23話 改革(2)
「リベリカさん、アリーシャさん。前へ来なさい」
「は、はい!」
呼ばれたリベリカはすかさず立ち上がり、席の間を歩いて演壇に向かう。
その背中に後ろをついてくるアリーシャがヒソヒソと話しかけてきた。
「やっぱりあの人、なんか見覚えあると思わない?」
「気のせいじゃないですか。私がもし会ったことあるなら絶対に顔を覚えてるはずです」
「まああんな死神みたいな顔、見たら忘れるはずないよなぁ」
「聞こえますよ。軽口はほどほどに」
最前列までやってきたふたりは促されるまま演壇にあがった。
壇上から振り返ってみると不審げな顔がびっしりと並んでこちらを睨みつけている。
カスティージョは揃ったふたりの隣に並び立ち、口火を切った。
「最後の議題は、彼女たちの処遇についてです」
それを聞いた聴衆の顔に喜色が浮かぶ。
まるでお待ちかねの見世物を楽しみにするかのような好奇の視線を浴びて、リベリカの背筋におぞましい寒気が走る。
震え始めた足を必死に突っ張り、腰の後ろに回した手の平を限界まで硬く握った。
その肩にカスティージョが手を置いてくる。
「まず始めに。前回のクエスト失敗については、前ギルドマスターの退任をもって彼女達の責任は不問とします」
その裁定にリベリカの胸は多少軽くなった。
クエスト失敗の責任が不問ということは、ひとまず想定していた最悪の事態「ギルドからの除名処分」は免れたと考えてよいだろう。
聴衆はあからさまに不満げな表情を浮かべているが、カスティージョの沙汰に異議を唱えようとするハンターは見えない。
しかし、カスティージョの言葉はそこで終わらなかった。
「ただしリベリカさんについては、以前からの独断行動を看過できないという申し出も聞いています。これを踏まえ、彼女は現在の所属チームから除隊とします」
肩にのし掛かるカスティージョの手が鉛のようにずっしりと重くなる。
想定していた2番目に悪いシナリオが的中してしまった。
確かに今回も単独で行動する場面はあった。
けれども、今回はちゃんと隊長であるサン・ラモンの許可を得たはずだ。決して独断ではないし、この言われようは理不尽すぎる。
リベリカは無言で抗議の視線を送るが、サン・ラモンは瞑目したまま顔を俯かせていた。
リベリカの肩から手を離したカスティージョは淡々と続ける。
「次にアリーシャさんですが、彼女はこのギルドに加入したばかりで、まだどのチームにも所属していません。そうですね?」
「あー別にお構いなくー」
アリーシャはまるで緊張感のない様子でノーセンキューと手を振るが、カスティージョはそれに苦笑して答える。
「先ほども言った通り、これからは必ずチーム単位で活動していただきます。特にあなたような新人には一日も早くギルドという組織に馴染んでいただく必要がありますから」
「でも管理されるの嫌なんですよー」
「管理とは人聞きの悪い。あなたに必要なのは教育です」
カスティージョはアリーシャから視線を逸らすと、改めて聴衆全体に向き直って「もう一度お聞きします」と呼びかけた。
「この中で、彼女たちを受け入れて良いというチームはありますか?」
途端、場内がしんと静まり返った。
ついさっきまで好奇の目を向けていた誰も彼もが、今は我関せずの態度。
半分以上の人間は視線を足元に落とし、他には隣り合う者と気まずそうに顔を見合わせている。
もう何分経っただろうか。
空白の時間が永遠に間延びし続けるような感覚。
呼吸を繰り返すごとに冷めた空気が肺を満たし、どんどん惨めな気分になっていく。
もはや黙って待っているのも辛すぎる。
リベリカは震える足で強引に一歩踏み出し、なりふり構わず頭を下げた。
「お願いします! 脚には自信があります、荷物運びでも大丈夫です! どうか受け入れをお願いします!!」
いつしか濡れていた頬に栗色の髪がべたりと張り付く。
反応は何もない。
物音ひとつ聞こえない。
それでも今の自分にできることはこれしかないと、さらに深く頭を下げる。
「お願いします!」
膝が笑っている。踏ん張る力が少しでも抜ければ崩れ落ちてしまう。
震えるな、踏ん張れ、もっと頭を下げろ。
チームに加入できなければ出世の道は閉ざされる。
その恐怖に抗う一心でリベリカは頭を下げ続けた。
改革によってこれからのギルドは実力主義になると言っても、複数人で情報や知恵を共有できるチームの方が有利であることは依然として変わらない。
どこからか声がした。
野次だ。
「そんな疫病神、どこが引き受けるかっつーの」
「見てくれは可愛いけど、どうせ相手してくれねーんだろー?」
「ちゃんと言うこと聞いてくれるなら雇ってもいいけどなー」
ゲラゲラゲラと下品な笑いが沸き起こる。
屈辱だ。屈辱以外の何ものでもない。
けれどこれに堪え忍ぶことでしか、目標を叶える道は残っていない。
逃げ出したい心を殺し、リベリカはもう一度口を開こうとして――、
「ちょっとあんたら黙んなさいよ!」
それをアリーシャの怒号が遮った。
ダンッ、と力強い足音と共にアリーシャがリベリカの横に立つ。
「そもそも最初にちゃんとモンスターを捕まえられる作戦立ててればよかったんでしょーが! なにも考えずに命令待ってただけの人間が、自分で考えて動いたこの子を馬鹿にすんなッ!」
アリーシャに圧倒されるように、会場がふたたび沈黙する。
しかしその静寂も束の間。
退いた波が寄せて戻るように罵声があちこちから飛んできた。
「モンスターを殺した張本人が何を言ってやがる!」
「お前が手を出さなきゃクエストだって失敗しなかったんだろーが!」
「そりゃヤッたのは私だけど……!」
痛いところを突かれたアリーシャは弱々しくなりながらも退かない。
その応酬を黙って聞いていたカスティージョが口を挟んだ。
「彼女たちの責任は不問と言ったはずです。あの場、あの人数で依頼主を護るためにはモンスターを殺すしかなかった。彼女の判断は間違ってはいなかったでしょう」
それを聞いたアリーシャが「めっちゃ肩もってくれるじゃん」と驚いた声で呟いたが、カスティージョは見向きもせず、大衆に向かって顔色ひとつ変えずに淡白に告白した。
「前回、依頼者の護衛として同行していたのはこの私です。異論は認めません」
そのカミングアウトを聞いて、もう野次を飛ばすものも茶化すものもいなくなった。
ただただ場が凍りついたように静まり返る。
その様子を滑稽そうに微笑を浮かべて眺めながら、カスティージョは続けた。
「以上を踏まえて、彼女たちを受け入れる意志のあるチームはありますか?」
それでも手は上がらなかった。
問題はなかったと言われても、ふたりは明らかな問題児。
自分の足を引っ張りかねない若者を好んで受け入れようとするチームはどこにもない。
リベリカは
どこにも拾われ先のない惨めな自分を、彼らはどんな目で見ているのだろう。
もう頭を上げることさえ怖くて身体が動かない。
そんなリベリカの肩を、柔らかな手が優しく抱き寄せた。
「じゃあ私たちふたりでチーム組むわ」
いつも通りの、まるで何も考えていない呑気な声。
あまりに突拍子のない発言に、リベリカは思わず抱き寄せてきた相手の顔を見る。
「ふたり……⁉」
「そ、アタシとリベリカのふたりでチーム」
そんなの前代未聞だ。
ふたりだけでチームを組むということは、情報の収集も、作戦の立案も、道具の準備も、もちろん当日の狩猟も全てふたりで行うということ。
しかも、その条件をクリアした上で、他の大規模チームより優れた実績を残さなければならない。
そんな問題点を恐らく分かっていない、というより、そもそも問題視していないのであろうアリーシャはカスティージョに向かってずけずけと問いかける。
「ねえ2人いれば”チーム”って言えるでしょ?」
「まあ……そうですね」
カスティージョは苦笑してから、こちらを睨みつけて「ただし」と付け加える。
「失敗したら辞めていただきますよ」
血の気の引くような冷たい声音。
奥底に闇を抱えたようなドス黒い瞳。
まるで感情の読めないその表情を見てリベリカは確信する。
この男は決して自分たちの味方ではない。逆らったら一巻の終わりだ。
けれどそんなリベリカの心中などアリーシャはお構いなし。
自身に満ちた表情で、不敵にも揚々と笑ってのたまった。
「大丈夫。アタシたちなら無敵だから」
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