31話 利害関係
「聞けば聞くほど、とんでもない経歴だな……」
モカを連れてゲストハウスに帰ってきたリベリカ達は、昼食を兼ねて3人で食卓を囲みながら、これまでの経緯を説明していた。
アリーシャはこの街に来てまだ間もない元・
リベリカの出自、そして厄災龍――ベスタトリクス――との因縁があること。
そういった一連の話を聞き終えると、モカはすっかり忘れていたらしいサンドイッチを食べるため、小さな身体を食卓に乗り出すようにして手を伸ばしながら口を開いた。
「片や都会知らずの一匹狼、片や領地をモンスターに奪われた元令嬢。まるで演劇の主人公みたいな組み合わせじゃないか」
「少なくとも事実をできるだけ客観的に話したつもりですけど……」
「別に嘘をついてるって疑うつもりはないぞ。むしろ、チラホラ聞いてたお前らの噂に納得したところもある」
モカが言うと、アリーシャが俄かに瞳を輝かせて反応した。
「アタシたちいつの間にか有名人になってたんだ! どんな噂?」
「常識なしと命令無視の問題児コンビ」
「問題児コンビかー! いい響き!」
「いや、その反応はおかしいでしょ……」
今まで聞こえないふりをしていた悪評を真っ向から聞かされたリベリカの口元が引きつる。
本人から言われるより第三者経由で悪口を聞かされる方が心理的ダメージが大きい、という通説はなるほどその通りだ。
一方のアリーシャがなぜか上機嫌なのはメンタルが強すぎるからなのか、それとも頭が弱すぎるからなのか……。
おそらくその両方だろうなと呆れつつ、リベリカはパーカスに教わって作ったお手製サンドイッチにかぶりつく。
特性ソースを塗ったふわふわのパンと具材のバランスがちょうどいい。
このゲストハウスに住むようになって、ほとんど毎日パーカスから料理を学んできた成果が着実に現れていた。
そのサンドイッチを気に入ったらしいモカが、早くもふたつめのサンドイッチに手を伸ばす。
「それで? リベリカはベスタトリクスのことを知りたいってことだったよな」
「ええ。あのモンスターがまだ討伐されていないなら、ハンターとして今後遭遇することもあるかもしれませんし」
「ハンターとしてか。でも知ってどうする。本当に遭遇したとき戦うつもりなのか?」
「それは……」
リベリカの口からすぐに答えは出なかった。
今も、ベスタトリクスとのあの出来事を自分の中で終わった過去だと割り切れてはいない。
けれど、その因縁に「自分の手で決着をつける」というイメージはどうしても現実味を帯びてこないのだ。
なぜなら、厄災龍はもはやモンスターという枠を超えているから。
災害や天変地異といった畏怖の概念そのものと言えるほど畏れ多い存在だからだ。
リベリカの複雑な心境を知ってか知らずか、「意地悪な質問だったな」とモカがふたたび話を切り出す。
「どっちにしても、ボクも十分な情報は持っていないんだ。だから多分、期待されてるような情報は提供できないと思う」
「けれど、モカは王立騎士団の書士隊にいたんですよね? 書士隊はギルド全体の交戦記録や報告書を収集しているはずでしょう?」
「流石によく知ってるんだな。たしかに、書士隊は統括してる全ギルドの調査結果や討伐クエストの報告書を集めて保管してる。だからベスタトリクスに関する情報も何かあるはずだと思ってボクもいろいろ調べてたんだ」
当時のことを思い出したのか、モカは歯がゆそうな表情を浮かべて言葉を詰まらせる。
その続きをリベリカが継いだ。
「なのに情報が見つからなかった……?」
「そうだ。目撃事例とか世間で知られているような情報はともかく、具体的な交戦記録とか生態に関する文献は見つけられなかった」
「ほへもしかしへ――」
「アリーシャさん、飲み込んでから話してください」
咎められたアリーシャは、もぐもぐしていたサンドイッチをホットミルクで喉の奥に流し込んでからもういちど口を開ける。
「もしかして、騎士団が何か情報を隠してるって可能性あるんじゃない?」
「そんなこと、あるんでしょうか」
「これまでいろんな村がベスタトリクスの被害はあってるんだよ? なのに、いくら王都から離れたこととは言っても、騎士団が何も対策を考えてないとかありえないでしょ」
「ボクも同感だ。けど実際問題として、ベスタトリクスの記録は一介の書士隊員が閲覧できるような場所には保管されていなかった」
「もしかして、一般人が立ち入れない秘密の保管場所があったりするんでしょうか?」
「うん。まあそうだな、たぶん、禁書庫、とかかな……」
「モカ?」
リベリカとしては何気なく尋ねたつもりが、なぜかモカの目がスイスイと泳いでいる。
その表情を見たアリーシャが、何か察したように両眉を上げて口を開いた。
「ははーんさてはモカちゃん。その金書庫に潜ろうとしたんでしょう? それでこのギルドに左遷されてきたんだ」
「ちがう、左遷じゃなくて派遣だ!」
「潜り込もうとしたことは否定しないんだ?」
「うっせぇ! お前みたいな勘のいいガキは嫌いだー!」
半分以上も残っていたサンドイッチを無理やり口に突っ込み、リスのように頬っぺたを膨らませてモグモグ咀嚼するモカ。
誰の目にもアリーシャの推測が図星であることは明らかだった。
そこで一旦会話は中断。
モカの機嫌が落ち着いてきたタイミングを見計らっていたのか、アリーシャは口についた白いひげを拭うと、あらためてモカに話題を振った。
「改めてなんだけどさ、モカもアタシたちのチームに入ってくれない? モカが来てくれたらリベリカも楽しいよね?」
「楽しい……っていう判断基準じゃないですけど、たしかにモカが協力してくれるなら、目下の課題は解決できるので助かります」
「目下の課題?」
「作戦立案が下手すぎて、カンファレンスでクエストを勝ち取れないんですよ」
「なるほど。だけどまあ道理だな」
もはや愚痴ともいえるリベリカの悩みを聞いて、モカは思案顔で続ける。
「ボクは基本、他人は信用しないことにしてるんだ。だから協力するなら互いの利害関係をはっきりさせたい」
「利害関係、ですか?」
「そうだ。今の話だと、ボクはお前たちのクエスト受注率を上げるために情報を提供できる。逆にお前たちはボクにどんな利益をもたらしてくれるんだ?」
モカの質問の意図は理解できるが、いざ「提供価値を示せ」とストレートに言われると答えづらい。
リベリカが困って横に目を向けると、代わりにアリーシャが満面の笑みで答えた。
「楽しい毎日!」
「却下。もっと客観的な利益を提示してくれ」
「衣食住! 今ならリベリカの美味しい朝食が毎日ついてくる!」
「それは、まあ魅力的じゃないって言ったら噓になるけど……。こう、もうちょっと何かあるだろ」
「たしかに、これはオマケみたいなもんだねー」
もどかしそうにしているモカに、アリーシャはクツクツと笑って言う。
しかし、しばらくしてその笑いをおさめると、不意に慈しむような目を向けて改めて答えを口にした。
「モカの目標もアタシたちが一緒に叶えるよ」
「それはつまり……、厄災龍のことを一緒に調べるって言ってるのか?」
「ちょっと違うかな。アタシたちはハンターだし、だったら方法はひとつでしょ」
「まさか、本気で厄災龍と戦うつもりか⁉」
「アタシは本気だよ。リベリカが本気でそれを望んでいるなら」
アリーシャがいつかと同じ蒼い瞳を向けてくる。
穏やかで自信に満ちた瞳。
そこに灯る光は、いつかと同じように心の中に暖かな火を灯す。
その熱に温められるように、いつしか凍り付いていたリベリカの口がふたたび動き出した。
「……ベスタトリクスは絶対に許さない。この3人で厄災にけりをつけましょう」
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