11話 マイハウス

「おっじゃましまーす……ってひろっ! でもボロッ⁉」


 リベリカと別れたあと、パーカスに連れられて「今日から住む場所」なる建物の玄関をくぐったアリーシャは、目をまん丸にしてそう叫んだ。


 ギルドの会議室かと思うくらい広い部屋。

 ただし、目立った家具は大きなカウンターと円卓と椅子、あとは使い古された暖炉だけ。 

 家というより宿の受付という方がしっくりくる。

 

 一応、キッチン部屋も奥にあるようだが、このフロアは総じて人が寝泊まりする場所というより談話や休憩のために作られた空間という印象だ。


「えっと……ここに住むの?」

「正確にはこの2階の部屋にな」

「2階ッ⁉」


 これまでも村を転々とする度にゲストハウスを借りて住んできたが、だいたいはボロイ大部屋ばかりだった。

 それが今回は夢にまで見た2階建ての家!

 全体的に古めかしい雰囲気だがそれも住めば都というものだ。


「今回はこの建物をまるまる借りてるから、2階の好きな部屋を使っていいぞ」

「マジ⁉ おっちゃんどうした⁉ いつもお金ケチケチしてるくせになんで今回はこんな凄い建物借りれたの?」

「まあちょっとした昔のツテでな」

「ふーん?」


 パーカスが何か誤魔化したことは分かり切っているが、アリーシャはそれを追求せずに流すことにした。

 豪邸……ではなくとも、こんな物件を借りるにはそれなりの頭金が必要だったはずだが、それを訊ねるのは野暮というものだ。


 お金の工面については昔からパーカスに任せきりにしている。

 アリーシャはハンターとして狩りの依頼を受けてふたりの生活費を稼ぎ、パーカスはお金のやりくりと生活基盤の確保、狩りの依頼の斡旋を担う。

 それが今やすっかり定着したふたりの生活スタイルなのだ。


「そんじゃ自分の部屋きめてくる!」

「ああ、でも2階の部屋はまだ掃除してないから自分で掃除しろ? その間に夕食の準備をしておくから掃除が終わったら戻ってこい」

「あいさいさー!」


 アリーシャは返事も早々に階段を駆け上がり、自分の城とする部屋を見定めることにした。



「おっちゃん……ここマジで天国だわ。部屋にちゃんとベッドあったんだけど!」


 夕食の席に着いたアリーシャは、メインディッシュの野菜煮込みを食べるより先に押さえきれない興奮を口にした。

 料理支度を終えて向かいの席に着いたパーカスが顔をほころばせる。


「そんなにここが気に入ったか」

「うん!」

「だったらギルドでしっかり金を稼いで来い。でないとすぐここから出ることになるからな」

「うげ、そうだった……。あのギルドで働かないといけないんだったぁ……」


 昼間の出来事を思い出してアリーシャは苦い顔を浮かべる。

 今までアリーシャが巡ってきた辺境の土地はギルドの管轄外か、もしくは管轄ギルドの影響力が弱いためにハンター個人が依頼者から直接依頼を受けることが専らだった。


 しかし、この街ではそうはいかない。

 というのもギルドの権力が絶大で、ここを拠点に活動するハンターはギルドを通してしか狩りの依頼を受けられないのだ。

 そういう話は事前にパーカスから聞いていたのだが。

 この街のハンターたちは、ギルドに所属……というよりしていると言った方が実態に近い。


「どうしたアリーシャ。今日はギルドにちゃんと行ってきたんだろうな?」

「行ってきたよ。行ってきて……滅茶苦茶つかれた」

「そりゃご苦労さん。まあお前のことだからそうなるとは予想できてたけどな」

「おっちゃん⁉ 知ってたなら先に言ってよぉ! あんな軍隊みたいなとこチョー苦手なんですけどぉ」

「だってお前、先に言ってたら絶対にバックレてただろう」

「ぐ、それは……」


 アリーシャはパンをちぎって口に放り込み、もきゅもきゅと噛んでスープを含んで勢いよく飲み込む。


「ていうかなに⁉ みんな『ギルドマスター万歳!』みたいにご機嫌とってて気持ち悪かったんだけど!」

「アリーシャ、まさかとは思うがそういうことギルドの中で言ってないだろうな? ギルドマスターを怒らせてないだろうな?」

「え? うーん、たぶん? まぁ会議で気になること色々言ってたら、次のクエストは見学してろって言われちゃったけど」

「お前まさか……初日から何かやらかしたのか」


 パーカスは具をすくっていたスプーンを皿に戻して息をつく。

 あーこれはお説教タイムだなぁと察知してアリーシャも潔く食事を中断した。


「いいかアリーシャ。こういうギルドではギルドマスターの権力が絶大だ。ギルドが依頼を一括して引き受けて管理する代わりに、どのクエストを誰に任せるかはギルドマスターが会議カンファレンスで決めている」

「だからみんな『御意!』とか言ってギルドマスターに大袈裟なアピールしてたのか」

「そういうことだ。当然、ギルド内で高く評価されているハンターほどたくさん依頼を受けられるし、その分たくさん金を稼ぐことができることになるからな」


 アリーシャは昼に見た異様な光景の理由に納得しつつ、呆れる気持ちを隠しもせずに口に出す。


「でも上下関係とか組織内政治とかアタシには無理だなー」

「だろうな。だからお前にそんな期待はしとらん」

「そう言われるとなんか複雑な気分……」

「いいか、最低限ギルドマスターの機嫌を損ねないようにだけ注意しろ。どうせ上に媚びへつらうなんて無理なんだから、お前は実力を見せつけてアピールするしかない」

「ま、最初からそのつもりだったけどねえ」


 アリーシャは残ったパンに具が無くなったスープを吸わせてパクッと食べる。

 スープを吸って柔らかくなったパンを噛みしめると、麦の香りと野菜のうまみがじわっと口の中に広がった。


 そうして夕食をぺろりと平らげ、食器の片づけを始めたアリーシャにパーカスが声を掛けた。


「そういえばアリーシャ。さっき会議で気になることがあったとか言ってたな。次のクエストについてのことか?」

「うん。賢浪獣クルークウルフの捕獲依頼だけど、なんかギルドマスター御用達の戦術とかいって、布陣の仕方も使おうとしてる罠も全部古くさいんだよ」

「この辺りではクルークウルフみたいな大型モンスターが出るのは珍しいから、戦術が古いままっていうのは分からんでもないが。それはちとまずいな」

「マズいよねぇ。でもアタシ、見学しとけってさ」

「大人しくずっと見学してるのか?」

「まさか」


 食べ終えた食器をキッチンに運び終えたアリーシャは、自室に戻るべく階段に足をかける。

 その背中にパーカスが一言、


「ほどほどにな、上手く立ち回りなさい」

「りょーかい、師匠」


 アリーシャは最後におやすみを言い添えてから階段をタタンっと登って自室に戻った。

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