30話 派遣のオトコ……?(2/2)

「お前の言う通り、片方の依頼はターゲットのモンスターを見誤って報告してるな。一方は別の種類のモンスターだ」


 クエスト資料の一方を返してモカは淡々とした口調で答えた。

 しかし、それだけでは納得していないアリーシャが怪訝な表情を浮かべる。


「その根拠は?」

「狩場の生態系、モンスターの出没情報、報告書にある個体の特徴。研究している人間なら、この情報だけでも十分に判別できる。モンスターの基礎研究を蔑ろにしてるやつが適当に書いた結果がこの資料ザマだな」


「なるほどねえ。でも、そこまで分かってるなら報告書直してあげればいいのに。モカも同じ調査員なんでしょ?」

「それは……。ボクは特別だからな、他の調査員の仕事には関わらないようにしてるんだ」

「ふーん」


 アリーシャが白々しく相槌を打ち、周囲の様子に目を向けた。

 図書室で調べ物をしているらしい他の調査員の姿もチラホラ見えるが、モカを見かけて声をかけようとする者はいない。

 

「とにかく……これでボクの実力が分かっただろ」

「まあね。ここまで断言されると認めるしかないですなあ」


 アリーシャが素直にみとめると、モカはこれ見よがしに胸を張って鼻を高くする。

 その機嫌の良さにつけ込むように、アリーシャは「あと1つ質問させて」と付け加えた。


「これ、どっちの方が難しいクエスト?」

「このギルドのハンターのくせに変な質問するんだな。方の間違いじゃないのか」

「合ってるよ」

「そうか。それならお前に資料を渡したクエストの方が断然厄介だな」

「おっけーありがと」


 アリーシャはそう言って上機嫌で会釈すると、傍聴していたリベリカに一方のクエスト依頼書を手渡してきた。


「リベリカ、次のカンファレンスで狙う依頼はこっちにしよう」


 渡された資料を見ると、それは今しがたモカが厄介だと答えた方のクエスト。

 今回の2つのクエストはどちらも報酬金が同じ。

 効率の良さを考えれば、より難易度が易しいクエストを選ぶべきなのに、とリベリカの頭上に疑問符が浮かぶ。 


「どっちも報酬金は同じなんですよ? こっちの方が難しい依頼だって分かったのに……」

「うん。だから難しい方を狙うんじゃん?」

「その心は」

「強いモンスター倒したい」

「あ、はい。なんかうすうすそうじゃないかと思ってました……」


 こうなってはアリーシャの意見を捻じ曲げることはできないと経験で学んでいるリベリカは、あっさりと頭の使い方を切り替えることにした。


「でも作戦はどうするんですか。本気で狙うならそれなりに綿密な作戦を考えて提案しないと案件はもらえないって分かってますよね?」

「だよね、だからこの子に手伝ってもらおう」


 言うや否や、アリーシャは完全に油断していたモカの肩をポンと叩いた。


「は? ボクのこと言ってるのか⁉」

「そうに決まってんじゃん」

「いや、ボクは……」

「なんか不都合あるの? モカは騎士団から左遷されて――」

「ハ・ケ・ンだ」

「それで特別だからやりたい放題できるんでしょ? だったらアタシ達と一緒にチーム組もうよ。フィールドで生のモンスターだって見れるよ!」


 アリーシャが快活に手を差し出すが、モカはそれには応じなかった。

 首を左右に巡らせて周囲の視線を伺っている。

 つられて周りを見渡すと、そこかしこのハンター達がこちらに不躾な視線を送ってヒソヒソ話をしていた。


 ――変人アリーシャが、また変人を集めようとしている。


 そんな声が漏れ聞こえてくる。

 リベリカが一言文句を言ってやろうかと眉をひそめた、その直後、モカがうつむいたまま返事した。


「ボクにはやりたいことがあるんだ。だからハンターごっこに付き合うつもりは……ない」

「やりたいことか。それってアタシ達には協力できないこと?」


 どこか歯切れの悪いモカの言葉を受け止めて、アリーシャが打って変わって真面目な声で応えた。

 その反応に驚いたのか、モカがうっすら顔を上げる。

 長い髪の隙間から翡翠に輝く瞳が覗く。

 その視線は、周囲のハンターではなく、リベリカ、次いでアリーシャへと向けられた。


「厄災龍……ベスタトリクスの生態を突き止めるのがボクの目標だ」


 きっと笑われる。まるでそう覚悟するようにモカが身体を縮こまらせる。

 しかし、それに誰よりも早く反応したのはリベリカだった。

 アリーシャの反応すら置き去りにする瞬発力で前に飛び出し、モカの肩につかみかかる。


「ベスタトリクス! 知ってることあるんですか⁉」

「うひゃあ⁉ 急になんだッ」

「ちょっとちょっとリベリカ! 落ち着いて、ステイステーイ」


 アリーシャによってモカの身体から引き剥がされたリベリカは、幾分かしてようやく落ち着きを取り戻した。


「本当にすみません……つい驚いてしまって」

「単に驚いたってレベルじゃなかった気がするんだが……。何か訳があるのか」


 醜態を晒したリベリカと、それを心配するモカ。

 その一連の様子を周囲の人間が見過ごすはずもなく、今や辺り一帯には不穏な空気が漂っている。


 さすがのアリーシャでもこの場に居続けることには気が引けるのか、ふたりに提案を持ちかけた。


「ねえ、この続き、ちょっと場所を変えて話さない?」

「モカがそれでもよければ」

「ボクはべつに構わないが……どこに行くんだ?」

「アタシたちの家かな」

「家? アタシたち⁇ お前らそういう関係なのか⁉」


 フードの影の下からでも分かるほど顔を赤らめるモカ。

 その反応を見たアリーシャが、ガバッとリベリカの腕をとって抱き着いてきた。


「どういう関係かはご想像にお任せしまーす♡」

「だから誤解されるようなことしないでください!」


 激しいスキンシップにすっかり調子を狂わされ、リベリカはアリーシャの頭を優しく小突いて笑みをこぼした。

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