4話 狩人の女の子(1+1=?)
ブロンドの髪をなびかせたワンピースの少女が颯爽と走っていく。
リベリカが呆気に取られているうちに、彼女はどんどん
(身を隠さないで近づいていくなんて正気……⁉)
彼女の立ち回りはまるでバカ丸出しだ。
案の定、クルークウルフは早々に彼女の存在に気が付いて睨みを向けてきた。
だというのに、対する彼女は距離を詰めることを最優先にしているのか、未だに刀を抜いてすらいない。
クルークウルフが一段と大きく咆哮する。
さっきの閃光グレネードのせいだろうか、モンスターは既に怒り心頭といった形相で彼女を睨んでいる。
すると、事もあろうか彼女はクルークウルフの目と鼻の先でくるりと身を
このまま真正面から接近しても返り討ちに遭う。
ようやくそれが分かったのだろうがこれでは判断が遅すぎる。
(やっぱり……! 引き留めるべきだった!)
今更になって彼女にひとりで行かせるべきじゃなかったと後悔に襲われる。
冷静になって考えればクルークウルフにハンターひとりで立ち向かわせるなんてあり得ない。
そのうえ、彼女はおそらく自分と同じ10代後半の少女。
仮に
現に彼女はクルークウルフから離れようと走って戻ってきているが、このままではすぐに追いつかれて背中から襲われてしまう。
もう迷ってはいられない。一か八か助けに行こうとリベリカは物陰から飛び出した。
「来んなッ!」
しかし、ワンピースの少女がぴしゃりと言い放ち、その迫力に気圧されてリベリカの足がピタリと止まる。
少女とクルークウルフとの距離は目算で10
クルークウルフの歩幅なら、わずか数歩で追いつける距離だ。
目と鼻の先にいる人間をわざわざ走って追いかける必要もないと思ったのか、クルークウルフは強靭な尻尾を伸ばし、前脚を曲げて身を屈める姿勢をとった。
特徴的な予備動作。この直後に繰り出される攻撃をリベリカは知っている。
モンスターの典型的な攻撃は予備動作を見てから対処するのがハンターの常識であり、リベリカも今日のクエストのために指南書から入念に情報を集めていた。
「早くそこから逃げてください!」
これは尻尾を振り降ろして獲物に叩きつけるの大技の構えだ。
対処法は一目散に走ってクルークウルフから水平方向に避けること。
―――なのに、ワンピースの少女はその場で立ち止まった。
それどころか敵に背を向けたまま両足を広げて居合の体勢で中腰になる。
直後、クルークウルフが跳躍。それと同時に少女が抜刀する。
(あの態勢で迎撃⁉ あり得ない‼)
背を向けた状態から振り向いた勢いで斬撃を繰り出すつもりなのかもしれないが、目測を誤ったのか抜刀のタイミングが早すぎる。
予想通り水平に振り出された太刀は虚しくも大きな半円を描きながら虚空を切った。
そして、その頭上に巨大な獣の尻尾の先端が振り下ろされる。
「避けてッ‼」
数秒後の悲惨な未来が見える。
リベリカは絶望しながらあり得ない奇跡を願って叫んだ。
その直後。
―― クルークウルフの尻尾が宙を舞った。
バランスを崩した狼の巨大な体躯が大地を揺らしながら横たわり、少女を叩き潰すはずだった尻尾がごろりと地面に転がる。
リベリカはその瞬間に置きた光景に目を疑った。
円を描いて虚空を切った太刀の一刀目。
斬撃はそれが本命ではなく、彼女はその勢いを利用して宙に大きく跳び上がった。
そして、落ちてくる尻尾を迎え撃つように二刀目で太刀を大きく振り上げたのだ。
それはまるで最初から二刀目の斬撃で仕留められると確信していたようだった。
つまり、信じられないが、彼女は尻尾が直撃する位置もタイミングも予知していたように攻撃を繰り出したのだ。
予想もしない大怪我を負ったクルークウルフは気を動転させた様子で立ち上がると、こちらにはわき目もふらずフラフラと体躯を揺らしながら森の中へと姿を消した。
「ふいー、斬った斬ったぁ」
ワンピースの少女は太刀を鞘に納めて小屋の方へと歩いていく。
まるで何事もなかった……というより心から楽しそうに足が弾んでいた。
「おーい、お仲間さんは無事だよー」
その一言で、リベリカは自分が何のためにここにいるのかを思い出した。
呼ばれた方に向かって歩きながら、リベリカは頭の中で今の状況を整理する。
クルークウルフは撃退した。
仲間の命も助かった。
つまり、ひとまず一件落着だ。
……で、この子はいったい何者なのか?
お礼も含めて言いたいことはたくさんあるし、ここからでは顔も良く見えない。
まずは近づいて落ち着いて話をしよう。
そう思った矢先。
「おーい、アリーシャー‼ そこで何をしてるー!」
少女のさらに向こうから熊のような野太い声が飛んできた。
今度はなんだと目をやると、その声にぴったりの大柄な男が奥の茂みの中に立っていた。
黒いスーツというこの森にはまるで不釣り合いな恰好をした彼はどうやら彼女の知り合いらしく、彼女に向かって手招きをしている。
「うわやっべ、行かなきゃ!」
ワンピースの少女は明らかに慌てた様子でわたわたと走り出し、その男性の方に近づいていく。
そして最後に一瞬だけ振り返って大きく手を振ると、
「あとはよしなによろしくー!」
無責任にもそれだけ言い残し、彼女はスーツの男に連れ立たれて森の中へと消えていってしまった。
リベリカがあっけない幕引きに呆然と立ち尽くしていると、命からがら助かった仲間の中年ハンターがこちらにやってきた。
「リベリカ、さっきの子は?」
「さあ……」
「さあって、知り合いじゃないのか? うちのギルドで見たことない顔だったぞ」
「ですよね」
リベリカが棒読みで返事を続けていると、中年ハンターが何か思いだしたように手を叩く。
「そういやリベリカ、あの子からお前に伝言があるって言われたんだった」
「えっ、伝言! なんですか⁉」
急に前のめりになって催促するリベリカに、中年ハンターは一歩後退りながら答える。
「全部見なかったことにしてくれ、だって」
「どういう意味ですか」
「さあ、そのまんまの意味じゃないのか? 知らんけど」
リベリカが訝し気な目を向けると、中年ハンターは気まずそうに目を逸らした。
それからわざとらしく喉を鳴らして続ける。
「あともうひとつ伝言あるぞ」
「なんです?」
「明日からよろしく、だとよ。やっぱ知り合いなんじゃないか?」
「それ嫌味ですか」
「すまん、そういうつもりじゃなかったんだが……」
女というだけで圧倒的に不利な
そんな彼女に同年の、しかも女の子の友達なんていないのだが。
「明日からよろしく、ってなに……?」
リベリカは残されたクルークウルフの尻尾を見つめながら、ただ首を傾げるしかなかった。
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