3話 狩人の女の子(2/2)

 古い集落の跡地に身をひそめ、賢浪獣クルークウルフの様子をうかがっているがいた。


 クルークウルフの捕獲部隊としてこの森にやって来た10代の女性ハンター ――リベリカ・モンロヴィアは、焦りを押し殺すように革のグローブを握りしめる。


 ――ウオオオオオオオンッッッ!!!


 集落の中を徘徊しているクルークウルフが雄たけびを上げ、リベリカの胸を覆う金属プレートがビリビリと反響した。

 今回の狩猟は、別動隊が大量の爆弾を使ってクルークウルフをここに誘い出し、彼女を含めた本命の捕獲部隊が罠を使って仕留めるという大規模な作戦だった。

 だというのに。


「この状況で撤退なんてありえないでしょっ……!」


 今、この場に捕獲メンバーはリベリカただひとり。

 そして、おとりとして住居跡の中に仲間がもうひとり。


 他の仲間は全員が撤退した。

 理由は「上層部から撤退命令が出たから」。


 けれど、リベリカはその命令に逆らってひとり残った。

 囮役の仲間を見殺しにするような無責任な撤退なんてできない。


 もちろん上の命令に逆らえば痛い目を見るというのはリベリカも重々承知している。

 けれど今は人間の大事な命が失われようとしている緊急事態。

 だのに、この期に及んで「上司の命令が最優先」だなんて言うのは馬鹿の一つ覚えだ。



 ズシンッ、とクルークウルフが小屋に向かって頭突いた。


 朽ちた木造の外壁はあっけなくバラバラと崩れ落ちる。

 隠れていた仲間の姿が丸見えだ。

 

 神に祈るように縮こまる人間を見下すクルークウルフ。

 その凶悪な口があんぐりと開いた。

 もうダメだ。

 彼が死んでしまう!


 そう心の中で叫んだ瞬間、リベリカはたったひとりで茂みから飛び出していた。


「こっちを向けえぇぇぇッッ!!」



 声に気づいたクルークウルフがおどろおどろしい顔をこちらに向ける。

 あまりの恐ろしさに足がすくみそうになるが、強引に振り出して走る。

 距離はあと少し。腰から片手剣を引き抜いて片手サイズの盾を構えてあと数歩。

 

 リベリカの武器は初心者用の片手剣。

 こんな軟なひと斬りだけであの大型獣を倒せるとは思っていない。

 それでも、少なくとも仲間が逃げ出す時間さえ稼げれば十分だ。


 こちらに側面を向けていたクルークウルフが寸前で身体の向きを変えた。

 だがその反応は織り込み済み。

 リベリカはスライディングの要領でその懐に滑り込み、丸太のように太いモンスターの後ろ足首の腱を切りつける。

 そして切った勢いは殺さず、再び立ち上がってそのまま向こう側へと走り抜けた。


 クルークウルフの怒りと戸惑いに満ちた咆哮が背中を襲うように聞こえてくる。

 今の攻撃でモンスターの怒りの矛先はこちらに向いたはず。

 やるんだ。こうなったら最後までひとりで立ち向かえ。

 リベリカは歯を食いしばり、恐怖を振り払うように身をひるがえす。


「はいはいちょっとストップねー」


 だがその直後、何者かに腕を取られ、リベリカは強引に物陰へと引きずり込まれた。急に勢いを殺された反動で大きくドシンと尻もちをついてしまう。


 臀部でんぶの痛みに涙を浮かべながら振り返ると、ぼやける視界に映ったのは白いワンピース姿の女性だった。


「なに……? だれですか⁉」

「それはあとで。とりま目をつぶっててね」

「え、ちょっ、あぶない‼」


 無謀にも物陰から飛び出していく彼女を引き留めようと腕を伸ばした直後、炸裂音が耳をつんざき、視界が真っ白に染まった。

 この激しい光は良く知っている。モンスターの目をくらませる閃光グレネードだ。

 物陰にいたおかげでダメージは少ないがリベリカの視界はホワイトアウトする。


「あちゃー、大丈夫? 目つぶってって言ったのに」


 まだ目がチカチカしていて、相手の姿がよく見えない。

 話しかけてくる声はかなり若い。

 女の人、それも自分と同じくらいの年齢だと思う。


 仮にもしそうだとすれば相手も10代の女の子。

 こんな危険な場所からすぐに逃がしてあげないといけない。


「今すぐここから逃げてください! すぐ近くに大型のモンスターが!」

「知ってるよ、だからここに来たんだし」

「え……?」


 平然とした声で思わぬ答えが返ってきてリベリカは混乱する。

 けれど、そんことはまるでお構いなしに少女は矢継ぎ早に話しかけてくる。


「とりま状況おしえてくんない? あれ斬っちゃっていいやつ?」

「いえ、あれは捕獲しないといけなくて……」

「じゃあ殺しちゃだめかー。ていうか他の仲間は?」

「小屋の中に、ひとりだけ」

「マジ⁉ もっと他に仲間いないの⁇」

「それが……他の仲間は撤退したので」

「え、なにそれ。ありえねー」


 あきれ果てる様な声で言われて、リベリカは自分の感覚は正常なんだと少し救われた気分になった。

 やっぱり上司の命令ひとつで仲間の命をあっさり見捨てる様な組織は狂ってる。


「じゃあ君ひとりで仲間を助けるために残ってる感じ?」

「はい……。そうだ、助けないとッ!」


 言われてリベリカは今の状況を思い出した。

 クルークウルフに襲われかけている仲間がまだ残っている。

 早く仲間を連れだすか、クルークウルフをここから追い払わないといけない。


 まだぼんやりとしているが、視力はいくらか戻ってきた。

 こうしている間にも仲間の命に危機が迫っている。

 リベリカは立ち上がるべく手足に力を込めた。


 が、それを邪魔するようにワンピースの女の子が目の前に立つ。


「ちょっとちょっと! その装備でまた単身突っこむつもり!?」

「そうです。だからどいてください!」

「いーやいや。それじゃちょっと……というよりかなり無理だって。だってその片手剣でしょ? 自分でもわかってるでしょ」

「でも、私が行くしか!」

「あーだからさ……」


 気まずそうに言うと、ワンピースの少女はポリポリと頭をかきながら言葉を濁す。

 そして少しだけ間を開いてからその続きを口にした。


「あのモンスター、アタシに斬らせてくんない?」

「はい?」


 訳の分からない提案に思わず素っ頓狂な声が出てしまった。

 そういえば、彼女はさっきからしきりに「斬りたい」と言っていた気がする。


 一体この少女は何者なのかと改めて目の前に立っている人物を見る。

 まだ視界がぼんやりしていてはっきり見えないが、白いワンピースにブロンドの髪が良く映えている。

 まるでどこかの貴族令嬢を思わせるような清楚な見た目の女の子で、それだけではとてもモンスターの狩猟を生業とするような人間には見えない。


 けれど、そんな彼女の手には身の丈ほどの細い剣、いわゆる太刀が握られていた。


「アタシ、一応ハンターだからさ。代わりに私にやらせてくんない?」

「えっと……?」

「ねー、お願い! ピンチだし、絶対に助けるから、ね!」


 何を言われているのかいまいち思考が追い付かないが、食い気味にせがんでくる彼女に押されてリベリカはこくんとうなずいた。

 その瞬間、少女は大げさなくらい勢いよくガッツポーズを決める。


「おっしゃー! 許可貰いましたーっ‼」


 もう待ちきれないとでも言うようにすぐさまと身を翻し、まるで早く遊びに行きたくて仕方がない子供のようにタンッタンッとその場で小さく飛び跳ねる。

 軽いウォーミングアップのような所作を済ませると、彼女は最後に顔だけをこちらに向けてきた。 


「じゃ、ここで待っててね!」


 背中越しにそれだけ言い残し、彼女はクルークウルフに向かって勢いよく飛び出していった。

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