37話 スタミナ配分
上空に立ち昇った
滅多に人間が立ち入らない原生林は獣道を見つけることすら困難で、大自然が牙を剥き出したような荒々しい木枝がまるで人間の侵入を拒むように四方八方に伸びている。
その間隙を縫って前を走るアリーシャが声を張り上げた。
「ねぇ! さっきの
「クエスト失敗の一歩手前、死者が出るかもしれない状況です!」
「くっそ、だったらもっと急がなきゃいけないじゃんッ!!」
流石に人命が危機に瀕している状況と知って余裕がなくなったのか、アリーシャが荒らげた声で吐き捨てるように言う。
救援のために一刻も早く駆け付けなければならないのに、まともな足場すらないこの場所では全力疾走すら満足にできない。
しかも、当然ここはモンスター達の住処。外からの侵入者である自分たちにモンスター達は容赦なく飛び掛かってくる。
「邪魔ッ!!」
前を行くアリーシャは一切歩みを緩めることなく、湧いて出る小型モンスターを太刀で次々に切り捨てていく。
後ろを行くリベリカの足元に斬られたモンスターの体躯が転がってくる。
しかし、どれも深手を負っているのに絶命には至っていない。
普段のアリーシャは鮮やかに一撃で仕留めることに拘っているのに、今は障害を取り除くためだけに太刀を振るっているように見える。
そんな彼女の背中に続いて走っていると、不意に森の林冠から日が差し込んでいる場所が見えてきた。
樹木が軋む。金属が削れ、重い鎧が地面に打ち付けられる。叫び声が木霊する。
間違いない、この先が救援要請のあったモンスターとの交戦場所だ。
一足先に現場目前まで辿り着くアリーシャが真っ先にハンター達の元へ飛び出していく――ことはなかった。
アリーシャはまだモンスターから気配を悟られない森の中で足を止め、近くの樹木にもたれ掛かるようにしてぜえぜえと息を切らしている。
間もなく追いついたリベリカはすぐ傍に駆け寄り、大きく胸を上下させるアリーシャの身体を支えた。
「アリーシャさん、大丈夫ですか⁉」
「ごめんっ、スタミナ配分ミスった。モンスターは……」
「とりあえず深呼吸です、息を整えてください!」
アリーシャの背中を擦りながら、リベリカは今の戦況を素早く確認する。
ランドラプターの亜種。
脇には2人のハンターが既に倒れている。見たところ出血跡は見られないが生死は不明。
ランドラプターと今なお対峙しているのは3人のハンター。
正面で睨み合っているのは、一際重厚な盾を構えた男、サン・ラモンだ。
彼からはまだ闘志が感じられるが、残りの2人は完全に戦意を喪失しているように見える。
槍を無暗に突き出し、盾に隠れるようにして、ランドラプターの死角へと後ずさりしている。
「アリーシャさん動けますか! 今行かないと手遅れになります!」
「分かっ……てる。いま行く、からっ」
自立しようと身体を支えるアリーシャの腕がふるふると震えている。
身体のどこにも外傷は見当たらないので、これは本人の発言から察するに極度のスタミナ切れ。
ただの息切れのようなので安静にしれいれば落ち着くだろうが、今無理させるのは禁物だ。
「とりあえずアリーシャさんはじっとしていてください」
反射的にそう口にする。ひとまずアリーシャは安静にさせる。それはいい。
けれど、じゃあ彼らの救援はどうする!
自分ひとりで飛び出すのか?
この片手剣でランドラプターの通常個体にすら苦戦した自分が?
ランドラプターがサン・ラモンに襲い掛かった。
リベリカの物より何倍も大きい盾が繊細に動き、迫り来るくちばしを芯でとらえ、弾いた。
やはりギルド最大のチームを率いるハンターの実力は伊達じゃない。
その様子を見て若干の安堵が湧くと同時に悲愴感が胸を襲った。
そもそも自分の介入は求められているのだろうか?
今やギルド中の人間が実力を認めているアリーシャならともかく、自分が助けに入ったところで戦況を余計に悪化させるだけじゃないのか。
サン・ラモンの一派からはやっかまれているのだ。
救援という大義名分こそあれ、横やりを入れればまた文句をつけられるんじゃないか?
それでも、行くべきなのか?
リベリカは自分の心に問いかける。答えは返ってこない。
葛藤するリベリカの目前で、攻撃を阻まれたランドラプターはサン・ラモンに捨て台詞を吐くように咆哮した。
次の瞬間、死角に立っていた残り2人のハンターに向かって身体の向きを変える。
急に狙いを定められた2人は、恐怖に身を竦ませ、その場に尻もちをつく。
モンスターの体躯が前に出る。
サン・ラモンも慌てて飛び出そうとする。けれどあの重装備では間に合わない。
――その瞬間、リベリカの手は盾を構え、足は大地を蹴っていた。
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