26話 子供
「アリーシャさん」
「んーなにー?」
「もう帰りませんか……」
足元の影が身長を追い越しはじめた日暮れ前の街中。
リベリカは両腕をふさぐ大量の袋を掲げて、ぐったりした顔でアリーシャの背中に声を掛けた。
「えーまだ日が暮れるまで何時間かあるじゃーん。もうちょっと買い物したいー」
「今の今まで何時間ぶっつづけで買い物したと思ってるんですか……流石に疲れました」
「でもそのおかげでいい防具みつかったじゃん?」
「そうですね。ありえないくらいの軒数まわりましたからね!」
元はと言えばアリーシャが「お揃いの衣装を買おう」と言い出して始まった今日の買い物。
そのはずが、街に来てまだ数日だからどこにお店があるか分からないと早々に甘えられ、結局、リベリカが代わりに見繕った店を回り続けることになったのだ。
いくつもの店をはしごした末にようやく購入したのは、メイン素材に革より堅く金属より軽量な飛竜の鱗を使用したかなりの上物だ。
ただし、レアな素材をふんだんに使用しているのでお値段が張る……という理由と、アリーシャの個人的な趣味嗜好が相まって、購入したのは胴と腰と急所部分の装備のみだった。
「個人的にはもうちょっと露出が少ない方が良かったんですが」
「リベリカがそう言うから追加で腰装備も買ったのに?」
「それはそうなんですけど、太ももとか丸見えですよ。これ」
露出が多くて恥ずかしいというリベリカの要望で、腰から膝までを覆うフォールドを追加で購入したのだが、それでも四肢を覆い隠していた今までの防具に比べると
渋っているリベリカに、アリーシャは指を振って講釈を垂れる。
「いやいやそういうエロ……じゃなくて、身軽なのがいいんだって。特にリベリカの武器はその足の機動力なんだし!」
「まあアリーシャさんが言うんですから、きっと間違ってはないと思ってますけどね」
「そう! アタシの目に狂いはない! 可愛いは正義!」
どこか話が嚙み合っていない気がしてリベリカは首を傾げるが、アリーシャは気にすることなく続ける。
「でもせっかくなら色も全部お揃いがよかったなぁ。腰装備だけ同じ色が売ってなくて残念」
「私は色違いの紫でよかったですよ。アリーシャさんみたいに全身真っ白だとすぐに汚れそうですし」
「ノンノン。汚れる前に一瞬で仕事終わらせれば汚れないよ?」
「それぜんぜん説明になってないです……」
またもや飛び出たアリーシャのとんでも理論に辟易しつつ、リベリカはもう流石に帰路につこうと声を掛ける。
「今日は十分買い物しましたし、もう帰りましょう」
「やだー! もっとリベリカと買い物したい!」
「ダメです。今日は帰ります」
「じゃあ今度また付き合ってくれる?」
「次はちゃんと目的と時間を守ってくれるなら前向きに検討します」
今日だって、元々はお揃いの防具を買いに行くだけという話だったのだ。
それがあれよあれよという間に、道具屋、雑貨屋……揚げ句の果てに、なぜか下着屋まで。
気づけばこうして、リベリカの腕にも町中の店の買い物袋がぎっしり収まっていた。
「そんなこと言ってるけど、リベリカだって結局いろいろ買ってるじゃん?」
リベリカが抱えている袋のひとつ――下着の入っている袋――を指さして、アリーシャがニヤついた笑みを浮かべる。
「こっ、これはアリーシャさんがしつこく勧めてくるから……仕方なく」
「仕方なく? じゃあ今から返品してきてあげよっか」
「いや、別に……、そこまでしなくても」
すうーっと伸びてきた手から隠すようにリベリカが袋を抱きしめると、それを見たアリーシャがぷっと吹き出した。
「じょーだんだって! 買う時は恥ずかしがってたけど、やっぱり気に入ってたんだ?」
「やっぱり今から返品してきます」
「あーウソウソごめんって! めっちゃ似合ってたから絶対付けた方がいいって。というか付けて!」
盛りだくさんの袋を抱えたまま器用に両手をすり合わせて懇願するアリーシャを見て、リベリカはほぅと息を吐く。
「まあ、ちょうどいい機会だったと思っておきます。……今付けてるのもサイズが合わなくなってきてましたし」
「おいそれアタシへの当てつけか?」
「私は小さなアリーシャさんも可愛いと思いますよ?」
「こんにゃろリベリカーッ!!」
普段の仕返しを込めてリベリカが悪戯っぽく言うと、アリーシャがダッと足音を鳴らして追いかけてくる。
両手に抱えた袋がこぼれ落ちないように注意を払いながら走って逃げるリベリカ。
ちょうどいい流れだ。このまま次の角を曲がってゲストハウスに帰ろう。
そう思ったリベリカが裏路地に目を向けた瞬間。
「あぶなっ!」
視界に飛び込んできた人影と衝突しそうになり、リベリカは脚に急ブレーキをかけて立ち止まる。
幸いにも正面衝突は避けられたが、路地裏から飛び出してきた人物はバランスを崩して盛大にすっ転んでしまった。
身長から察するに子供のようだが、頭からつま先まですっかりローブに覆われていて顔も性別も良くわからない。
「だ、大丈夫ですか……?」
「とりあえず起こしてあげよっか。リベリカ手伝って」
追いかけてきたアリーシャとふたりがかりで、ローブの人物を身体を抱き起す。
触れた身体は思っていたよりも華奢で小柄。
顔が長い髪に覆われていて暗い印象を与えるが、垣間見える目鼻立ちからまだ年端のいかない子供のようだ。
「おーい少年。だいじょうぶかー?」
どうやら気を失っているらしい子供の頭を、アリーシャが無神経にもぺしぺし叩いて呼びかけた。すると、間もなくして子供はパッと目を開けた。
子供は動転した様子でリベリカとアリーシャの顔をしばらく見比べ、それから何か思いだしたように目を見開いて大きな声で騒ぎ立てる。
「お前らギルドのハンターか! さてはお前たちも僕を連れ戻しに⁉」
「ちょちょちょ、なに言ってるの君?」
「そういう手には騙されないからな!」
「なにか勘違いしてますよ。誰かから追われてるんですか?」
「うるせー! ほっとけ!」
子供はふたりの言葉に耳を貸さず、リベリカたちの手を振り払って距離をとる。
いったいこの子が誰から逃げているのか、せめて何者なのか尋ねたいところなのだが、どういう訳か初対面にして相当嫌われているらしく話が通じそうにはない。
リベリカが困惑していると、今度は路地の方から別の足音が聞こえてきた。
「そこのふたり! その子を捕まえてー!」
走ってきたのはふたりの女性。
ハンターズギルドの制服を着ているので、ギルドの受付係か事務係だ。
どういう事情か分からないが、ギルド職員が追いかけているのなら協力しない訳にはいかない。
リベリカは振り返って子供を捕まえようと手を伸ばす……が、そこにはもう誰もいなかった。
「誰がつかまるもんかー!」
見ると例の子供は遥か向こう側に立っていた。
今からでも走って追いかけようか迷うが、ふと横でアリーシャが突っ立ていることに気づいて諦める。
「アリーシャさんの瞬発力なら捕まえられましたよね?」
嫌味を込めて言うリベリカに、アリーシャはジト目を向けて首を横に振る。
「無理」
「どうして?」
「だって手がふさがってるもん」
「そういえばあなたはそういう人でしたね……」
結局リベリカも子供を追いかけることは諦めて、後からやってきた職員に軽く謝罪してからふたりで帰路に就いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます