5話 狩人の女の子(1+1=2)


 賢狼獣クルークウルフの狩猟がに終わった翌日の昼下がり。

 リベリカは憎たらしいほど快晴の空の下、街をひとりで歩いていた。


 昨日、クエストから帰った彼女を出迎えたのは、仲間を救った賛辞ではなく、命令違反に対する上司の説教だった。

 しかも、クルークウルフの尻尾を持ち帰ったことにギルドの上層部は大激怒。

 なんでも「今回のクエストの目的は五体満足でクルークウルフを捕獲することだった」と明かされたのだ。



 結果、リベリカはギルドのお払い箱。

 クビにはなっていないもののすっかり腫れ物扱いされ、所属していたチームからも事実上の除名宣告を受けてしまった。


「あれぇ、おっかしいなあ。ここどこー?」


 ふと聞き覚えのある声を耳にしてリベリカは顔を上げた。

 道の突き当りに、見覚えのある白いワンピース姿の女の子が立っている。


 地図を大きく広げて睨めっこしているので顔は良く見えないが、背丈は自分と同じか少し高いくらいでとてもスタイリッシュ。

 肩まで伸びたブロンドの髪が陽光でキラキラと輝いている。


 一目でリベリカは確信した。彼女こそ昨日の謎の女性ハンターに間違いない。

 けれど同時にもやもやした感情が沸き起こる。

 ある意味では彼女のせいで散々な目に合っているのだ。これ以上あの人と関わらない方がいいのではないか、と。


 直感的に嫌な予感を持ったリベリカは、彼女に見つからないように来た道を引き返すべくきびすを返すことにした。

 だが、その判断が少しおそかった。


「あのーそこの君ー!」


 カンカン照りの太陽よりも鬱陶しい元気な声で呼びかけられて、リベリカの肩がピクンと跳ね上がる。

 いやいや、まだ顔は見られていないから大丈夫。

 聞こえていないふりをして歩き続ければやり過ごせる。


 祈りながら再び足を踏み出し、だがその願いも虚しく肩を後ろからトントン叩かれた。

 あー、終わったーと流石に観念してリベリカは恐る恐るうしろを振り返る。


「なにかご用ですか……」

「ほらやっぱりー! 昨日のハンターの子だよね⁉」

「人違いです」

「えっ、ごめんなさい……って、ほんとにぃ?」


 ブロンドヘアーの彼女は首を傾げ眉をひそめてこちらの顔を見つめてくる。

 人違いなわけがないのだが、馬鹿正直にこちらの言葉を信じているのか、「うーん」やら「えー」やら呟きながら顔をしかめている。

 そんな彼女を見ていると、なんだかその様子がおかしく思えてきてリベリカはついフっと息を漏らした。


「え、なに、なんで笑ってんの? 顔になんか付いてる⁇」

「いえ別に……、すみません」

「あ、そう? ていうかやっぱり昨日の子だと思うんだけど……。ほら覚えてない? 昨日! 森の中で!」

「すみません、覚えてないです」

「えーまじかー。じゃあやっぱり人違いなのかぁ」


 こんなあからさまな嘘に振り回されるなんて本当におかしな人だ。

 そう思いつつ、リベリカは一周まわって彼女のことが可哀そうに思えてきた。

 よくよく考えれば彼女は命の恩人だ。

 感謝することはあっても、彼女を責めるなんてことはおかしな話。


 そう思い直し、かっくり肩を落としている彼女に優しく言葉をかけた。


「だって、『全部見なかったことにして』って言われましたから」

「ん? それって……?」


「だから、私はワンピース姿でモンスターの尻尾を切り飛ばすようなとんでもハンターなんてですって」

「うおー! やっぱりそうだったかー‼」


 瞬間、少女の端麗な顔がぱぁっと明るくなり、丸くて大きな瞳がキラキラ輝き、ブロンドの髪がふわりと揺れる。

 そしてリベリカの手をがしっと掴むと、勢いそのままに大きく口を開いた。


「わたしはアリーシャ! 名前は⁉」 

「り、リベリカ・モンロヴィアです」

「リベリカちゃんね! うん、見た目だけじゃなくて名前も可愛い!」

「は、はあ……。ありがとうございます」


 アリーシャに握られた手をぶんぶん振られて身体ごとカクカク揺らされる。

 リベリカはもう既にアリーシャに応じたことを後悔し始めていた。


 ひとまず握られた手から解放されるべく、リベリカは口を開く。


「で、誰か探しているんですか? それともどこかお探しですか?」

「はっ、そうだった!」


 アリーシャはパッと手を離してワンピースのポケットをまさぐると、中からクシャクシャの地図を取り出した。

 それを広げて見せながら、気恥ずかしそうな顔で言う。


「実は昨日の夜この街に着いたばかりで、さっそく街の探検してたんだけど……迷子になっちゃって」

「なるほど」


 リベリカは懐中時計を見る。

 時刻は14時。明日の狩猟に向けたギルドの会議カンファレンスまではまだまだ時間がある。逆に言うとそれまでやることは何もない。

 ……ついでにいうと、会議中もそして明日以降もずっとやれることが無いかもしれないのだが。

 そんな風に心の中で自嘲していると。


「ぐうううぅ」


 腹の虫が爆音で鳴き叫んだ。これは自分の音じゃない。

 ……つまりアリーシャのお腹の音だ。

 

 案の定、アリーシャは顔を真っ赤にして目を逸らしていて、それを見るとなんだか頬が緩んできてしまう。


 ちょうどいい、昨日のことも含めてアリーシャに聞きたいことがたくさんある。

 リベリカはくすっと笑って提案した。


「じゃあ街を案内しますよ。よかったらまずは一緒にご飯でも?」

「……じゃあお言葉に甘えて」


 まだ気恥ずかしそうにしているアリーシャを連れだって、リベリカは街で一番大きな大衆食堂に向かうことにした。

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