第16話 真実は向こうから

 運命というのが嫌なものだと最近になって分かった気がする。君が旅行に行ったあの日から、僕の毎日は刺激的なものに変化した。

 実を言うと、職場で美歌がひたすらキーボードを叩いて仕事をしている中、僕と川俣は屋上に空気を吸いに行ったりとか給湯室でコーヒーを用意している時、セクハラをしあっていた。バレたら終わりというこの状況が、お互いに刺激的だったんだ。


 君から、今日の仕事はどうだったかと聞かれる度に、それを思い出しては返答に困って、特に何もないけど上村からの仕事が大変だったくらいかなと言うしかなかった。

 結果、おろそかになって上村に仕事を早く終わらせろと怒られたこともあったけど、そういう時は川俣が手伝ってくれたし、どうにかなっていた。

 川俣との時間、それがだんだん愛おしくなってきた僕の行動は君にまで迷惑をかけてしまっていたね。大雨で傘がなかったからと家に連れて来て、夕飯も一緒に食べることになった。それも、僕の隣には川俣を置いてね。その時だった、僕と川俣が同じ大学に通っていた話をしたのは。


「美歌、川俣は知ってるよね。実は、僕と川俣は同じ大学に通っていたんだ。偶然にも、同じ会社に就職していて、あんまり話す機会がなくて気づかなかったんだよね」


〈そうだったんだ。突然、川俣さんを連れ来たからびっくりしちゃった〉


「ごめん、ごめん、家も近所みたいだし、雨が止んだら帰るみたいだから、それまでいいかな」


〈もちろん! いつも怜士くんがお世話になっています〉


「いえいえ、うちこそ勝手に来ちゃってごめんね。二人の邪魔はしないから、うちのことは気にしないでいいからね」


「まあ、遠慮せず食べて食べて。人数分より多く作っちゃったから、いっぱい食べてくれるとありがたいな」


 食事の間は、大学の時のことを話した。振り返るエピソードが多すぎてあの時は話し足りなかったけど、話のほとんどが居酒屋に行った時のことだった。美歌は黙々と食べることしか出来なくて、会話に参加することが難しくて、三人いるはずなのに二人の世界のように感じた。

 本当に申し訳ないと思うよ。今思うとね。


 それから、川俣が家に通うようになって二人の仲も良くなっていって、僕が逆に閉め出されたみたいでちょっと不服だったけど、それはそれでいいのかなと思えて。

 嘘で固められた日常が、平穏という形で動き出した。僕はこれはこれでいいのだと、感じ始めていた。僕にとっての花が二輪、どちらも捨てられないほど愛おしく、けど胸の辺りが少し痛むような生活。

 美歌も笑顔が増えていって、幸せそうでよかったとそう思えた。


 嫌なことを知ることができたのはその時だったよね。二人が楽しくゲームをしている間に、僕は美歌の部屋を片付けていた。整理整頓が苦手な君の部屋はいつも散らかっていて、使ったままの化粧品やら朝から放置されたパジャマ、お金が落ちていたこともあったよ。

 ある程度、部屋を片付けて掃除機をかけ始めた時だった。

 突然、窓が割れて何かが僕にぶつかった。幸いにも当たり所が良くて怪我はしなかったけど、僕に当たったものは固く少し大きめな石だった。あまりにも大きな音だったから、美歌たちが大急ぎで「大丈夫?」って聞きにきたけど中には入れられなかった。

 破片が落ちているというのもあるけど、石に巻きついていた白い紙が嫌な予感を漂わせていた。


 僕は、恐る恐る御札のようにベッタリとくっついた紙を取って開いてみる。証拠は何も無い。ただそこに書かれていただけなのだけど、僕は目を疑った。そして怖くなった。


 三峰美歌を強姦したのはお前だ。


 このメッセージが誰からものなのかは分からない。ただ、これは僕のこれからを脅かす紙切れであることは間違いない。それに、僕はあの時のことを一瞬で思い出した。静電気のようにバチンッと大きな音を立てて、酔っ払っていて曖昧だった記憶が鮮明になったんだ。

 僕が押し倒し、異性に対し最低な暴行を加えた。その先に見えた恐怖に怯えた顔。膝を落とし、自然と涙が溢れてきた。酒を飲んでいないのに、頭痛もしてきて声にならない声を上げた。扉の方を見て僕は呟いた。


 美歌、ごめん。犯人は僕だ。


 酒に溺れ、目の前を歩く君に欲情して怖い思いをさせてしまった。本当にすまないと思う。謝ったところで何も解決はしないのは分かっているよ。

 僕は怖くなった。これを君に読まれたらと考えると、君に首を絞められているように呼吸が上手く出来なくなった。部屋を片付け、君にバレないように紙切れを通勤バッグの奥底にしまい込み、翌日、平然を装って出社した。

 デスクに着くなりパソコンに電源つけて、画面を見つめるだけ。思考回路は停止していた。暗くなり始めた画面、マウスに触れたわけでもないのに突然、一通のメールで明るくなった。


 上村からのメールだった。ふんぞり返って座っているあいつからのメール、だいたい仕事が遅いだのボーッとしてんじゃねえだの、僕への文句が綴られたものばかりだ。上村は、こちらをニヤニヤとしながらメールを開くのを待ち望んでいる。

 重いため息を吐き、あいつからのメールを開いてみると、いつもより短い文章がそこに綴られていた。


 三峰美歌を強姦したのはお前だ。


 ああ、そういう事か。お前が、僕たちの家に恐怖の紙切れを投げ込んだ犯人なんだな。まさか自ら自白してくるとは思わなくて、最初は驚いたけど続けざまに届いたメールに殺意を覚えた。

 僕は許せなかった。これを知っていたから、僕に余計な仕事を押し付けて自分は飲み会やらセクハラやらを楽しんで、のうのうと生きてきたことに。そして、真実を知った上で僕にばかり強く当たり、ストレス発散をしていたことに。

 影でほくそ笑むあのクズが、僕はどうしても許せなかった。クズはどこまで行っても、クズだ。あいつが悪い。これから、僕の手で不幸な運命を辿るあいつの姿が目に浮かぶ。


 秘密を握っている。だから言うことを聞け。


 添付されていたデータを開くと、当時の一部始終が流れ出した。後ろから襲いかかる僕に、抵抗する君、それを息遣いを荒くして取り続けるあいつ。終わった、と心の底から思った。

 だから僕は、あいつを殺すことに決めたんだ。殺してしまえば、動画を拡散されることも言うことを聞くこともない。

 あいつさえいなければ、全ては丸く収まる。美歌にも川俣にも迷惑をかけず、今まで通りに過ごしていける。


 これが僕の、君に打ち明ける真実だ。

 長ったらしく遠回しに書いてしまったこの手紙を、君はどういう思いで見るかはだいたい想像がつく。今更、謝ったってこの罪は誰も許してはくれない。保身のために人を殺めてしまったのだから。

 結果的に、君に迷惑をかけてしまって申し訳ないと思っている。

 改めて伝えます。

 僕、里見怜士は​───上司である上村を殺しました。

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