16話 ユリの狩人(0%)

「クルークウルフを探せッッ!!」


「本当にこの方角であってたのか!?」


「お前もあいつがこっちに逃げていくの見ただろ!」



 林間を全力で走抜けるリベリカの耳に飛び込んできたのは、混乱に陥った群衆の叫び声だった。


 たどり着いた場所は森の天井がぽっかり空いた広い空間。

 ほとんど手つかずの森の中で、ここ一帯だけ樹木が綺麗さっぱり吹き飛んだように禿げていて、地面には巨人のスコップで抉られたようなクレーターが出来ている。


 この地形は人為的に形成されたもの――前回クエストでハンター達がクルークウルフを巣穴から誘い出すために爆弾を使用した跡だとすぐに思い至った。


 右往左往しているハンター達を見ればおおむねの状況は察しがつく。

 けれど迂闊な推測に頼るのはよくない。

 リベリカは正確な状況把握のため、一番手近にいたハンターの背中に声をかける。


「あの、状況を教えてください!」

「あぁ!?」


 振り向いた男は相手がリベリカだと認めると眉間のシワを一層深く刻んで舌打ちした。

 しかしリベリカは臆することなく、むしろより強く前に出る。


「クルークウルフは! また逃げられたんですか⁉」

じゃねえよ、見りゃ分かんだろ!」

「分からないから聞いてるんです」

「完全に見失ってんだよ! 誰もやつの姿を見てねえんだッ!」

「見失った……⁉」


 吐き捨てられた言葉に脳天を貫かれるような感覚に襲われる。

 男は早々にその場を立ち去るが、リベリカはその場で立ちすくんだまま。


 どういうこと? なぜクルークウルフが住処ここにいない?


 リベリカは更地さらちと化している辺り一帯を呆然と目に映しながら思考を巡らせる。


 確かにクルークウルフがこちらの方角に逃げて行くのをこの目で見たのだ。

 この一帯は事前調査でクルークウルフの住処だと判明していて、傷を負ったモンスターが巣に逃げ帰るというのはハンターなら誰でも知っている常識。

 クルークウルフもその例に漏れない定石通りの行動をとった……ように見えたのだ。


 だからサン・ラモンはクルークウルフが間違いなく住処に戻ったと判断し、予備人員を含めた総員をこの場所に向かわせたはずなのだ。

 なのに、クルークウルフの姿はここにない。

 だったらどこに?



「ラモン隊長! こちらに獣道を発見しました!」


「隊長ッ、こちらにも樹が倒された跡があります!」



 ほぼ同時に、周囲を捜索していたらしいハンターからの報告が飛び交った。

 一方は森の最奥に続くと思われる道、もう一方はそれとは真逆の方角へ向いている道だ。


 隊を二分割して双方に向かわせるのか、それともどちらかの道に目星をつけて総員を向かわせるのか、はたまた標的がこの場所に戻ってくると予想して待機するのか。


 全ハンターの注目を一身に受けるサン・ラモンは、熟考の末、ついに口を開いた。


「待機、この場で待機だ」


 どよめき始めるハンター達。

 それに喝を入れるようにサン・ラモンが声を張り上げる。


「我々の目的はモンスターの捕獲だ! この森にいる限りまた巡り合うチャンスはある。それよりも、後方部隊のいる場所に続くこの道を無防備にしないことの方が重要だろう。今は次の対敵に備えて一時休憩!」


 その言説が腑に落ちたらしく、ハンター達が次々に武器を納めてその場に腰を下ろしていった。

 けれどリベリカは何か強い違和感を覚えて、素直にその指示に従えない。


 隊長の指示は”待機”。

 けれどそれは現状を打開する策じゃない。むしろ問題の先延ばしだと言える。


 そもそもクルークウルフはどこへ消えた?

 傷を負ったモンスターがなぜここにいない?



 「……もしかしてここ、今はもう?」



 無意識に呟くと同時、リベリカの頭の中でまるで形も大きさもバラバラだった情報の欠片カケラがパズルのように急速に組みあがっていく。

 その最後のピース。

 もしそれが正しく最後のピースであったなら……最悪の状況だ。


 リベリカは携帯していた森の地図を腰袋から取り出して、今いる地点のを確認する。

 クルークウルフの住処だったこの場所。

 先日の大爆発で更地さらちになる前は……一際ひときわ大きな樹木と盛り上がった地層によって挟まれた閉鎖的な地形だ。


 この爆発によってクルークウルフが住処を放棄したのだとしたら?

 無くした住処の代わりとなる場所を既に見つけているとしたら?


 恐らく、以前の住処と似ている地形を選んで既に新たな住処としている可能性が高い。


 かつてのこの場所に最も似ている他のエリアは……、


「やっぱりエリア1! 森の出口の方ッ!!」


 最悪の事態を確信すると同時、向かうべき方角を確認するとそこにはハンターの報告にあった通り、樹がなぎ倒されて出来た獣道がある。 


 ギルド部隊が本陣を張っていた集落跡は、周囲が小高い山で囲われていて、大型モンスターの巨体では直接エリア1への移動はできない。

 だからクルークウルフは、ひらけたこの場所を経由して新たな住処のある森の出入口エリアへ向かったわけだ。


 そして、そこは依頼主パカマラ見学者アリーシャが避難のために向かった場所でもある。


「早く助けに行かないとッ!!」


 ――森の出口そっちはやめといたほうがいいと思うけど。


 ―― 行ってやること無かったらアタシのところにおいでね?


 今になって彼女の発言の意味が分かる。

 もちろん信じられないし、信じるのも馬鹿らしい。

 けれど、


「最初からこれを予想してたってあり得ないでしょッ……!」


 あの発言が言葉通りの意味ならば、アリーシャだけはクルークウルフがエリア1そこに移動することを完全に読み切っていたということだ。



「ラモン隊長!」


 リベリカは地図を握りしめてサン・ラモンに直談版すべく走り寄る。


「今すぐエリア1に向かってください!」

「突然なんだ、今は待機だと言っただろ!」


 怒号とも取れる言葉の圧力に身がすくむ。

 できることなら、こんな上司の許可など取らずに自分ひとりだけでも今すぐ救援に向かいたい。

 けれど今の自分には単独であのモンスターをどうにかできる力はない。

 今はまだ組織の力に頼るしかないのだ。


「きっとクルークウルフはエリア1に向かってるはずです! 早く救援に行かないと!」

「なにをいきなり――」


 リベリカの瞳を見たサン・ラモンが一度吐きかけた言葉を飲み込んだ。

 そして彼女の持っている地形図を一瞥してから視線を戻す。


「何かあったのか」

「隊長達が出発したあと依頼主がそこに避難したんです。護衛にアリーシャ……見学の新人ハンターが付いていきましたが彼女ひとりでは」

「状況は分かった。お前の推測も理解した」 


 サン・ラモンは逡巡し、再びはっきりとした口調で答える。


「だが、やはりこの場所を手放すことはできない。エリア1に向かうとしても部隊を再編成してからだ」


 やはり、おそらくこう来るだろうと予想していた通りの返答だった。

 ひとまずエリア1に人員が割かれることはいい。

 けれど部隊の編成を待ってからでは何もかも遅すぎる。

 リベリカは己の覚悟を示すつもりでもう一度口を開いた。


「分かりました。では先に私だけ行かせてください」

「……分かった。好きにしろ」

「はい」


 許可、というより黙認に近いが言質を得た。

 リベリカは一礼して身を翻し、周囲のハンターには目もくれずに走り出す。


 向かうはアリーシャが言っていた森の入口エリア。

 恐らく彼女は既にクルークウルフと対敵しているはず。

 今の彼女は孤立無援の上に、依頼主の貴族を守るという重すぎるハンデを負っている。

 そんな状況で前回のようなが通用するとは考えられない。


 もちろん自分ひとりが加勢したところで局面を大きく変えられるとは思ってない。

 けれど、誰よりも早く駆けつけて少しでも彼女たちの生存確率をあげること、それが今の自分にできる最善だ。


 そう胸に叩きつけてリベリカは風の如く疾走した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る