21話 百合の狩人(三分咲き…!)
「私はこの街の出身じゃないんです」
そう切り出したはいいものの、アリーシャに期待した気軽な相槌は返ってなかった。
アリーシャは目を丸くして小首を傾げている。
彼女に限ってないだろうが、下手に深刻に受け取られたくはない。
リベリカは相手も食事を終えていることを確認してから、自分とパーカスの食器を手に取って立ち上がった。
「続き、洗いながらでもいいですか?」
「それならおっちゃんがやるから放っておいても」
「ダメです。自分のことは自分でする。アリーシャさんも自分のお皿持ってきてください」
「うえぇ」
アリーシャがしぶしぶ立ち上がるのを見て先にキッチンへ向かう。
水廻りの設備は年季が入っているがまだ生活感はない。
おそらくパーカスたちが引っ越してくるまでは長年使われていなかったのだろう。
この建物に水道は通っているが、だからといって遠慮なしに使えるものでもない。アリーシャが持ってきた分も受け取って、皿を水を溜めた桶の中に入れる。
リベリカは水面の波紋で歪む自分の顔に向かって、そっと口を開いた。
「メスラドっていう地域、聞いたことありますか?」
「うーん、たぶん? ここより南西の方だっけ」
「あってます。モンロヴィア領メスラド、そこが私の故郷なんです」
「あれ、モンロヴィアってなんかどこかで聞いた覚えが……」
一呼吸ほどの沈黙の後、アリーシャは勢いよく肩ごと回して振り向いた。
「リベリカ・モンロヴィアじゃん! え、ちょっ、もしかして⁉」
「たぶんお察しの通りです。領主は私の父――」
「うおぉ! じゃあリベリカって本当に貴族のお嬢様だったんだすげぇぇ!!」
全てを言い終えるより先に、アリーシャが宝石のような青い瞳をキラキラと輝かせて叫んだ。
アリーシャは貴族を嫌っている節があったので、身の上を話すと嫌われるかもしれない……という心配は杞憂だった。ひとまず胸を撫で下ろす。
けれど同時に、これから彼女の誤解を解かなければならないと思うと気が重い。
「ねえ領主さんの家ってどんな感じ⁉ 本物のメイドさんとかいる?」
「あの、アリーシャさん」
「んん? なんでしょうお嬢様」
メイドの挨拶のつもりなのか、アリーシャはワンピース型の寝間着の裾をちょこんとつまんでお辞儀する。
けれど、その頭を上げてリベリカの顔を目にすると、何か察したようにアリーシャの口元から笑みが消えた。
リベリカはまたも彼女の笑顔を奪ってしまったことを申し訳なく思いつつ告白する。
「私の家も故郷も、今はもう無いんです。いわゆる没落貴族ってやつです」
「あ……ごめん」
「気にしないでいいですよ。もともと話すつもりでしたから」
何でもないように会釈して、リベリカは食器を漬けていた水桶に手を入れた。水の冷たさが手肌を通して胸と頭に伝っていき、同時に心の中の火照りも冷めていく気がする。
浮いた皿の汚れを拭いながら、リベリカは独り言ちるように3年前の出来事を語り始めた。
「3年前、
「そのモンスターは……」
「ベスタトリクスというモンスターです。まだ討伐されてません」
アリーシャは「またそいつか」と微かに呟いてから答える。
「戦ったことはないけどアタシも知ってる。土地を枯らす呪いの
「はい。噂でもなんでもなく本当に土地が枯れるんです。作物が育たないから復興が難しい。産業がなくなるので住民を養えない。そして……没落です」
汚れを拭った皿を最後に軽く水洗いする。
水気をとる布はどこに……と探していると横から布を持ったアリーシャの手が伸びてきた。
ありがとうございます、と一言添えて洗った皿を手渡す。
「今、両親は親戚の村に移り住んでひっそりと暮らしてます。私は王都の学園に通わせてもらってましたが学費が払えないので中退になりました。それから将来と家のために自分ができることを考えた結果、
「すごい波乱万丈だね」
「どの口が言ってるんですか」
皮肉めかして言いながら次の一枚を手渡した。
アリーシャは水滴を払うように布で一拭きして空っぽの食器棚に皿を置く。
「でもさ、なんで
「確かに働き先なら色々と紹介してもらえました。けれど私の目標を叶えるには、商売人や職人じゃ駄目なんです」
「目標あるんだ」
「はい」
皿を掴んだ手に力が入る。
決意を新たにするつもりではっきりと口にする。
「王立騎士団に入って貴族の地位を得る。そして両親にまた不自由のない生活を送らせてあげる事です」
「なるほど……?」
ツンツンとアリーシャに肩をつつかれて、皿を洗っている手が止まっていたことに気が付いた。
「早く拭く皿をよこせ」という催促かと思って横を振り向くと、アリーシャは頭上に疑問符を浮かべるように眉間にしわを浮かべていた。
「あの、リベリカは騎士団に入りたいんだよね? なのになんで
蛇足にも「入る組織まちがえてない?」なんて心配そうに言われてしまったが、そんなことはない。
むしろリベリカにとってはそこに疑問を持たれることの方が不思議だったが、改めてアリーシャの顔を見て、彼女には”常識”が欠落していることを思い出した。
「そうか、アリーシャさんは今まで辺境にいたから知らないんですね。そもそもになりますけど、王立騎士団は何のことか分かります?」
「それはさすがにわかるよぉ。王都を守ってるボンボンのエリート連中でしょ」
「だいたい合ってますけどめちゃくちゃ嫌味はいってますよね……」
「そんなことナイヨー」
やっぱりこの人、貴族のことが嫌いなんじゃないのか……と少し心配に思いつつ、リベリカは続けて説明する。
「まあアリーシャさんがイメージしてる通りなんですが、騎士団に入れるのは有力貴族の子女・子息だけです。けれど実は下級貴族や平民にもチャンスはあるんです。それが
「なるほど実力で成り上がるってことか! それ以外にも方法あるの?」
「一応はあります」
「ちなみにそれは?」
「大量の献金を納める」
「うげー」
思った通り、露骨に顔をしかめるアリーシャを見てくすりと笑いつつ、洗い終えた最後の1枚を手渡す。
「アリーシャさんはなんでそんなに貴族が嫌いなんですか?」
「嫌いって言うか、根本的に違う世界の人って感じがするんだよねぇ。できたら関わりたくない。あ、でも君はべつ。リベリカのことは大好き!」
「えっと、それは……ありがとうございます」
満面の笑みを真正面から向けられて思わずしどろもどろになってしまった。
なぜか顔が熱くて火照っている気がするので、熱でもあるのかと疑って今しがた水につけていた手を額に当てる。
ひんやりと気持ちいいが病気ではなさそうだ。……少なくとも身体の方は。
浮かれそうになっていた気分を落ち着けるためしっかり頭を冷やすと、リベリカは宣言するつもりで口を開いた。
「私はギルドで戦果をあげてもっと階級を上り詰めます。こんなところで燻ってる場合じゃない」
そうだ、一度や二度の失敗でくよくよしている場合じゃない。
どんな処分になろうとも、今はクビにならないならそれでいい。
冷たい手で堅い拳を握る。
その手を暖かな両手が柔らかく包み込んできた。
「わかった」
優しい声音。
横を見ると、アリーシャが
「アタシも協力する」
その眼に浮かんでいるのは、同情や慈しみではないように見えた。
もっと純粋な、まるで将来の夢を誓いあう少年のようなまっすぐな瞳。
「ありがとうございます」
破天荒な彼女だが、ハンターとしての実力は一級品。
そんな彼女が本当に協力してくれるなら心強い。
……と感銘を受けながら、リベリカはアリーシャの眼がいたずら小僧のそれに変わるのを見逃さなかった。
「あの、一応言っておきますけど、悪目立ちすることは避けてくださいね」
「できるように前向きに善処します!」
「それ絶対やる気ないやつじゃないですか……」
嬉しさ100%だった思いが期待と不安のハーフ&ハーフになっていく複雑な思いを抱えながら、キッチンを後にして食卓へ戻る。
しばらくすると来客の対応を済ませたらしいパーカスが戻ってきた。
やけに楽しそうなアリーシャの顔と、少し疲労感のにじみ出ているリベリカの顔を見比べて、パーカスが困ったようにたずねてくる。
「何の話……をしてたんだ?」
「んっとね、これからふたりで頑張っていこうぜ! って話」
無言で真偽を確認してくるパーカスにリベリカは軽く首肯して答える。
まあ、間違ってはいない。
「そりゃ結構。だがアリーシャ、ギルドではリベリカちゃんの方が先輩だ。先輩の話はちゃんと聞くようにな」
「へーい」
「ああ、それとこれを」
パーカスが同じ見た目の二通の封筒を食卓の上に差し出した。
各々が手に取って差出元を確認すると、そこには”
「ギルドからお呼びがかかったぞ。明日の朝から会議だとよ」
クエストの結果報告と、新人ふたり ――リベリカとアリーシャ―― の処遇が決まる会議が明日に行われる。
想像よりも早い連絡に戸惑いを覚えながら、リベリカはぐっと手紙を握りしめて頷いた。
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