24話 百合の狩人(五分咲き)

 会議が終わったのは正午頃。

 これからどうしようと沈んでいたリベリカは、会議が終わって早々にアリーシャに手を引っ掴まれてギルドから連れ出された。


 一体どこに連れていかれるか皆目見当もつかない。

 暴走する彼女を止めようとリベリカは頭を混乱させながら呼びかける。


「アリーシャさんどこ行くんですか!」

「アタシたちの家!」

「家? 私たちの??」


 いよいよ意味が分からない。

 掴まれている腕を無理やり引っ張り返してなんとか彼女を引き止める。

 その拍子にアリーシャは勢いを殺されてつまずきかけたが、それでもリベリカの方を振り返ろうとはしない。


「ちゃんと説明してください」


 その言葉にようやくアリーシャの握力が弱まった。

 リベリカは掴まれていた腕を振りほどいて続ける。


「ふたりでチームだなんて正気ですか」

「もちろん大マジだよ」


 表情は見えないが、アリーシャの口調はあっけらかんとしていた。

 リベリカが呆れて物を言えないでいると、アリーシャがまた腕を引っ張って前に進もうとする。


「どこに連れて行こうとしてるんですか」

「ゲストハウスだよ。これからチームなんだしリベリカも一緒に住もうよ」

「あのですね」

「心配しないで! おっちゃんの料理めっちゃ美味しいし、家具も全部揃ってるから快適だし。あ、荷物の移動とか手伝うから――」

「あの! そうじゃなくて!!」


 激昂するようにリベリカが叫んだ。

 そうしてようやくアリーシャが驚いた顔で振り返る。

 思っていたより大きな声を出してしまったことを気まずく感じつつ、リベリカはハッキリと告げた。


「心配してるのはそこじゃないんです」

「そっか、そうだよね。……ごめん」


 アリーシャのしゅんとした表情を見て我に返ったリベリカは、周囲の通行人から冷ややかな視線が集まっていることに気がついた。

 ここはギルドを飛び出したばかりの町の中央通り。急に大声をあげたのだから悪目立ちするのは当然だ。


 責めるつもりはなかったものの、思ったよりアリーシャが落ち込んでいるように見えて胸の内に罪悪感が湧いてくる。

 態度こそ不真面目だが、彼女なりに励まそうとしてくれていたのだ。それはリベリカだって分かっている。

 

「アリーシャさん。ちゃんと話したいので場所を変えさせてください」


 黙ってうなずくアリーシャを連れて、リベリカはメインストリートを外れた裏通り沿いの公園に向かった。



 道中の屋台で買ったドリンクを持って、ふたりは公園のベンチに腰掛けた。

 商店街の喧騒は幾分大人しくなり、代わって今は遊んでいる子どもたちの無邪気な笑い声が気まずい沈黙を誤魔化してくれている。


 隣に座っているアリーシャはすっかり借りてきた猫。

 まだ一言も会話していないのに、手元の飲み物がもう半分以上減っていることに気づき、リベリカは思い切って口火を切った。


「さっき、アリーシャさんに誘ってもらえたのは嬉しかったです」


 微かにうんと相槌が聞こえてリベリカは続ける。


「でもやっぱり、私、大きなチームに入りたいんです」

「目標を叶えるため?」

「はい。だから、ごめんなさい。アリーシャさんとふたりにはなれません」


 リベリカは残っていたジュースを一気に飲み干して立ち上がった。

 アリーシャはベンチに腰を張り付けたまま不安げな顔で見上げてくる。


「どこに行くの」

「今からギルドの全チームを回って頼んできます。余計なお世話かもしれませんが、アリーシャさんも一緒に受け入れてもらえそうなところが見つかったら連絡します」


 リベリカは一礼してきびすを返す。

 その腕を、立ち上がったアリーシャがつかんだ。


「待って」


 ここにいてはいけない。

 未練を振り切らないといけない。

 だのに、振り切る気力はどこにもなくて、リベリカは腕を掴まれたまま立ちすくむ。


「教えて。なんでそんなに組織あそこにこだわるの?」

「私には目標があるんです」

「ギルドで出世することでしょ? でも嫌な思いしてまであんな酷い連中の輪の中に戻らなくたっていいじゃん。新しいギルマスだってこれからは実力主義って言ってたんだし」

「そんなのアリーシャさんだから言えるんですッ!!」


 そっと肩に触れてきたアリーシャの手を振り払ってリベリカは大声で叫んだ。

 拭っても隠し切れない涙をポタポタとこぼしながら、もう制御の利かない感情を乱暴に吐き出すように言い募る。


「アリーシャさんくらいの実力があれば何の心配も無いですよ! でも! 私みたいな凡人は組織に残れないと終わりなんですッ!!」 


 こんなことを口にする自分が惨めで胸が苦しくなる。

 行き場のない悔しさをアリーシャの胸に叩きつけ、最後に肺に残った空気でかすれる声を絞り出す。


「ひとりでやっていく力なんて……私にはないんです」


 いっそ笑い飛ばしてほしい。

 アリーシャほどの実力者に蔑まれたなら、悔しさなんて通り越して絶望できる気がする。


 ダメ元で足掻こうとしていた最後の気力さえ使い果たしてしまった。

 涙で滲んだ視界では、自分の足元すらまともに見えない。

 ついに自重さえも支えられなくなった膝が音を上げて、身体が地面に崩れ落ちる――その寸前。 


 柔らかなユリの香りが、強く、優しくリベリカを抱きしめた。


「ひとりじゃないよ」


 自分を包んでいる身体は、折れてしまいそうなほど華奢で、あまりにも熱い。

 アリーシャの優しい声が抱きしめられた全身を伝って染み渡るように聞こえてくる。


「アタシがそばにいる」

「でも私、弱いから」

「リベリカ」


 アリーシャがリベリカの両肩を支えて後ずさる。

 正面から顔を合わせる勇気はない。

 うつむく視界の端でブロンド髪を風になびかせている少女は、リベリカの肩に手を添えたまま優しい口調で語りかけてくる。


「いまリベリカの手の中には可能性がある。今が強くなるチャンスなんだよ」

「……チャンス?」

「そう。君は同じ場所に残る人間じゃなくて、外に飛び出せる人間になれる。長い間かけて自然界で生き残ってきたのは、強い生き物じゃなくて環境に合わせて変わることができた生き物なんだよ」


 アリーシャは「おっちゃんの受け売りだけどね」とはにかんで、リベリカの名前を呼んだ。

 リベリカは目頭を拭って顔を上げる。

 透き通る青い瞳がリベリカを見つめてニコリと笑った。 


「アタシと一緒に強くなろう」


 肩に添えられていたアリーシャの手があらためて胸の正面に差し出される。

 まだ迷いはある。

 この手を掴めば待っているのはきっと茨の道だ。

 それでも――。


 振るえる手をそっと伸ばし、差し出された指先に微かに触れた。

 それを迎え入れるように柔らかな手がリベリカの手を包み込む。


「ありがとう、リベリカ」


 見るとアリーシャの目尻には涙が溜まっていた。

 気づいたリベリカがハンカチを取り出そうとするも、それより先にアリーシャは真っ白なワンピースの袖でぐいぐいと顔を拭って誤魔化すように照れ笑いを浮かべる。


「よーし。じゃあ早速いきますか」

「さっそくってどこに……」


 いつもの調子を取り戻すようなアリーシャの能天気な声音を聞いてリベリカは肝を冷やす。

 まさかとは思うが、今からギルドに戻ってカチコミしに行く……なんてことを言い出してもおかしくはない。

 自分が手に取ったのはそういう常識外れな少女の手だ。


 ヒヤヒヤしているリベリカの想いなど露知らず、アリーシャはリベリカの手を握った腕を高らかと上げ、今日一番の元気な声で笑って言った。


「服屋さんに行きますっ!!」

「はい⁉ なんで⁉」

「これからふたりはチームなので! おそろいの衣装を買いに行こう!」


 答えが予想の斜め上すぎた。

 唖然としているリベリカの反応を見て、アリーシャは焦ったように「だってその方がチームっぽくない⁉」と付け加える。

 その様子が可愛らしくてリベリカはクスリと笑って頷いた。


「そうですね。じゃあおそろいの服、買いに行きましょう」

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