8話 カンファレンス(1/2)

 リベリカとアリーシャがギルドに到着したのは狩猟会議ハンティングカンファレンスが始まるほんの数分前だった。


 リベリカが会場の扉を開ける。

 瞬間、目に飛び込んできたのは溢れんばかりの人、人、人。

 会場に集まっているハンターの数はざっと50人。


 このギルド所属ハンターのほとんどが集合していて、整然と並べられた椅子に座って開催時刻を待っているのだ。

 ちらほらと私語はあるものの、会議が始まる前からピリついた空気が場を支配している。


 アリーシャがドン引きしていた様子で口をあんぐりと開けた。


「ねぇ……なにこの空気。これからお通夜でもやるの?」

「何言ってるんですか、普通の狩猟会議ハンティングカンファレンスですよ」


 運よく最後列に空いている席を見つけ、リベリカとアリーシャはふたりで並んで腰かける。


「これがふつう? なんかみんなピリピリしてるんだけど?」

「そりゃそうですよ。この会議で次のクエストに誰が参加できるか決まるんですから」


 今日の議題である賢狼獣クルークウルフの再クエストはギルドにとっての超重要案件。

 このクエストに参加して成功を収めたならば、ギルドでの昇進が約束されたようなものだ。

 だから是が非でもこのクエストの参加メンバーに選ばれたい。


 他人事のように言うリベリカだったが、彼女自身もそう必死になっているハンターのひとりだった。


 しかし、アリーシャは全くギルドの内情を把握していないからか「クルークウルフってそんなに人気あったんだー」などと頓珍漢とんちんかんなことを呟いている。


 そんなこんなでやり取りしているうちに、重厚な音を轟かせながら前方の大きな扉が開かれた。


「ギルドマスターのご到着です!」


 それを合図にするように、50人のハンターたち――リベリカも含めてザッっと同時に起立する。


 ただひとり、ぽけーっと椅子に腰かけたままのアリーシャを除いて。


「なに? みんなどしたの?」

「(いいからアリーシャさんも立ってください!)」

「えー、これなんかの儀式なわけ?」

「(とにかくほら!)」


 口をへの字に曲げているアリーシャをリベリカがなんとか立ち上がらせる。


 起立した会場中のハンター達が一様に目を向ける先にいるのは、黒いスーツを着飾った白髪の老人。

 ギルドマスター、つまりこの組織のボスだ。


 ギルドマスターはゆっくりと演壇に登ると、直立して出迎えるハンターたちを眺めて満足そうな笑みを浮かべた。


「みなさんご苦労。楽にしなさい」


 それを合図にハンターたちは一斉に着席した。

 今やリベリカの身体にもすっかり身に着いたここでの作法だ。


 ひとりだけ遅れて椅子に座ったアリーシャがリベリカの隣でぼそりと呟いた。


「すげぇ、もはやこれ軍隊でしょ」

「慣れなくてもここでは皆に合わせた方がいいですよ」

「えぇぇいやだぁぁ」


 正直すぎるアリーシャの言葉を聞いて、リベリカも初めてここに来た頃のことを思い出した。

 たしかに当時は自分もショックを受けたが、慣れてしまえばなんてことない。


 上下関係がしっかりしているということは、統率が取れている証拠。

 乱暴者も多いハンターたちが大勢集まる街で目立った争いごとが起きないのは、ひとえにこの組織力の賜物だ。

 今のリベリカはそう納得するようにしていた。


 やがて会場の前方に備えられた大きな掲示板に紙が次々と張られていき、今回の会議の準備が整った。

 司会の女性がコホンと咳を立てて全員の注目を集める。


「それでは、これから賢浪獣クルークウルフの狩猟に関する狩猟会議ハンティングカンファレンスを始めます」


 その一言で会場の空気がいっそう引き締まった。

 既にダラけているアリーシャは無視して、リベリカも姿勢をぴんと正して前を向く。

 

「今回のクエストは、前回と同じ個体のクルークウルフの狩猟です。目的も前回と同じ生かしたままの捕獲となります。ただし、今回は1つ大きな変更点がありますので、ギルドマスターからご説明いただきます」


 司会の女性が「それではお願いします」と壇上から降り、ギルドマスターが椅子から腰を上げる。


 大きな変更点というのは初耳だ。

 リベリカだけでなく他のハンターにもそうだったようで、会場がざわざわと騒がしくなる。


 ギルドマスターが壇上に登り、開口一番に「静粛に」と呼びかけた。

 その一言で会場はふたたび静寂に包まれる。


「皆も知ってのとおり、このクエストは大変高貴な方から頂いた依頼にも関わらず、遺憾にも前回失敗してしまった案件だ。しかし、今回はありがたいことに再びご依頼を頂くことができた。我々はこのご期待になんとしても応えなければならん」


 ギルドマスターに呼応するように、50人のハンターがそれぞれ首を縦に振る。

 リベリカの視界の端でアリーシャも頷いている――と思ったら、そうではなくウトウト船を漕いでいるだけだった。


 無礼な態度に目をつけられないかと冷や冷やしながら、リベリカはギルドマスターの言葉に耳を傾ける。


「今回の再依頼にあたって、ある条件を頂いている。それは、依頼主じきじきに狩りの現場をご覧になるということだ。したがって、明後日の狩猟には依頼主の御方にもご同行いただくことになる」


 ――依頼主の貴族が狩場に同行する⁉

 前回のクエストからの変更点というその内容に、リベリカは耳を疑った。


 街を行き来する商隊をハンターが護衛するクエストはたしかにある。

 けれどそれとこれとはまったく話が別だ。


 今回の依頼主はふつうの野生動物すらろくに見たことがないであろう貴族階級の人間。

 無理難題な要望を出した貴族も、それを受け入れたギルドも無茶苦茶だ。


 前代未聞の条件を聞いてどよめくハンターたち。

 そんな会場の中で、ギルドマスターは一段と大きな声を張り上げて宣誓した。


「このクエストには、私もギルドの代表として狩猟に参加する!」


 それはギルドマスターの鶴の一声だった。

 束の間の静寂、そして会場中からワアッと歓声が上がる。


 完全に第一線から退いたと言われていたギルドマスターが自ら狩場で剣を振るう。

 そのサプライズ発表にハンターたちは思い思いの賛辞を叫んでいた。


 その盛り上がりを手で制しつつ、ギルドマスターは再び口を開く。


「それを踏まえて、今回のクエストメンバーだが、前回のリベンジも兼ねてサン・ラモン君のチームにもう一度任せたいと思っている。異論ある者はいるだろうか」


 ハンターたちの視線が最前列の中央に座っている大柄の男――サン・ラモンに一斉に集まる。

 サン・ラモンは、次のギルドマスターの最有力候補と言われている実力者だ。

 そして、新人であるリベリカが所属しているチームのリーダーでもある。


 どこからも異論の声は上がらなかった。

 というより、もしあったとしても上げられない空気だ。

 ギルドマスターはゆっくり首肯してサン・ラモンをその目で捉える。


「失敗は許されんが、この大役を引き受けてくれるか?」

「お任せください! 必ずご期待に応えて見せましょうッ‼」


 サン・ラモンが力強く答え、ハンターたちがどっと沸き起こる。

 拍手喝采を受けながら、サン・ラモンは壇上に上がってギルドマスターと握手する。


「ではここから先は君に任せよう。皆に当日の作戦について説明してあげなさい」

御意ぎょい


 間髪を入れない返答にギルドマスターは頷くと、壇上を降りて元の席にドカリと座った。

 すっかり士気が高まったハンターたちを前に、サン・ラモンは堂々とした態度で大きく口を開ける。


「それでは、作戦概要を説明する!」


 サン・ラモンが口にした作戦は、大まかには前回のクエストと同じ流れだった。


 まずは先行部隊が森に突入してクルークウルフを捜索。

 一方で、本体の部隊は依頼主である貴族を連れて、後方に陣を張っておく。

 先行部隊はターゲットを見つけたらその位置を知らせ、ダメージを負わせながら本隊の陣地へと誘導していく。


 ここまでは前回と同じ流れだ。

 それからサン・ラモンが肝心のモンスター捕獲の方法について説明を始めたところで、ギルドマスターが「ちょっといいかな」と口を挟んだ。


「今回のモンスター捕獲だがね、この私が過去に考案した特注の拘束罠を使ってみてはどうだろう?」

「ギルドマスターが考案されたというと……あの陸上設置型の拘束具ですか。たしかあれを使う場合は広いスペースと堅い土壌が必要でしたよね」

「そのとおりだ、よく勉強しているじゃないか」


 ギルドマスターは椅子に腰かけたまま、掲示板に張られた地図を指さす。


「だから今回の本陣も集落跡の広場に展開しなさい。あそこであれば条件はすべてそろっているる」

「わかりました」

「せっかくだ、最後のモンスターへの麻酔も私がやってみせよう。ラモン君は若手の後学のためにめぼしい新人を連れてきてあげなさい」

「……御意」


 サン・ラモンが頭を下げると、遅れて会場中からパチパチパチと拍手が起こった。

 リベリカもそれに合わせて拍手で賛同する。

 ひとまずこれで作戦の全容は決まった。


 腫れ物扱いされているとはいえ、名目上はまだリベリカもサン・ラモンのチームの一員。

 このクエストで成果を上げて汚名返上してみせる。

 リベリカは心の内で静かに決意を固くした。



 ――そんな彼女の隣でにわかに手が上がる。


 手を上げているのは、他ならぬアリーシャ・ティピカ。


「なんだね君は」


 サン・ラモンが問いかけると、それに続いてギルドマスターが口を開いた。


「もしかして君は……今日からうちに来たというハンターの子か? 名前は」

「アリーシャです」

「アリーシャくんか、可愛い名前だ。なにか質問があるのかい?」

「質問っていうか、意見ですかねー」


 ギルドマスターは「ほぉ」と口角を吊り上げてサン・ラモンに視線を向ける。

 サン・ラモンはそれに頷き返すと、余裕の笑みを浮かべて言った。


「言ってみなさい」

「じゃ遠慮なく」


 アリーシャがすっとその場で立ち上がる。

 

 突然やってきたよそ者のハンターが、畏れ知らずにもギルド一の実力者に意見する。

 そんな常識を疑う若い女ハンターの行動に会場中が好奇の目を向けた。


 アリーシャは掲示板に張られている狩場の地図をまっすぐ指さして口を開く。


「その作戦、100パーセント失敗するよ?」


 平然と言い放った一言に、この場のハンター全員が言葉を失った。

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