25話 密会

「お飲み物でございます」

「ああ……どうも」


 ウエイトレスに果実酒を差し出され、はぎこちない会釈を返した。

 街も寝静まりつつある夜半、パーカスが呼び出されてやって来たのは、会員制の酒場――その中でも一部のVIPしか入ることができない秘密のボックス席。

 間接照明が薄暗く照らすテーブルの上でグラスに注がれた果実酒が怪しく艶めいている。


「すまない待たせたね」


 気まずさを誤魔化そうとグラスを手に取った矢先、声を掛けられたパーカスは顔を上げた。

 やってきた男はコートを係の者に預け、よどみない所作ではす向かいのソファに腰を下ろす。


「まさかとは思ったが……やっぱりお前だったのか」

「久しぶりの再会だと言うのに挨拶もなしか? 相も変わらずせっかちなやつだ」

「ふん、お前こそ相変わらず時間にルーズだな。カスティージョ」


 パーカスが鼻を鳴らして睨みつけた相手――カスティージョは微笑みだけでそれをあしらって、近くのウエイトレスに赤ワインをオーダーする。

 間もなくワイングラスがサーブされ、乾杯も無いまま各々グラスに口をつけた。

 

「それで。新任ギルドマスターさんが、俺にいったい何の要件だ」

「就任の挨拶と、その礼を伝えにきたんだよ」

「礼? 感謝されるような覚えはないぞ」

「君はそうだろうね。ではなく、礼を伝えたいのは君の義娘むすめに、だよ」


 カスティージョは口に含んだ赤ワインを舌の上で転がし、かと思えばあっさりと飲み込んで続ける。


「このギルドに来て早々、あの子は大いに活躍してくれた。感謝しているよ」

賢狼獣クルークウルフの捕獲クエストのことを言ってるのか? あれは失敗になったと聞いたぞ」

「ああ、失敗も失敗。依頼主の貴族は激怒、ギルドの格も大下落だ」

「皮肉でも言いに来たのか?」

「いいや、感謝しているのは本当さ」


 カスティージョは含み笑いを浮かべてグラスを置く。


「重要だった今回の依頼をギルドは失敗。その責任を負って老いぼれギルドマスターはクビ。遅かれ早かれ私に席が回ってくるとは思っていたが、こんなにスムーズに事が運んだのは彼女が期待以上に大暴れしてくれたからだ」

「お前まさか……、こうなることを狙って俺たちを利用したって言ってるのか」


 眉間にしわを寄せて睨みつけるパーカスを見て、カスティージョは肩をすくめて言う。


「人聞きの悪いことを言うなよ。私はギルドのためを思ってあの老いぼれに優秀な人材を雇えるように手引きしてやったんだ。それが裏目に出てしまったのは彼の実力不足だ」

「何が手引きだ。どうせ騎士団のコネでも使って圧力をかけたんだろうが」

「何のことやらさっぱりだ」


 断片的な情報だが、パーカスは今回の顛末てんまつおおむね理解した。

 辺境で活動していたパーカスたちに突然このギルドから契約依頼がきたことも。

 前ギルドマスターが急に退任したことも。

 そして、その座にかつての同僚――カスティージョが就いたことも。

 すべてこの男の策略だったわけだ。


「お前、何を企んでいるんだ」

「私は王立騎士団としての責務をまっとうしようとしているだけだ。堕落したギルドの更生が今の私の使命さ」

「どの口が言う。出世にしか興味がないくせに」

「それは誤解だ」


 カスティージョはワイングラスのボウルを手に取り、喉を鳴らして酒をあおる。


「私にとって、出世は権力という正義を手に入れるための手段だ。私は正義の力で堕落したこの社会を作り変えてみせる」

「……偽善だな」


 強い語気に気圧されるのを誤魔化すように呟いて、パーカスも果実酒を喉に流し込んだ。

 慣れないアルコールの刺激をなんとか凌ぎ、話題を逸らすべくもう一度口を開く。

 

「ともかく騎士団の出世ルートに乗れてよかったな。ギルドマスターの座にも就けたし俺たちはもう用済みか?」

「まさか、君の義娘むすめにはまだまだ活躍してもらいたい。前ギルドマスターが結んだ雇用契約は私が引き継がせてもらうさ」

「こっちとしては一方的に契約破棄することもやぶさかじゃないんだぞ」

「そんなことを言うと義娘むすめが悲しむぞ。せっかくギルドで相棒ができたのに、ふたりを引き離そうとするなんて非情な親だな」


 皮肉に何も言い返すことができずパーカスは唇を噛む。

 確かにここ最近のアリーシャは特に活き活きとしている。

 理由は明確。今までほとんど出会ってこなかった同年代の女の子――リベリカの存在だ。


 仮にギルドとの契約を切ったとしても、辺境に戻ればいくらでも依頼は受けられるので金には困らない。ただ、アリーシャにはまた一人ぼっちの生活を強いることになってしまう。

 それを思えば、パーカスは口が裂けても「今すぐ辞めてやる」なんて言葉を吐けない。


 パーカスの沈黙を肯定と見なしたらしく、カスティージョは得意げな顔で口を開いた。


「契約は継続ということで。ちょうど問題児の扱いに困っていたところだからね、君が一緒に面倒を見てくれるようで助かるよ」

「俺のゲストハウスは託児所じゃない」

「そう言いつつ放っておけない性分のくせに」


 カスティージョはクスリと微笑んで立ち上がり、係の者からコートを受け取る。

 出口に向かう去り際、カスティージョは首を巡らせて言い残した。


「君に引き取ってほしい問題児は他にもいるんだ。これからもよろしく頼むよ」

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