7話 女の子のランチタイム(2/2)

「いったい何をどれだけ頼んだんですか……」


 テーブルの上に並んでいる料理の数々を見てリベリカはドン引きしていた。

 アリーシャが注文した料理は相当な量だったようで、今目の前にはトリの丸焼きの他に、分厚いステーキ、魚介と葉野菜のサラダまで揃っている。


 この街は王国の都からほど近く貿易が盛んなため、色々な食材が流通している。

 その豊かさを体現しているような豪華な食卓ではあるが、いかんせん昼時を過ぎたティータイムには場違いすぎる量だ。


 かたやアリーシャはナイフでざっくり切った肉を豪快に口へと放り込み、かたやリベリカは小さく切り分けてからフォークで清楚に口許へと運ぶ。

 両者とも見てくれは甲乙つけがたい美人なのだが、育ちの良さの差は一目瞭然だった。


 ステーキをモグモグごくんと飲み込んだアリーシャが、少し声のトーンを控えめにして問いかけてきた。


「それでさ、昨日はあのあとどうなった?」


 その問いにリベリカはすぐには答えなかった。

 逡巡しながら口の中身を咀嚼そしゃくしつづける。

 

 上司に怒られてチームから仲間外れにされました。

 なんて正直に言えば、自分で自分の心の傷をえぐるようなものだ。

 なかなか答えないのを不思議に思ったのか、アリーシャがこてんと首を傾げる。

 いよいよ黙っているのも限界に感じたリベリカは、期待されている内容とは違うのを承知で口を開いた。


「今回の依頼は未達成ということで、ギルドで再挑戦することになりました」


 その答えに思うところがあったのか、アリーシャは一瞬だけいぶかしむような表情を浮かべたが、「ふーん」と間の抜けた返事をして魚の切り身を口へ運ぶ。


「その再挑戦っていつなの?」

「明後日です」

「昨日挑戦したばっかなのに? そんなに急いでるってことは、あのクルークウルフなにか訳ありなのかねぇ」

「わかりませんが、大物貴族からの依頼だそうです」

「あーでたでた、貴族様のご依頼ねぇー」


 アリーシャがヘッと鼻で笑ってパンにかじりつく。

 その反応が気になってリベリカが質問した。


「貴族が嫌いなんですか?」

「べっつにー? 個人的な恨みとかないけど、金と権力でなんでもできると思ってる連中がムカつくだけ」

「それ嫌いって言ってるようなもんじゃないですか……」

「そうとも言うー」


 つれないアリーシャの表情に何と言葉をかければ良いか分からず、リベリカは視線を逃がすように懐中時計に目をやった。

 今の時刻は午後3時45分。……3時、45分?


 短針が限りなく「4」に近づいているのを見て、リベリカはこのあとの用事が午後4時からあることを思い出した。


「忘れてた!」

「お、どした?」

「用事が! 大事な用事があるのを忘れてました!」

「そりゃいけない。すっぽかしたらヤバイやつだよね、用事ってなに?」

「ギルドの狩猟会議ハンティングカンファレンスです」


 反射的に答えてから、リベリカはしまったと反省した。

 狩猟会議ハンティングカンファレンスとは、ギルドに所属しているハンターが「クエスト」と呼ばれる狩猟依頼について情報を共有するための会議。


 逆に言うと、アリーシャのような狩猟会議ハンティングカンファレンスに参加する資格がなく、ギルドが管理している依頼を受けることもできないのだ。

 つまり、アリーシャが無所属のハンターと知った上で、嫌味のつもりで狩猟会議のことを口にしたと取られても仕方がない。

 しかし、返ってきた答えは予想外のものだった。


「あ、そうだった。アタシも4時にギルドに集まれって言われてたんだったわ」

「アリーシャさんも?」

「そうだよ、だって知ってるでしょ? アタシもハンターだし」

「いやでも……、ここのギルドの所属じゃないですよね?」

「昨日まではね。だから今日がギルド初出勤!」


 衝撃の事実。あのとんでも狩人ハンター・アリーシャがまさか自分の同僚になるなんて。

 というか、これでは自分の今の立場が露見するので増々ギルドに顔を出しにくい。

 そんな内心の同様など知る由もないアリーシャは、のうのうとした様子で疑問を口にする。


「ちなみに初日から遅刻ってやっぱりやばいのかなぁ?」

「それは初日じゃなくても駄目ですよ⁉」

「そっか! じゃあ急ぎますか!」


 アリーシャは残りのパンを乱暴に詰め込んでガタンッと立ち上がると店の出口の方に向かって走りだした。

 けれども、なぜかすぐにぴたりと足を止めて、くるっとこちらを振り返る。


「そういえばギルドの場所ってどこ?」


 本当に右も左も分かっていないくせに呑気に笑っているアリーシャを見ていると拍子抜けしてしまう。

 リベリカはギルドでの立場で悩んでいた全てがバカバカしくなってきた。

 そもそも自分は何も悪いことはしていないのだ。

 会議に顔を出して何か言われたらむしろ開き直ってやる。


「私が案内しますから。アリーシャさんはついてきてください」

「助かる‼ あ、あともうひとつぅ……」

「なんです?」


 リベリカが問うと、アリーシャは苦笑いを浮かべてぽしょりと呟いた。


「ご飯のお金ない、です」

「……あとで、ちゃんと返してくださいね。絶対に」

「ありがとうございますリベリカさまぁぁ」


 すりすりへこへこ頭を下げるアリーシャ。

 これがあの凄腕ハンターと同じ人間だとは思えない。


 呆れつつ、リベリカはふたり分の食事代をテーブルに置いて狩猟組合ハンターズギルドに向かうため店を出た。

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