14話 モンスターの脅威(1/2)
「クルークウルフがくるぞぉっ!!!」
先遣隊のハンターが大声を上げて森から全力疾走で飛び出してきた。
その背を追いかけるように森の大樹が次々となぎ倒されていき、小動物が一目散に逃げ出していく。
地響きと共に姿を現したのは、人間の背を優に越える巨大な狼だ。
白銀の毛並みを逆立てた
「目標接近! 武器を構えよッ!」
「「「御意ッ!」」」
サン・ラモンを筆頭にハンター達が各々の武器を構えるがまだ動かない。
そこへクルークウルフが無警戒にまっすぐ突っ込んでいく。
まるで自分の体に比べて遥かにちっぽけな群衆を蹴散らさんとする勢いだ。
「今だ、散会して攻撃せよっ!!」
その掛け声で、横一列に並んでいたハンター達が一斉に散らばった。
一見、無計画に逃げ出していくようにも見えるがそうではない。
ハンター達は巧みにクルークウルフの動きを誘導し、やがて巨大な円陣をつくってその輪の中にモンスターを閉じ込めてしまった。
リベリカが離れたところからその様子を見守っていると、隣でアリーシャが皮肉めいた声色で呟いた。
「なんかすっげー。ギルドって斬新な戦い方するのねえ」
「斬新? 普通だと思いますけど」
モンスターを取り囲み、死角に立っているハンターが交代で接近して攻撃を加えていく。
一撃一撃は地味だが、ヒット&アウェイで安全かつ確実にダメージを与えていくこの戦い方は、リベリカがギルドに入って一番最初に習った集団で戦うときの基本戦術だ。
リベリカがギルドで習った常識を真面目に説明すると、アリーシャは目を真ん丸にして口をあんぐり開ける。
「いつもこんな戦い方してんのかよ……。辛気くせぇ」
「だったらアリーシャさんならどうやって戦うって言うんですか」
「振り向きざまに太刀で首チョンパ」
「それ冗談ですよね……」
平然と手刀でチョップしながら言うアリーシャに、リベリカはぎこちない笑みで答える。
小型モンスターならともかく、クルークウルフのような大型獣にそもそも1人で挑めるはずがないのだ。
……ないのだが、アリーシャのことだからひょっとすると。
途方もない妄想が頭をよぎりかけたとき、ふとリベリカの耳に、ハンター達とは別の方向からヤジを飛ばす声が聞こえてきた。
「なんだあのハンターたちは! 狼は生かして捕らえよと言ったのだぞ⁉」
ヤジを飛ばしていたのは今回のクエストの依頼主、貴族パカマラだった。
パカマラは特別に用意された豪華絢爛な観覧席でふんぞり返りながら、戦闘中のハンター達を横柄に指差して叫んでいる。
そばにいる従者の男が彼を止めなければ、今にも飛び出していこうとするほど興奮した様子だ。
それに気づいたギルドマスターが大慌てでパカマラの元へ飛んでいく。
「これはこれはパカマラ様! いかがされましたか?」
「あやつらはなぜ攻撃しておるのだ‼ モンスターが死んでしまうではないか!」
「あれはモンスターを罠にかけやすくするために弱らせておりまして……」
「知らぬッ!」
パカマラは勢いよく立ち上がり、ギルドマスターを睨みつけて続ける。
「とにかく攻撃をやめて早く捕まえよ! ただでさえ尻尾を切り落としてしまっておるのだ! これ以上傷を負わせるではないッ!」
「はっ、かしまりました! すぐに攻撃をやめさせて捕獲に移ります!」
剣幕に圧倒されたギルドマスターは怖じけるように頭を下げて退散。
かと思えば、付近に立っていた伝令係を呼びつけて怒鳴り声を浴びせる。
「今すぐ攻撃を中断させて、次の段階に移らせろ!」
「ぎ、御意!」
伝令係は返事もそこそこに脱兎のごとく走っていき、戦闘中のサン・ラモンに指示を伝えた。
ハンターたちは一瞬だけ混乱したように統率を乱したものの、手慣れた様子ですぐに攻撃をやめて陣形を転換しはじめる。
ハンター達の陣形は、あっという間に円陣から2つの縦列に変化した。
クルークウルフを左右から挟むように別れて整列し、広場にまっすぐの花道ができあがる。
その花道の先にあるのはパカマラの座っている観覧席だ。
準備が整ったのを確認したギルドマスターが、パカマラの前に立ってやけに芝居がかった仕草で
「それではパカマラ様、これからあのクルークウルフをここまでおびき寄せて捕獲いたします」
「そんなに近くまでおびき寄せて大丈夫なのであろうな?」
「もちろんでございます。パカマラ様の数
ギルドマスターが
「この特注の麻酔玉を使って私が捕獲してみせましょう」
「ではお願いしようか」
パカマラの興味はクルークウルフにしかないのか、ギルドマスタ一には
一方で、それまで沈黙を貫いていた漆黒の
顔に貼り付けた仮面越しに麻酔玉をしげしげと見つめて、ギルドマスターに問いかける。
「失礼ですがギルドマスター殿。ひとつよろしいでしょうか?」
「これは従者殿。どうかしましたかな?」
「今回は発射式の麻酔弾ではなく、そちらの麻酔玉をお使いになるのでしょうか?」
ギルドマスターは愉快そうに笑い声を上げてから答える。
「確かに最近では麻酔弾を使うケースもありますがね、あれは所詮、この麻酔玉の二番煎じなのですよ。それに比べて、このオリジナルは私が発案した由緒正しき物! どうぞご安心してご覧いただきたい!」
「……承知しました」
従者は静かに答えて、しずしずと後ろに下がる。
そんなこんなのうちに、クルークウルフはギルドマスター達の目と鼻の先の距離にまで接近してきていた。
捕獲用に設置している罠まではあとほんの数m。
ギルドマスターは、改めて仰々しく一礼をすると、クルークウルフを挑発するように手足を大きく広げ、のっそのっそと歩いていく。
「やっぱあのじいさん無理だ。リベリカ、準備しといた方がいいんじゃない?」
ギルドマスター達の様子を固唾をのんで見守っていたリベリカに、隣に立っているアリーシャが独り言のように話しかけてきた。
突然なにを言うかと思えば、またも無遠慮も甚だしい言動。
リベリカは辟易として口を開く。
「アリーシャさん失礼ですよ。それはさすがに」
「――ホントにあれで成功すると信じてるわけ?」
「それは……」
歯に衣着せない物言いに反論しようとしたものの、リベリカはそこで言葉を失った。
意識すればするほど心の内で押し隠していた不安が湧きたってくる。
たしかに不安要素はあるのだ。
捕獲に使用する麻酔玉は最新の麻酔弾が登場して以来、旧式と呼ばれるようになって久しく、今ではほとんど誰も使っていない。
そしてなにより、ギルドマスターは名を馳せたハンターとはいえ、とっくに現役から引退した身だ。
それでも、そのギルドマスターが率いる組織のハンターとして、リベリカはボスを信用できないと言うことはできなかった。
「……一応、ギルドマスターですから」
「一応、ねえ」
それきりアリーシャは口を閉ざして話しかけてこなかった。
代わりに腰に携えた刀の鞘に手を置く音がしたので、リベリカは念のために釘を刺す。
「手出しは駄目ですからね」
「それはアタシが見学だから?」
「そうです。勝手なことすると評価を落とされますよ」
リベリカが淡々と脅すものの、アリーシャは親の説教を聞き流す子供のようにフンと鼻をならして言う。
「アタシは評価なんて気にしないもーん」
「連帯責任で私の評価も落ちるんですけど?」
「……その脅し方はズルいなぁ」
納得はしていない顔をしつつもアリーシャは太刀から手を離す。
それを見たリベリカが胸を撫で下ろした。
その直後だった。
ガキンッと金属部品が噛み合わさる甲高い音が鳴り響き、「ウォンッ!」と悲痛な獣の鳴き声が辺りに響き渡った。
「罠にかかったっ!」
リベリカが興奮して目を向ける先、罠を踏みつけたクルークウルフが拘束具に捕まって動きを止めていた。
地面から噛みつくように飛び出した拘束具がその前脚にガッチリ噛みついている。
もがき苦しむクルークウルフ。
その顔の真正面に、ギルドマスターが相も変わらず悠然とした足取りで近づいていく。
そして、周囲の注目を集めるように仰々しく愛想を振り撒くと、ギルドマスターは仰々しくお辞儀して高らかに宣言した。
「それでは! これより麻酔玉による
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