29話 派遣のオトコ……?(1/2)

「おーい少年だいじょーぶかー?」


 崩れ落ちた本の山を掻き分けると、その下敷きになっていたのは見覚えのあるローブ姿の子供だった。

 うつ伏せで倒れている子供の後頭部をアリーシャがツンツンとつついているが反応が無い。

 耳をそばだてたアリーシャが顔を曇らせてリベリカを見る。


「この子もうダメみたい」

「そんなっ、まだこんな若いのに!」


 最悪の事態を察してリベリカが悲壮な声を上げると、


「おいお前ら……」


 その目の前で、子供がむくりと起き上がった。


「勝手にボクを殺すんじゃない」


 ボサボサに乱れた髪の毛のせいで表情は見えないが、恐らくジト目を向けている……ような気だるげな声。

 子供は茶色のローブをパンパンとはたいてほこりを落とすと、何事もなかったかのように床に散らばっている本を拾い始めた。


「あの、お姉さんが手伝おうか?」

「いやべつに。お構いなく」


 お礼のひと言もないどころか、こちらの存在を無視して黙々と本を拾い始めた子供の態度に、リベリカの脳裏でカチンと音が鳴った。

 年長者として苦言を呈してやりたいところだが、まずはこの正体不明の子供の素性を確かめることが先決だ。一呼吸して気持ちを落ち着け、改めて声を掛ける。


「ここにはどうやって入ってきたのかな?」

「普通に入り口から」

「……あのねボク、ここはギルドの関係者しか入れない場所なの。だから――」

「さっきから何を言ってるんだ」


 子供は拾った最後の一冊を棚に戻しながら、ふたりの方へと身体の向きを変える。

 相変わらず深く被ったフードのせいで表情は見えないが、如何にもやる気の無さそうなため息をついて口を開いた。

 

「ボクもギルド関係者なんだが」

「「え?」」

「おいなんだその目」


 こんな子供なのに?

 ――と口にしそうになったリベリカは危うく口を閉じた。

 ……が、その横でアリーシャは平然と鼻を鳴らす。


「ボクちゃん何歳?」

「おい子供あつかいするな。あとボクちゃんって呼ぶな」

「じゃあ名前は? なんて呼べばいい?」


 問われた子供は返事を嫌がるように顔の向きを逸らしたが、放っておくと余計に面倒なことになると直感的に理解したのか、諦めたように小さく口を開く。


「……モカだ。モカ・マタリ」

「モカちゃん! 可愛い名前♡」

「だから子供あつかいするなって!!」


 やはり表情は見せないものの、精一杯に荒げた声を出しながら、だぶついたローブの袖をブンブンと振って抗議の姿勢を見せる。

 その様子をひとしきりニヤニヤと鑑賞して満足したのか、アリーシャは少し声のトーンを落として問いかけた。


「それで、モカがギルドの関係者ってマジ?」

「しつこいな、ちゃんと認証バッジだって持ってるぞ。ほら」


 子供がローブのポケットから取り出して見せたのは銀色のバッジ。

 たしかにギルドの紋章である幾何学模様が刻まれているのを見て、リベリカが驚いた声をあげる。


「これ本当にギルド調査員の認証バッジです」

「へえ、ってことはホントに関係者なんだ。こんなチビなのに?」

「チビ言うな! それは関係ないだろッ!」


 今度は肩を怒らせじだんだを踏んでお気持ちを表明しているモカを余所目に、リベリカは距離を取ってひそひそとアリーシャに耳打ちする。


「この子、カンファレンスの会場とか、他にギルドの中で見かけたことあります?」

「いんや見覚えはないね。それがどうかした?」

「ギルドの調査員ってかなり貴重な人材なんです。ただでさえ人数少ないですし、私は全員の顔を覚えてたつもりなんですけど……」

「普通にサボって引き籠ってただけじゃない?」


「おいそこ全部聞こえてるぞ。言っておくがボクはサボりじゃないからな?」


 書架の本を物色しているモカが不満げに口を挟んできた。

 アリーシャがあからさまな疑いの目を向けて「ほんとにー?」とからかうような声を出すと、それに気づいたモカはコホンと咳払いして自慢げに姿勢を正した。


「ボクは特別なんだ」

「というと?」

「ボクはこのギルドに派遣されてきたからな。他の調査員とは立場が違うんだ」

「つまりボッチ」

「へんな解釈するなっ!」


 拳を振り上げて怒りのポーズをとるものの、アリーシャに抗議しても暖簾に腕押しだと気づいたのか、きまり悪そうに咳払いをして続ける。


「とにかく! ボクは自由に活動する権利を認められてるんだ。なんたって本当の所属は王立騎士団の書士隊だからな」

「騎士団の書士隊⁉」

「ふふん、証拠もあるんだぞ」


 リベリカの驚いたリアクションが気に入ったらしくモカがふふんと鼻を鳴らす。

 得意げな様子でローブをはらりとめくって現れたのは、胸元で黄金に輝くバッジ。

 それは紛れもない騎士団メンバーの証拠だった。


 信じられない、と目を疑っているリベリカ。

 しかしそれとは対照的に、アリーシャは依然として挑発的な笑みをモカに向ける。


「なんだよその顔」

「いやあ、騎士団のメンバー様がこんなギルドに左遷されて――」

じゃないだ」

「……派遣されてきたのはなんでなのかなーって?」

「つまり、なにが言いたいんだ?」

「実力不足で地方に追いやられただけでは?」


 カチんときた表情……かどうかは分からないが、明らかに肩をこわばらせメラメラと燃えているようなオーラを放つモカ。おそらく怒っているのだろう。


「じゃあボクの知識を披露してやる。そしたら実力を認めてもらうぞ」

「いいよ。でもどうやって?」

「お前の悩みを解決してやる」

「悩み?」


 モカはローブをずりずり引きずりながらテトテトと歩き、アリーシャたちが使っている机の方まで歩いていく。

 そして机に置かれていたクエスト資料の束を手に取った。


「さっき、クエストのことであーだこーだ言ってただろ。たしか……、同じモンスターの狩猟依頼が2つあるんだったか?」

「うん。ていうかちゃっかり聞いてたんじゃん」

「お前らの声がうるさかっただけだ」


 モカはそれぞれのクエストに関する2つの資料の束をパラパラとめくり、中身を見比べる。

 それからものの1分もしないうちに結論が出たらしく、モカは資料から顔を上げると、真面目な声色でアリーシャに端的に問いかけた。


「お前の見立ては?」

「資料の記載が正しいと同じモンスターの依頼が2つってことになる。……けど、たぶん片方はモンスターの種類を間違えてる気がする」


 やや自信無さげな声色でアリーシャが答えると、モカは黙ってうなずいて口にした。


「50点。でもそれで正解だ」

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