15話 モンスターの脅威(2/2)
「それでは! これより麻酔玉による
罠に掛かったクルークウルフの前に立ち、ギルドマスターが高らかに宣言すると、周囲のハンター達が拍手を贈り、ギルドマスターは上機嫌で会釈を返す。
「いくぞっ!」
ギルドマスターが麻酔玉を握って大きく振りかぶり、麻酔玉を
麻酔玉はクルークウルフの鼻面に直撃してパチンとはじけ、中に詰まっていた麻酔薬が気化して霧散する。
しかし、クルークウルフは少し嫌がる素振りを見せるだけ。
ギラついた眼でギルドマスターを睨みつづけている。
「いくぞ、もう一発!」
ギルドマスターが再び鼻面を狙って投擲。
だが今度はクルークウルフが身をよじった拍子に狙いが逸れ、
当然、麻酔が効いている様子は全くない。
「おい! 早く予備の麻酔玉を持ってこい!」
2投目で手持ちの麻酔玉を切らしたらしく、ギルドマスターは後ろに控えていた召し使いをすぐそばまで呼びつける。
――ウオォォォォォォオオオオオオンッッ!!!
しかし、ギルドマスターの声もろとも、空気ごとビリビリと軋ませるような音圧の咆哮に掻き消されてしまう。
付近のハンターは言うまでもなく、離れた場所にいるリベリカまで身体が震え上がるような感覚に襲われる。
クルークウルフの瞳が燃え上がるような憤怒の色に染まる。
拘束具が噛みついた脚を強引に踏み出すと、その強大な力に耐えきれず金属製の拘束具はまるで飴細工のように粉々に砕け散った。
右も左も前も後ろも、四肢を捕らえていたそれぞれの拘束罠をあっさりと破壊して、クルークウルフが仁王立ちしているギルドマスターを頭上から見下ろす。
「かかってこいオオカミィッ! この私が相手だっ!」
ギルドマスターがマントの下に装備していた片手剣を引き抜いて、その剣先をクルークウルフに突きつけた。
ギルドマスターは、かつてその剣一本で飛竜を討伐したと言われる伝説のハンター。
生ける伝説の勇姿を目にしようと全てのハンター達が視線を集中させる。
しかし、両者の力関係は、もはや火を見るよりも明らかだった。
ギルドマスターが脚を切りつけようと走り出したが、クルークウルフは大きな四肢で老人の身体を事も無げに飛び越えた。
飛び出した勢いは見る間に加速し、そのまま前に向かって突進を始める。
その狙いはギルドマスターの後方。
観覧席でふんぞり返っていた派手な衣装の貴族、パカマラだ。
クルークウルフはあっという間に標的との距離を詰め、その前脚でパカマラを八つ裂きにする――
「パカマラ様ァァッ!!」
その直前、巨大な盾を構えたサン・ラモンが両者の間に割って入り、鋭い爪に削られた鋼の板が真っ赤な火花をバチバチと散らす。
しかし、たったひとりの体重で人間の背を優に越える巨大なモンスターの攻撃を押し返せるわけがなかった。
クルークウルフは盾ごとサン・ラモンを押し潰そうと前脚に体重をかけていく。
「獣避けをっありったけ投げろッ!!!」
サン・ラモンが絞り出した叫びを合図に、四方八方のハンター達が獣避け――強烈な匂いを発する泥団子のような球――を投げつけた。
無数の獣避けをもろに喰らったクルークウルフが恨めしそうな短い叫び声をあげる。
そこに隙を見いだしたサン・ラモンが槍を一突きすると、クルークウルフは身体をひらりと反転させて颯爽と森の中へと走っていった。
「間一髪、だったか……」
文字通りモンスターという嵐が戦場から姿を消し、集落跡に静けさが戻る。
サン・ラモンは乱れた息を整えるのもそこそこに、何とか守り抜いたパカマラに声をかけた。
「パカマラ様、お怪我は」
「――無礼者ッ!!」
パカマラは差し出されたサン・ラモンの手をバチンと払い除け、頭に血が登ったような真っ赤な顔で怒鳴り声をあげる。
「この私を危険に晒すとは何事だ!」
「も、申し訳ございません」
「くだらん謝罪などいらん! さっさとあの獣を捕まえてこい!」
「御意にッッ!!」
サン・ラモンは恐縮してパカマラの前から下がり、離れて待機していたハンター達を招集する。
その間に、腰を抜かして身動きの取れないギルドマスターは、召使いの女性たちに抱えられて後方の救護テントまで搬送されていった。
「いいか皆! これより総員でクルークウルフを追いかけるぞ!」
サン・ラモンの指揮は見事というほど手際がよかった。
指示を受けたハンター達は手短に武器と防具を整備し、準備のできた者からクルークウルフが姿を消した方角に向かって走っていく。
リベリカが自分の身の振り方が分からず様子を見守っていると、サン・ラモンが遠くから呼びかけてきた。
「リベリカーッ! お前も来るんだッ!!」
「はいっ、今いきますッ!!」
リベリカは飛び上がりたくなるほど高揚する気分を込めてガッツポーズを作る。
いざというときのために、武器も防具も万全の状態で待機していたのだ。
第一線のハンター達に遅れを取るまいとリベリカは走り出した。
しかし、ふともう一人のハンターがついてきていないことに気がついて後ろを振り返る。
「アリーシャさん! あなたも来てください!」
リベリカが呼びかけるが、アリーシャはなぜか明後日の方向を見つめたまま棒立ちしていた。
1秒たりとも時間を無駄にしたくないリベリカは苛立ちを隠さず口を開く。
「なんで来ないんですか! 見学だからやる気無くしたんですか!!」
「そーじゃないって!」
「じゃあなんなんですか!」
「あのお貴族様は放っておいていいわけ?」
アリーシャはタタッと駆けてパカマラの元に近寄る。
しかし、パカマラは近くに来たアリーシャにチラリと目を向けただけで、フンッと鼻を鳴らしてだんまりを決め込んだ。
代わりに近くに立っていた黒尽くめの従者の男が応対する。
「どうしましたか」
「いや、あんた達はどうすんのかなーって。他のハンターみんな行っちゃったし」
アリーシャが言う通り、この場に残っているのはリベリカ達を除けば非戦闘員だけだった。
救護班や支援班が待機するテントはあるものの、万が一大型のモンスターが現れたときに自衛できる戦力は残っていない。
アリーシャの意図を察した従者の男は、パカマラに向き直って耳打ちするように声をかけた。
「パカマラ様、あのモンスターがいる限りここも安全ではないと思われます。御身の安全のため、私と共に避難いただきたく」
「……わかった。案内しなさい」
「かしこまりました」
従者の男はパカマラが椅子から立ち上がるのを手伝うと、改めてアリーシャに声をかける。
「私はパカマラ様をお連れして非難いたします」
「ちなみにどこに行くの?」
「森の出口の方ですが」
「そっちはやめといたほうがいいと思うけど」
遠慮のかけらもない不躾な言い振りに苛立ったのか、従者の男が仮面の下で舌打ちする。
「護衛は私の仕事です、口出ししないでいただきたい。それにこんな無能なハンター達にパカマラ様の命は預けられません。どうぞお構い無く、あなたもモンスターを追いかけてください」
従者の男は返事を待たずに背を向け、パカマラを連れだって森の入り口の方角へと歩いていった。
それと入れ違いになるようにリベリカが戻ってきて、ぽけーっとパカマラの背中を眺めていたアリーシャにズンズン詰め寄った。
「ほらアリーシャさん! 行きますよ、放っておいてくれって言われたんでしょ!」
「でもなあ」
「なんで渋ってるんですか!」
リベリカが手を掴んで引っ張っていこうとするが、アリーシャは少しも動こうとしない。
それどころか、アリーシャはまるで一刻を争う今の状況を理解していない様子で呑気な顔を向けて口を開いた。
「あのハンター達を追いかけても意味ないと思うよ? それよりあのお貴族さんを追いかけた方が……」
「なに言ってるんですか。確かに出遅れてますけど、だからってクルークウルフを追いかけないのは任務放棄です!」
「うーん、そうじゃなくてなぁ」
言い淀んだアリーシャは、うまい言葉を探すように頭をぐるぐる回す。
やがて、うんと決心するように頷くともういちど口を開いた。
「じゃあアタシはパス!」
「はい?」
「アタシは別行動するからリベリカひとりで行ってきて!」
「別行動? どこに行くんですか」
「森の入り口のほう」
「先に街に帰るってことですか?」
「そういうわけじゃないんだけど……」
「じゃあさっきの貴族の安否が気になる、とか?」
「当たらずとも遠からず?」
要領の得ない答えにリベリカは頭を悩ませる。
内心では、こうして問答している時間すら惜しい。
今すぐにでも走ってクルークウルフを追いかけたいのだ。
けれど一方で、アリーシャをひとりにすると何をするか予想がつかない。
そんな不安がリベリカの決断を鈍らせる。
「やっぱりそういう勝手なことは……」
「でもほら、呼ばれてたのリベリカだけだし。もともとアタシは見学だったんだから問題ないでしょ!」
調子よく指で”V”をつくってみせるアリーシャ。
そのもっともらしく聞こえる言い分と、はやる気持ちが合わさって、リベリカの心中にもはや反論する気は起きなかった。
「わかりました。ただし、絶対に大人しくしておいてくださいよ。今回のアリーシャさんは許可なく抜刀するのも禁止なんですからね!」
「はーい、わかりましたー」
最後までつかみどころのない返事に若干の不安を抱きつつ、リベリカは掴んでいたアリーシャの手を離す。
ブーツの履き心地、防具の締め付け具合、武器の切れ味を念のため手短に再確認。すべて問題ない。
「行ってきます。くれぐれも変なことしないでくださいね」
「うんうん。でも、もし行ってやること無かったらアタシのところにおいでね?」
「たとえ出番が無くても私は帰ったりしないので!」
「おーこわこわ。リベリカちゃん怒ると美人が台無しだよ?」
「だから茶化さないでくださいっ!」
リベリカはすぐさま身を翻し、森に向かって走り始める。
彼女の中でどこに向かうべきかの見当は既についていた。
ハンター達が追いかけていったのは、最初にクルークウルフを発見した索敵部隊が照明弾を打ち上げていた方角。
そのことから、クルークウルフは傷を癒すために自分の巣穴へ帰ったのだと推測できる。
リベリカは持て余していた体力を存分に使って、集落の広場をあっという間に駆け抜け森へ飛び込んだ。
一度は諦めかけていたリベンジの機会が訪れたのだ。
このチャンスを絶対に逃さない、何がなんでも活躍の爪痕を残してみせる。
リベリカは地面をいっそう強く踏み込んで、疾風のごとく森の中を突き進んだ。
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