはや万事休す。じりじりと迫ってくるリベリカの恐怖に、モカは涙を浮かべて震え上がる。
「いや、やめっ、やめてぇぇ!」
「安心してください。まずはお湯で身体を拭きましょうね?」
リベリカはついに目と鼻の先にまでモカを追い詰め、微笑みを浮かべて
「大人しく服を脱いでください」
*
モカの身体を拭くためのお湯を沸かしたあと、先に昼ごはんを食べておいてほしいと言われたアリーシャは、言われたとおり一階の食卓でふたりを待っていた。
調理場にいるパーカスが自分用に注いでいる食後のコーヒーの香りを嗅いでまた新しい豆を買ったのか、などと益体のないことをぼやぼや考えていると、トントントンと足音が階段の方から聞こえてきた。
「お待たせしました」
「ほんとに待ったよー! もうご飯食べちゃったし」
「すみません、思ったより手間取ってしまって」
申し訳なさそうに軽く頭を下げてリベリカが食卓へと向かってくる。
そして、その背中に隠れるようにして、小さな女の子が……。
「女の子ッ⁉」
既視感のある小さな身長。
着ている服はリベリカのお下がりなのか、手の先まですっぽり隠れてしまうほどブカブカだ。
身丈が長すぎるためかボトムス無しのワンピーススタイルで着用している。
少女は恥ずかしそうに身を縮こまらせ、リベリカの服をくいっと引っ張ってぽしょぽしょと呟く。
「リベリカ……、せめてローブを着させてくれぇ」
「ダメです。あなたもギルドの一員なんですから身なりはきちんとするべきです」
リベリカに背中を押され、少女がアリーシャの前に出る。
ツヤのある黒髪は丸みをおびたミディアムヘア。
前髪もスッキリとすかれ、二重でぱっちりとした緑色の瞳が宝石の如く煌めている。
顔の輪郭は幼いながらも、どこかミステリアスさを感じさせる容姿の少女。
知っている人物との共通点が多すぎて、さすがのアリーシャも真実に気がついてぽっかり口を開けた。
「モカ……って女の子だったの」
「……まあ、生物学的な分類では、そうだな」
ふたりとも頬を朱に染め合って黙り込んでしまい、奇妙な沈黙が生まれてしまった。
そこにコーヒーを持ったパーカスが調理場から戻ってきた。
「なんだ、アリーシャは気づいてなかったのか」
パーカスからも、さも当然のように指摘されてアリーシャは唖然とする。
けれど、すぐさま胸をサスサスと撫でるジェスチャーと共に弁解を試みた。
「いやいやだって! ほら、モカって無いんだもん!」
「お前だって人の事言えねえだろペッタンコ」
「おう言ったなコラこのくそモカー! 人のこと言えねーだろー!」
「ふーんだ、ボクはこれから発達するからな。リベリカみたいなバインバインになってから悔しがっても遅いぞ」
「なんですかバインバインって……」
思わぬ飛び火を受けて仲裁する気も失せたリベリカは、ふたりの姉妹喧嘩をBGMにしながらひとりで先に昼食を取ることにした。
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