第10話 後悔
「なあ、怜士、こいつ紹介するよ。俺の後輩でお前の同期、お前みたいに周りを寄せつけないただのバカ」
「ちょっと、バカって何? うちはバカでもなんでもないんですけど、ただ勉強が苦手なだけの大学生ですけど。うち、川俣あいか、よろしくね」
「あ、うん、よろしく。里見怜士です」
「こいつ、サークルに入ってるんだけど友達いなくてさ。酒飲むと超がつくほど面倒で、この前なんか女子高生に絡んでさ。警察が来る一歩手前までだったんだよ」
「え、まじ? こんな根暗そうなのに肉食系なの? ロールキャベツってキャラにも見えないし、ただの陰キャじゃね、陰キャ、ギャップマジパないんですけど」
彼女の発する言葉に、僕はついていけなかった。立派な大学生とは言わないけど、そんな言葉は勉強したことがない。どういう意味かと尋ねると、彼女も分かってなかったのかぼやかして、とりまよろしく、と話を終わらせた。
金髪に染めていた川俣あいかは、今となっては黒髪の真面目で仕事も出来る社員、あの頃がとても昔のように思える。
「ねえ、そういえば、うちらの秘密ってまだバレてないの? 三峰さんに」
「秘密? なんかあったっけ。僕たち、そういう秘め事をするほど親密な仲でもないだろ」
「じゃあいいってことか。三峰さんに過去に犯罪を犯してしまったってことを話しても、別に平気ってことだよね」
あ、そうか。そのことは確かに、川俣に相談していたっけ。僕が以前、酔いに任せて行ってしまった最低最悪な犯罪。なにを隠そう、僕は酒の勢いとはいえ、レイプ犯なのだから。
その事実を飲み込むようにして、強制的に頼まれたビールを飲み干した。消えることはないとしても、今はそれを忘れたかった。変な時に思い出させるなと嫌な気持ちがそうさせて、僕は続いて二杯目を飲み干した。
「うそうそ、話さないに決まってるじゃん。だって秘密にするって約束したし、私、約束はしっかり守るし」
「うん、信用しているよ。あの時も言わないでくれたもんな」
彼女は、約束と言葉に滅法弱く口が堅い。勤務中に休憩時間ではないのに、僕が屋上で携帯をいじってサボっているところを彼女に見られたことがある。ちょうど暇つぶしに、屋上で社員で育てているサボテンに水やりをしに来ていた。
「里見、もしかしてサボり?」
「焦った、川俣か。うん、上村が嫌だから少しでも顔を見ないようにって、あいつからの嫌がらせみたいのが精神的なダメージを蓄積していくんだよ。あんな上司の顔見るくらいだったら、僕はここでサボテンを眺めながらサボっている方が楽だからね」
「サボテンだけにサボってるの?」
笑われたよ。つまらないなんて言いながら、腹を抱えて大袈裟に笑うくらいなら上村のオヤジギャグにも反応してやってくれ。肩を持つわけじゃないけど、オフィス内の空気が重くてしょうがないんだ。そういえば、この時に川俣が言っていたな。話していて思い出したのだけど、僕がじっとサボテンを眺めていたらこんなことを言っていたな。
「サボテンの花言葉って、枯れない愛、なんだって」
「へえ、川俣でもそういう花言葉とか知ってるんだな。てっきり興味ないものだと思っていたよ」
「失礼だなー、うちも一応レディなんだから、花言葉のひとつやふたつ知ってます。でも、枯れない愛って素敵な言葉だよね。こんなトゲトゲしいのに、ロマンチックだと思わない?」
三拍子くらいあけて頷いて、ロマンチックだなんて川俣の口から出るなんて思いもしなかった。ノリの良く言いたいことだけを言って満足して、でも人の気持ちを考えられるギャルの印象しかない彼女の口から「ロマンチック」。笑ったら負けだと思って、声を出したら笑い声も漏れてしまうと思って、その時は頷いて誤魔化したけど。
美歌からサボテンの花言葉を聞いた時、どこか知っているように思えたのは川俣のせいか。自然にドキドキしちゃったよなんて言って、僕は鼓動を早めていた。
川俣の時はどうだっただろう、そこまで緊張も何もしなかった気がする。その頃には彼女への興味はなくなっていたんだと思う。今となっては大切な友達というのだろうか。
「ちょっと、里見聞いてんの? おーい」
「ご、ごめん、何の話だっけ」
「上村がウザいって話! もうちゃんと聞いてろよなー」
酒が回って思い出にひとり浸ってしまった。川俣に頬を軽く叩かれて、居酒屋へと意識が戻る。ももの塩を片手に何を呆けてしまっていたのだろう、話を戻さなきゃ。
・・・・・・あれ、何の話をしにきたんだっけ。
まあ、いいか。
上村の話題になって、僕たちは愚痴をずらりと並べ始めた。小さな本棚に並べられた一冊ごとに、上村に対しての怒りや不安、不平不満が綴られていてビール三杯どころじゃ語り尽くせなかった。コーヒーを片手に優雅に読書するなんて綺麗なものじゃないけれど、ビールを片手に放たれた愚痴は口の中に入ったものとともに飛び交った。
「あいつは人に仕事を押し付けるだけで、自分は何も手をつけていないのに偉そうにダメだ、ダメだと文句ばかりふざけんな」
と最初に吐露したのは僕だった。
彼女もそれに乗っかって。
「気持ち悪い見た目してセクハラしてくるし、典型的なキモオヤジだから触られるだけで身の毛がよだつ。なんか体も毎日洗ってないんじゃないかってくらい匂いがきついし、ペコペコ頭を下げてるうちらがアホらしくてしょうがない」
愚痴は止まらず、酒が進みつまみで頼んだ枝豆の抜け殻も皿の上で積もりに積もっていた。途中に大学時代の話もしたけど大体は奏太の話で、これまた突拍子のない奏太の行動に対しての愚痴が飛び交った。
映画行くから車に乗れと言われれば車内上映を楽しみ、迎えに来たと連絡があればインターホンではなく窓に小石を当てて合図をする。連絡を入れてくれてるからわかるというのに、青春漫画かよなんて思ったりもした。
奏太に引っ張られっぱなしの大学生活だけど、それなりに楽しめたとお互いに話を着地させた。
「奏太が死んでいなければ、今もここにいたのかな」
ふと彼女が口にした言葉で、僕はビールを飲む手を止めた。目の前で奏太の死をみた。あの日からあの光景を思い出す度に悔しくて、悔しくて、どうしてあの時、奏太が死んで僕が生き残ってしまったんだ。奏太と川俣と三人で撮った写真を眺めては涙が溢れてくる。
僕には大きな傷となった出来事だった。
「川俣、その話はやめてくれ。奏太の話をする時は楽しかった思い出だけで、事故の話はやめてほしいんだ。思い出すだけで吐き気がする」
「それは酒のせいでしょ。あれさ、あんたは本当に何も覚えてないんだよね。どうしてあんな事故が起こってしまったのか」
「覚えているわけないだろ? 僕は後部座席でぐっすりだったんだから、それに、奏太も飲酒運転なんて無茶なことをするから」
あの日、僕と奏太は、何杯も酒を浴びるように飲み続けて車に乗った。話す内容は下ネタばかりで馬鹿なことしか言わず、千鳥足で車に乗ったのをよく覚えている。
いつものように任せろと、奏太はエンジンを得意げに掛けてハンドルを握りアクセルを踏んでいたけど、本当は無茶だったんだ。泥酔状態で運転なんて。
走馬灯のように、事故のことを思い出し始めると頭痛が襲ってきた。
「変なんだよね」
川又がジョッキに残るビールを回しながら、不思議そうに中を見つめていた。
「何が変なんだよ。どこも変なところはないだろ? 里見怜士と畑野奏太は泥酔して、そのまま飲酒運転を行い事故を引き起こし片方だけが亡くなった。これは僕たちの消せない後悔なんだよ」
「いや、変だよ。だって─────」
奏太はあの日、一滴も酒を口にしていないもん。
僕は、彼女の言葉に息を呑んだ。
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