第13話 雰囲気
僕は元々、川俣に好意を抱いた。だけどせっかくの友情を壊すまいと、告白まではせずに勉強を教えたり相談に乗ったり、秘密をお互いに打ち明けたりする親友のような仲で留まっていた。
要するに、僕は奥手ということだ。告白するかどうかは正直、何度も迷い続けて花弁を一枚ずつちぎり捨てて女子みたいに相手が自分のことを好きか嫌いか占いもしたり、ノートに思いを書き写しては消してを繰り返してどうにかこの気持ちを抑えられないかと頑張ってはみたけど、考えれば考えるほどこの気持ちが強くなっていって、チャンスがある度にその想いを口にしようとした。
奏太と僕と川俣の三人で山へキャンプに行った時、たき火を囲んで飲み食いをしていると奏太が酒を飲みすぎて酔いつぶれてしまった。ゆらゆらと揺れる火を、僕と川俣でキャンプ椅子に身を任せて眺めていた。
辺りは静まり返っていて街の喧騒も届かない山奥、耳に届くのは木の葉の囁きとたき火の小さく弾ける音だけ。
酒が入っているからと、勢いで想いを打ち明けようとしたのだけど。
「あ、あのさ、僕、実は川俣のことがす・・・・・・」
ここで僕の思考は一旦停止する。そしてまた動きだした時には、想いとは別の単語がつらつらと口から溢れ出ていた。
「す、凄くオシャレだと思うんだ。だから今度、ファッションについて教えて欲しいんだ。そうだなー、全身コーデをしてもらうっていうのもいいかもしれない。どうかな」
「えー、めんどくさいけど・・・・・・楽しそうだから、うん! やってあげるよ!」
「ありがとう」
僕の想いは揺れていた。このたき火のように熱く燃え上がって、今にもその想いを告げてしまう寸前までいっていた。だが、迷った。直前になって、その火は不安という水に徐々に消火されて、結局口にせず終わってしまう。心配性、人間不信、いやいやただの意気地無し。
パチパチと弾けるたき火の音に紛れて、虫のさえずり声が聞こえてくる。
あいつダサいな、勇気ないね、僕にそう言っているようだった。
結果、僕は彼女のことを諦めた。想いも告げずに退いた。こんな意気地無しが告白して関係が割かれてしまうのは嫌だし、自分に彼女を幸せにする力があるのかと自問自答を繰り返し、僕は結局、川俣と奏太には就職場所を告げずに大学を卒業した。
連絡先を交換しているから、いつでも集まって遊べるし川俣との距離を少し空けることもできると思ったのだが、部署違いで同じ職場で働いていたことを知らなかった。
それに、奏太は僕が大学を卒業以前に目の前で死んでしまった。
運命とは簡単に変えられないもの。起きてしまったことは、元に二度と戻すことは出来ない。奏太が死んだこと、川俣とすぐに再会できたこと、美歌に出逢えたこと、これらは変えられない運命だったのだと僕は思う。
神様がくれた運命、僕はそれを易々と利用して生きていたのかもしれない。
雪が降り積る最中、美歌が有給休暇を使って家族と旅行に出掛けると話をしてきた。久しぶりに父親が旅行に誘ってくれたようで、旅行の準備をしているだけでもう大はしゃぎだった。寂しくないかと、美歌に聞かれたけど僕はそこは我慢をして、寂しいけど行っておいで、と優しく頭を撫でた。
「旅行はどこに行くの?」
〈ちょっとそこまで〉
「いや、コンビニとかスーパーに行くんじゃないんだから。国内、それとも海外?」
〈教えてあげない〉
「え、どうしてよ。教えてくれてもいいじゃないか。結局、何かしらのお土産で分かっちゃうんだから」
〈うん、だから言わない! お土産買ってくるから、それで当ててみて!〉
「なるほどねー、じゃあ楽しみにしとくよ」
そうして二日後に、美歌は家族と旅行に出かけた。同居していたからこそ、このぽっかりと空いた部屋に寂しさを覚えた。
美歌が旅行に行った日の夜、時計の針は十一時を刺していた。僕は、仕事終わりに缶ビールをコンビニで買ってこの寂しさを埋めよう。そう思い、近所のコンビニに立ち寄ると偶然にも川俣が普段着で買い物をしていた。
「あれ、川俣?」
「あ、里見じゃーん。その格好は、今の今まで仕事してた口だね。お疲れ様ー」
「軽いな、相変わらず。というか、ジャーキーにビールってこの時間から飲むつもりか?」
「いや、里見もビール持ってんじゃん」
「い、いつの間に」
「これは自分の意思じゃないってか、面白っ」
この茶化される感じは大学の頃から変わらず、社会人になってからは話すことも減り、それが懐かしくも感じる。川俣に馬鹿にされて笑われて、僕も言い返してお互いに笑い合う。大学の頃なら出来ていたそれも懐かしく、僕はまたあの頃に戻りたいと思ったんだ。
そうしたら、僕と美歌の家に川俣の姿があった。僕が良かれと思って誘った。川俣は乗り気で、どうせ一人で飲むくらいならと誘いを受けた。
「へえ、意外と綺麗な部屋に住んでんじゃん。テレビも大きいし、キッチンもうちのより比べたら広いじゃん。里見のくせしていい部屋に住んでるわ。腹立つ」
「別にいいでしょ。僕が住みたい部屋に住んでるんだから、川俣に何を言われようが僕には関係ないことだ。それに、川俣もそういう部屋に住めばいいだろ? 僕と比べても給料は変わらないだろ」
「あー、無理無理。ネイルにリップ、可愛い服に友達と飲みに行ってたらお金ないって。しかも料理なんてしないから、コンビニと出前と外食、それで済ませてる」
「そうなんだ」
これ以上の話が思いつかなくて言葉に詰まった僕は、彼女をリビングの椅子に座らせて買ってきたビールをテーブルに置き、つまみになるものがないかと冷蔵庫を漁った。
ちょうど残っていた美歌の大好きな魚肉ソーセージとほうれん草、卵を使った簡単な炒め物を作ることにした。それをテーブルに用意するなり、川俣は目を見開いて「里見って料理出来るの?」なんて言うもんだから、鼻を高くしてできるに決まってんだろと豪語した。
川俣は、悔しそうにビールを開けて勝手に飲み始めた。
「おいおい、まだ準備できてないのに勝手に始めるなんて酷くないか?」
「はあ? 料理男子を見せつけられて黙って悔しい思いをするほど、うちはヤワな女じゃないんで」
「全っ然、意味わからないんだけど」
「いいからいいから、映画でも勝手につけとくからー。あ、これうち好きなんだよねー」
アクション映画なんて勝手につけて、他人の家を自分の家のように過ごして、そんな適当な彼女でも、こうして家にいてくれるだけで美歌がいないがらんとしていた部屋が埋まった感じがして、僕の心の隙間も埋まって寂しさなんてとうになくなっていた。
それからは、二人してビールを片手に映画を見ながら笑い飛ばしていた。コメディを盛り込まれたアクション映画は、終始面白い場面ばかりで腹がよじれるほど笑いが絶えなかった。
明日も休みということで、僕たちは二戦目に突入した。まだ酔い足りないと酒も追加で買ってきて、適当に手に取ったラブロマンスをつまみに飲み始めた。
海外映画である故に、性描写が過激でロマンチックで美しく僕からしたら芸術のように思える。
「僕、日本のより海外のこういうシーンの方が、好きなんだよね。お互いの気持ちがしっかり交わってるようで想いの丈をぶつけているみたいで───、って聞いてる?」
隣に座る彼女は、こちらに顔は向いているが表情筋がとろりと緩み意識は別の方に向かっている感じがした。飲み過ぎだ。缶ビールなんて彼女は六缶も開けていて、さっきから食べ物を口に入れず飲むことに集中していた。
吐くのか、寝るのか、僕は大丈夫かと身構えた。そんな僕に川俣は顔を近づける。
映画は、二人の愛を確かめるシーンにまた突入した。付き合って三年目の記念日というのに、浮気だなんだと口論をし始めていた。
男が浮気をしていないというのだが、女は証拠があると写真を突きつけた。写真には、若い女性と仲良く歩く男の姿が写っていた。だが、男はそれを見るなりため息をついてバレていたのかと自白した。
すると、男は立膝をつきズボンのポケットから取り出したものを女に差し出す。小さな箱、女はそれを手に取り蓋を開けると、中には美しく光るダイヤのついた指輪が入っていた。
結婚してくれと男が言うと、女は涙が溢れ出し顔を両手で覆い隠す。男は立ち上がると泣いている女性を抱き締めて、優しくキスをした。
柔らかでしっとりとした唇、若干のビール臭さが否めないが、これはこれで悪くない。僕も夢中になって大学の時の想いの丈を彼女にぶつけた。
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