22話 改革(1)
アリーシャとリベリカが到着したギルドの会場は、既に集まっているギルド所属ハンター達の喧騒で包まれていた。
空席の残っているのは前回と同じ最後列。
他のハンター達の間を通って席へ向かうふたりの少女に、言わずもがな注目が集まっていく。
「(やらかし二人組のお出ましだ)」
「(あの女、依頼主を脅してモンスターぶっ殺したらしいな)」
「(あいつらのせいで今回の報酬金はなくなったって話きいたぞ)」
あちらこちらから、まるで隠すつもりのないヒソヒソ話が飛び交う。
捕獲対象だった
結果として、会場の関心が「ふたりの処遇」の一点に集まるのは当然のことだ。
時刻は会議が始まる定刻10分前。
隣で無神経にもあくびを噛み殺しているアリーシャを横目に見つつ、リベリカは居心地の悪さを感じながら席に座る。
ギルドマスターはいつも定刻より遅れてやって来るし、今はまだ痛めた腰が完治していないはず。諸々を鑑みると、実際に会議が始まるまであと20分は辛抱が必要だろう。
そう考えていたリベリカの予想を大きく裏切って、想定よりも早く大扉が開かれた。
「ギルドマスターのご到着です」
いつもより早い登場に多少のざわつきが起きたものの、相も変わらず見事に統率された動きで全ハンターがその場に起立。
案の定やる気のないアリーシャもリベリカが腕を取って立ち上がらせる。
しばらくすると、私語が止んだ会場にカツカツカツと聞きなれない靴音が近づいてきた。
会場に現れたのは光沢のある黒の
「おい、あの男誰だ……?」
どこかしこから戸惑いの声が上がる。
本来ギルドマスターが入場する扉から入ってきたその男は、誰がどうみてもこのギルドのマスターその人ではない。
黒髪をオールバックにし、白すぎる肌にくっきりとした目鼻のパーツ。
顔だけを見れば青年後期のようなのに、ゆったりと歩くその姿はまるで年長者のようなオーラを放っている。
「リベリカ、あの人だれ? 偉い人?」
珍しくアリーシャが興味ありげに尋ねてきたが、答えを持ち合わせていないリベリカは首を横に振る。
「少なくともうちのギルドで見覚えはないです」
「そっか。でもなーんか見覚えあるんだよなぁ」
「もしかして昔のお知り合いとか?」
「いやあ、もっと最近の記憶っぽい」
アリーシャが腕組み首をかしげるが、記憶探しに付き合っていても仕方がない。
その間にも燕尾服の男性は会場前方の演壇に上がり、聴衆と向かい合う形になった。
本来ギルドマスターが立つべき場所に見知らぬ男が立ったことで、会場のざわつきがいっそうと大きくなる。
「お静かに」
ガツン、とステッキが床を鋭く叩きつける音が反響する。
たったその一音で、会場中から
男は沈黙する聴衆を左から右へとゆっくり見回してから口を開いた。
「この度、新たにギルドマスターに就任したカスティージョです」
生物としての温かみすら感じられない凍てつくような第一声。
そのうえ誰も予想しなかった一言に、数秒遅れて会場中からざわめきが巻き起こる。
誰もが近隣のハンターと密談するなか、ひとり、サン・ラモンが恐縮した様子で手を挙げた。
男 ――カスティージョは黙って手を差し出し発言を促す。
「カスティージョ殿。新たにギルドマスターに就任されたというのはいったいどういうことでしょう。療養中のギルドマスターの代役、という理解で正しいでしょうか?」
「いいえ、そうではありません」
カスティージョは口許に微笑を浮かべつつ、首を横に振って続ける。
「前ギルドマスターは、先日の賢狼獣捕獲クエスト失敗の責任を負って、退任されました」
「退任、ですか!?」
サン・ラモンの驚きの声に合わせて渦巻くようなどよめきが沸き起こる。
今まで組織のトップで権力を握り続けていた人物が文字通り突然姿を消した……否、より大きな権力によって消されたのではないかという畏怖が不安の声となって盛り上がっていく。
その様子を俯瞰していたカスティージョは呆れた様子で笑って言った。
「ご説明しましょう」
ダン、とテーブルに右手をついて大きく口を開く。
「この組織は腐っています。不毛な組織内政治が横行し、戦術は古いまま。現場の判断能力も皆無。その結果が、依頼者の身を危険にさらし、あまつさえギルドマスター自身が戦場で腰を抜かして戦線離脱するというお粗末な前回の結果です」
まったくオブラートに包まないカスティージョの言葉に、野次や反論の声は皆無。次々と気まずそうに頭を垂れていく。
「……と、このような無能な組織を作り上げたトップの責任は重く、これ以上要職に就き続けるべきではない。それが評議会の意向であり、前ギルドマスターにもご理解いただいた次第です」
すっかり静まり返った場内を見渡し、カスティージョは微笑を浮かべた。
「さて、他に質問はありますか。なければ今日の本題に入ります」
どこからも声は上がらなかった。
カスティージョは満足そうに頷いて続ける。
「本題は今後の組織の在り方についてです。前回のクエスト失敗を踏まえ、このギルドではクエストの受注方法を改革します」
カスティージョが秘書の女性に合図を送ると、前の席から順に紙の資料が配布され始めた。
ようやく回ってきた資料を受け取って、リベリカもその内容に目を通す。
そこに載っているのは、ギルドが現在管理している狩猟依頼の一覧だった。
「今後はギルドが管理しているクエスト情報を事前に公開します。その上で、皆さんは各チームごとにクエストの作戦を考えていただき、この
「あの、質問よろしいでしょうか」
ひとりのハンターが手を挙げた。
カスティージョが「どうぞ」と答えて、ハンターが続ける。
「その”チーム”に何か条件はありますか?」
「良い質問です。お答えしましょう」
カスティージョは柔和な表情で言うと、2本指を立てて見せた。
「チームの条件は2つだけです。1つ目は、必ず複数人で結成すること。1人でチームと名乗るのは根本的に矛盾していますからね」
相変わらず淡々とした口調ではあるが、どこか冗談めかした言いぶりに、会場の空気が少し弛緩する。
そんな中、カスティージョは顔色ひとつ変えずに「それから2つ目ですが」と続けて口を開く。
「クエストに失敗したチームは、誰かひとりに即時辞職していただきます」
空気が一瞬にして凍り付いた。
それをまるで気に掛けず、カスティージョは微笑を浮かべて「他にご質問は?」と尋ね返したが、もはや質問した男は顔を真っ青にして首を横に振るのが精いっぱいのようだった。
「いいですか皆さん、私が作る組織の中では実力が全てです。それを肝に銘じてください」
皆一様に凍りついた人形のようになって誰からも反応はない。
その様子に、それまで穏やかだったカスティージョの表情が豹変した。
「返事はッ!」
「「「御意!!!」」」
もはやカスティージョに対して異論を挟もうとする人間はいなかった。
全ハンターの畏怖の対象に成り上がったカスティージョは満足そうに大きく頷いて見せる。
「よろしい。では最後の議題に移りましょう」
カスティージョの目と指が、聴衆の最後列にまっすぐ向けられる。
その指の先にいた人物――
「リベリカさん、アリーシャさん。前へ来なさい」
――リベリカは名指しを受けて背筋を凍らせた。
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