10話 行きはよいよい帰りは怖い

 狩猟会議ハンティングカンファレンスを終えてギルドの外に出ると、太陽は街の向こうに沈みかけていた。

 リベリカはすっかり冷え込んだ空気を肺にため、うんざりとした気分と一緒くたに白い息を吐く。


「どうしたのリベリカ、なんか顔色悪くない?」

「どうしたも何も全部アリーシャさんのせいですよ……」


 げんなりと呟くリベリカに、アリーシャは呑気な声で応える。


「アタシのせいって……あー、お昼ごはんの食べ過ぎ? ごめんやっぱり頼みすぎだったかぁ」

「ち・が・い・ま・す!!」

「えーじゃあなんだよー」

「本当に自覚ないんですね……」


 アリーシャがからかっている様子はない。

 会議であんなことがあったのに何も気にしていないなんてどんな神経をしてるんだ――とリベリカは怒りを通り越して呆れてしまう。


 入って初日の新人が上下関係が厳しいギルドのトップ1、2に口答えするなんて前代未聞。

 今日の1件でアリーシャは絶対に目をつけられたし、リベリカもその巻き添えをくらったことは間違いない。


 アリーシャに聞きたいことは山ほどあるが、ギルドの入り口に立ち止まっているわけにもいかない。


 リベリカが何となく灯りがつき始めたメインストリートの方に歩き出すと、アリーシャも隣に並ぶようについて歩き出した。


「さっきなんであんなこと言ったんですか」

「あんなこと?」

「ラモン隊長の作戦が失敗するって言ったでしょう」


 リベリカがため息交じりに言うと、アリーシャは「あーそのことね」と呑気に手の平を叩いて続ける。


「だって本当にそうだもん。あの作戦、古くさすぎ」

「作戦が古い? 伝統的って意味ではそうかもしれませんけど、あれはギルドマスターが提唱した由緒ある戦術ですよ。言うなればうちのギルドの十八番おはこってことです!」


 リベリカが誇らしげに言うと、アリーシャはじとーっとした目を向けてくる。


「なんでリベリカが自慢げなの……。ていうことはなに? 貴族様から直々に依頼されたから自分で考えた戦術を披露するぞーってやる気になってるってこと?」

「すごい酷い言い様ですけど、まあそういうことです」

「はあ、ギルドってやっぱり変なところだわぁ」


 呑気に頭の後ろで腕を組んで歩くアリーシャ。

 その様子を見て、リベリカは自分と彼女とで大前提が違っていることを思い出した。

 そういえば、アリーシャは辺境で活動してきた流れのハンターなのだ。


「アリーシャさん、今まで狩りの知識とか技術とかってどうやって身に着けてきたんですか? 独学ですか?」

「独学、というか師匠に教わってきたけど。……急になんでそんなこと?」

「やっぱりそっか、そうですよね」


 キョトンとしているアリーシャを見てリベリカは一考する。

 次のクエストでアリーシャの監視役となった以上、今日のように彼女に好き勝手なことをされると困る。


 奇想天外な行動を控えてもらうためにも、まずはギルドのハンターとしてやっていくための最低限のルールや慣習を知ってもらうべき。

 リベリカはそう結論づけると口を開いた。


「アリーシャさん、お勉強しましょう」

「べ、勉強……?」

「はい。アリーシャさんもこれからはギルド所属のハンターになるんですから、を知っておいて損はないでしょう?」

「えーめんどくさー。そんなの知らなくても狩りできるでしょーに」

「郷に入っては郷に従えです。今だってギルドのやり方で気になってることあるんじゃないですか? 聞いてくれたら答えますよ」


 リベリカができるだけ刺激しないように提案すると、苦虫を噛み潰したような顔をしながら歩いていたアリーシャは「うーんと、それじゃあ」と呟いて、道の突き当りで立ち止まった。


 アリーシャがくるりと向き直って元気よく手を上げる。


「質問です!」

「なんでしょう?」

「ココドコ?」

「は?」


 言われてみれば今いるのは街の中心部からずいぶん離れた場所。

 しかもアリーシャとの会話を優先して歩いていたせいで、リベリカが住んでいるギルドの宿舎とはまったく別方向に来てしまっている。


「こっちがアリーシャさんの帰る道だと思って一緒に歩いてたんですけど⁉」

「アタシはなんとなくリベリカについて来たつもりだったんだけど……」

「なんで!?」

「いやぁ、道を聞こうと思ってたんだけど話すタイミング完全に逃してたんだよねえ」


 テヘペロとお茶目して見せるアリーシャに、リベリカはかっくり肩を落としてため息をつく。

 ここであーだこーだ言っても意味が無い。

 まだいろいろと話したりないが、日がすっかり落ちているので続きはクエスト当日にするしかないだろうとリベリカは諦めをつけた。


「じゃあ道教えますから。アリーシャさんはどこに泊まってるんですか?」

「なんだっけ……名前忘れた」

「地図とかメモとか持ってないんですか」

「あ、たしかメモならポケットに」


 アリーシャはワンピースのポケットに手を突っ込み、しばらくガサゴソとまさぐる。


「やっべー。住所とか書いてるメモなくしたっぽい」


 あははと呑気に笑うアリーシャ。

 その常識を疑う少女の言動を見てくらくらする頭を手で押さえていると、アリーシャが「いいこと思い付いた!」と口を開いた。


「今夜、リベリカの家に泊めてもらえばいいんだ!」

「ダメです。ギルドの寮なので部外者は入れません」

「今日から私もギルドの一員だよー?」

「……でも嫌です」

「ガーンなんでッ!?」

「アリーシャさん絶対に夜騒ぐタイプでしょ。安眠を妨害されたくないです」

「えぇぇ、いい子にするからー! おねがーいお泊まり会しよーよぉ」

「お泊まり会って言ってる時点で騒ぐ気まんまんじゃないですか……」


 ガシッと腰にしがみついてスリスリしてくるアリーシャを引き剥がしながらリベリカは頭を悩ませる。

 嫌だと断ったものの、今の季節の夜はかなり冷え込む。

 もしアリーシャが本当に宿に戻れず野宿するなんてことになったら風邪を引くどころじゃ済まないし、若い女性がひとりで夜の街をぶらつくなんて襲われたいと言っているようなものだ。


 リベリカが本能と理性を天秤にかけていると、ふと街灯に照らされた地面に大きな人影が写りこんだ。

 まさか不審者!? と反射的に一歩前に距離を取って振り返る。


「おっと驚かせてすまんな」


 後ろに立っていたのは、黒いスーツを着た熊のように大柄の男だった。

 重厚な胸でシャツははち切れそうなほどパツパツ、腕も脚も丸太のようにガッシリ。

 顔こそしわがあってそれなりの高齢のように見えるが、現役のハンターさながらに鍛えられた筋肉のおかげが立ち姿はしゃんとしている。


 この男性……どこかで見覚えがある? とリベリカが記憶を探っていると、急にアリーシャが男の前に飛び出した。


「おっちゃんっ! なんでここに?」

「なんでってお前がなかなか帰ってこないから探しに来てやったんだろうが!」

「おーサンキュー、助かった!」


 ふたりが並んでいる姿を見てリベリカは昨日の出来事を思い出した。

 クルークウルフと戦ったあと、アリーシャを連れ帰りに来たのがこの男性だ。

 一見すると保護者のようだが、親子には歳が離れすぎているし顔も似ていないから家族とも思えない。


「あの……アリーシャさん、こちらの方は?」


 アリーシャはスーツの男の腕に手を置いてニカっと笑う。


「アタシの連れ!!」

「はじめましてお嬢さん、こいつの保護者をやっているパーカス・ブルボンです。どうぞよろしく」

「あ、はい! はじめまして! ギルド所属のリベリカ・モンロヴィアと申します!」


 予想に反して紳士的な挨拶に驚いたリベリカは、とっさにスカート両手でつまみ上げてお辞儀した。 

 その仕草を見たふたりが「おー」と感心したような声を漏らす。


「すげーなんかお上品だね。もしかして本当はお嬢様だったり?」

「アリーシャ、人の詮索はよしなさい。それよりもお前はリベリカさんを見習って少しくらい慎ましやかさを身に付けろ」

「アタシにお上品さとか似合うわけないじゃーん」


 ヘラヘラするアリーシャをパーカスがペシッと叩く。

 そして「どうもすみません」と一礼するとリベリカに提案を持ちかけてきた。


「今日はこいつが色々とご迷惑をおかけしたでしょう。お詫びといってはなんだが、よければ夕飯をご一緒しませんか」

「いえっ、私は宿舎で夕飯を用意してもらってますので! 遠慮させていただきます!」


 いつもナンパを跳ねのけている時の癖で反射的に断ってしまってからリベリカは後悔した。

 正直なところ、このふたりのことは気になって仕方がない。

 アリーシャの経歴も気になるし、ふたりがどういう関係なのかも知りたい。



 アリーシャは納得のいかなそうな表情で首を傾げるが、パーカスにまた睨まれていることに気づくと、けふんけふんとわざとらしく咳をする。

 パーカスが腕時計を指さしているのは、さっさと帰るぞというジェスチャーのようだ。


 「それじゃあ今日はこのへんで」とパーカスが先に歩き出し、アリーシャも続くがすぐに立ち止まってくるりと振り返った。


「そうだリベリカ! 明日もし暇なら一緒に散歩しない?」

「散歩ですか? すみません、私はクエストに向けて道具の準備とか資料の読み込みをするのでちょっと」

「そっか残念。じゃあ次に会うのは明後日だね」

「はい、また明後日に」

「そんじゃまたねー」


 アリーシャはヒラヒラと手を降ると、今度こそパーカスと並んで街の路地裏へと歩いていった。


 ふたりの姿が見えなくなると、まるで嵐が過ぎ去ったような静寂が訪れる。

 いくら王都に近い主要な街といっても、陽がすっかり暮れた時間に中心部から遠く離れた辺ぴなエリアをほっつき歩く人なんてそういない。


「明後日……、心配すぎる」


 リベリカは今日一番の重いため息をつき、宿舎への長い帰路をひとり引き返し歩き始めた。

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