20話 百合の狩人(三分咲き…?)
「パーカスさんとアリーシャさん、おふたりについて聞きたいことがあるんです」
リベリカが切り出すと、ふたりは黙って目で続きを促してきた。
いつか聞こうと思っていたことだし、大した話でもないのだが、こうも構えられてしまうといささか切り出しにくい。
リベリカは口を動かすウォーミングアップを兼ねてコーヒーを一口すする。
「その、おふたりの今までの経歴が気になっていまして」
「アタシたちの経歴?」
「はい。特にアリーシャさんは年齢と狩りの実力が見合っていないというか……」
リベリカは精一杯に言葉を選んだつもりだったが、パーカスがニヤニヤ笑いながら茶化してくる。
「おいアリーシャ、まだまだ実力不足だって言われてるぞ」
「がーんショッック!」
「逆です逆! アリーシャさんの実力が化け物すぎるんです!」
「ば、化け物……」
それはそれで傷つくんだけどぉ、と嘘泣きしてみせるアリーシャをパーカスが軽快に笑い飛ばす。
実力を褒められて
これまで似たような質問を繰り返し受けて来たのか、鉄板のリアクションを繰り出すような余裕な態度だ。
「アリーシャさんは今まで
「うん、そうだよ」
「するとパーカスさんはアリーシャさんの……」
続けようとした言葉をそこで飲み込む。
ふたりの関係が気になって思わず聞きかけたが、これはいくらなんでもセンシティブすぎる質問だ。
ふたりはまるで似ていない。
年の差や性別の違い以前に、根本的に血がつながっていない気がするのだ。
例えば髪質。アリーシャは思わず見とれてしまう
アリーシャの肌は雪のような透明感のある白色だが、パーカスはどちらかというと黒褐色。
親戚だと言われても疑いたくなるほど似ても似つかないふたりなのだ。
リベリカが質問を撤回すべく口を開こうとしたが、それより先にアリーシャが口を開いた。
「おっちゃんはアタシの師匠だよ」
「師匠……」
答えがある意味で予想通りだったのでリベリカは心の中で胸を撫で下ろした。
ふたりが血縁関係なのか核心には触れられていないが、真っ先に”家族”という答えが返ってこなかったということは、おそらくそうではないということ。
これ以上は詮索するべきじゃないと判断して、リベリカは少し話題を逸らしにかかる。
「ということはパーカスさんも
「元、だがな。とうの昔に引退した隠居の身だ」
「そそ。だからおっちゃんはクエスト受注の窓口役とマネージャー役って感じ。あとお金の管理と、着るものと食べ物と住む場所を揃えるのもおっちゃんの担当ね」
「えっと……じゃあ、アリーシャさんは」
「そりゃモンスター討伐よ! 狩ってお金を稼ぐのが私の担当!」
屈託のない笑顔でVサインをつくるアリーシャ。
その笑顔のあまりの純粋さにリベリカは得も言われぬ衝撃を受けた。
彼女は自分と同年代にして生計を立てるための金銭を自分の身ひとつで稼いできたのだ。
だのに、その肩にかかっている責任の重さをこれっぽっちも感じていないように無邪気に笑っている。
「アリーシャさんは凄いです」
「え、アタシ?」
アリーシャに反応されて、心の声を漏らしていたことに気が付いた。
リベリカは慌てて思いついた言葉をつなぐ。
「えと、あんなに易々と楽しそうにモンスターを狩るのが凄いなと。パーカスさんの指導の賜物ですか」
「そういう指導をしたつもりはなかったんだがな。それに関してはアリーシャの趣味嗜好がおかしいだけだ」
「ちょっとおっさん! アタシのプレイに文句あるっての⁉」
握っていたフォークを差し向けるアリーシャの手をペシンと叩いてパーカスが言う。
「そもそも狩猟を”
「だって賢狼獣も昨日ので10体目だよお? 工夫したり新しい必殺技を考えたりしないと毎回同じ戦い方してると飽きるじゃーん」
「ま、まってください‼」
耳を疑う一言だった。リベリカの手から零れ落ちたフォークが食器を打ち鳴らす。
リベリカはフォークを食卓に置き直しながら息を落ち着け、改めて問いかけた。
「いま、なんて……?」
「同じ戦い方してると飽きる」
「その前!」
首を傾げるアリーシャ。
仕方なく、リベリカは俄かに信じがたい記憶の中の言葉を引っ張り出して口にする。
「賢狼獣の討伐が10体目って言いましたよね? あんな希少で危険なモンスターともう何度も戦ってるんですか⁉」
「そうだよ。……いや待って、もしかしてまだ9体だったかも。おっちゃん分かる?」
「10体目だ。自分の討伐回数くらいちゃんと覚えておけ」
何気なく交わされるふたりの会話が異次元すぎて、リベリカは今この瞬間が夢の中なのではないかと自分の頭を疑いたくなってきた。
リベリカが知っている限り、普通のハンターならば
それがもはや討伐した回数すら覚えきれていないこの様子。
おそらくアリーシャの異様な討伐歴は、
益々アリーシャという見た目10代の少女が何者なのか分からなくなる。
確かに無所属ハンターが活動するような辺境の土地では、ギルドの管轄が及んでいない分、強大なモンスターと遭遇する確率は高いと聞く。
だとしても、齢17歳にしてすでに賢狼獣と10回も戦っているという戦歴は、明らかに異常だ。
「アリーシャさんは何者なんですか。なぜ狩人を……」
気づけばそんな問いがリベリカの口からこぼれていた。
アリーシャは自分と1歳しか変わらない女の子。
自分のことを棚に上げて言えば、本来、狩人業は10代の少女が就くような仕事ではないのだ。
ハンターをやっている人間は大きく3種類に分かれる。
1つ目は、辺境の村の住人が自衛のために狩人をやっているパターン。
2つ目は、都や郊外の街の庶民で手に職がない者が、ハンターギルドに所属するパターン。
3つ目は、王立騎士団に所属する貴族の子息などが、一時出向先としてハンターギルドに天下ってくるパターンだ。
ギルドマスターの多くはこの例にあたり、一定の成果をあげて騎士団へ出戻ると、ゆくゆくは幹部に昇進することになる。
しかし、アリーシャはこの全てに当てはまっていない。
辺境の村を自衛するハンターとしては経験と実力が過剰すぎる。
もし2つ目のパターンだったとして、過去に他のギルドから追放されて無所属ハンターになっていたのだとしたら、今こうして別のギルドに所属できていることがおかしい。
ギルド間のネットワークは強固なので、悪い噂などすぐに広まってしまうからだ。
「なんでって言われてもなぁ」
既に冷め切っているはずのコーヒーをたっぷり時間をかけてちびちびと
「それしかやることがないから、としか言いようないんだよねぇ」
「それしかない?」
その答えでは意味を捉えかねてリベリカが復唱する。
ちょうどその時だった。
玄関の方でチリンと呼び鈴が鳴ってパーカスが立ち上がる。
「ちょっと出てくる。ゆっくりな」
パーカスが玄関の外に出たのを確認すると、アリーシャも立ち上がりキッチンの方へと姿を消した。
戻ってきた彼女の手にあるのはミルクが入っている小瓶。
アリーシャはカップにミルクをドボドボと入れてフォークでくるくるとかき混ぜる。
あっという間に黒かったコーヒーが乳白色に濁っていくのを見ていると、聞いてもいないのにアリーシャは弁明するように話しはじめた。
「おっちゃんの前でミルク入れるとめっちゃ怒るんだよねぇ。あ、リベリカも要る?」
「私はそのままで大丈夫です」
「おー、リベリカ大人じゃん」
アリーシャはすっかりクリーム色になったコーヒーを気持ちよくゴクゴク喉に流し込み、手の甲で口を拭ってから続ける。
「逆にさ、リベリカちゃんはどうしてハンターやってるの?」
「わたしですか?」
「女の子だし、めっちゃ綺麗で上品だし。ぶっちゃけハンターなんかしなくても困らなさそうなのになーって思うけど」
「それは……」
「あ、えっとなんかごめん。バカにしてるんじゃなくて!」
別に不快ではなかったのだが、返答に困ったのを悪いように受け取ったらしく、アリーシャは手をワタワタと振り回して言葉を付け加える。
「アタシ、同年代の女の子と会うの初めてで! だから……そのごめん、街の普通の女の子がどんな生活してるものなのか全然知らなくて」
遠慮がちに伏せられた目。所在なさげに弄ぶ手。
ついさっきまで高い高い雲の上にいると思っていた彼女が、まるで友達づくりに慣れていない普通の女の子に見えてしまう。
その様子に親近感……というよりも更に身近な感覚、共感とも言える気持ちを覚えながら、リベリカはクスっと笑って口を開いた。
「そういう意味だと、私もあまり参考にはならないと思います」
「へ? どういうこと?」
目を丸くするアリーシャに向かって、リベリカはどこか寂しい笑みを浮かべて言った。
「私、この街の普通の
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