第39話 終章① 『事後報告』

 犬塚冥夜が目を覚ましたのは見覚えのある真っ白な天井だった。

 そこが地獄の番犬ケルベロスお抱えの病院の一室だと気付いたのは割とすぐだった。

 「目を覚ましたかね?」

 隣には本を見ながら丸椅子に腰を掛ける『フィーア』の姿があった。

 「………………俺はどうなったんだ?」

 意識が途切れる寸前、クルトガの『パルティンの十字架』によって強制的に現世へと放り出されたのは覚えているのだがそこからの記憶は全くない。

 「冥夜、落ち着いて聞いてくれ」

 いやに真剣な表情で『フィーア』が改まって言い始める。

 「実はな、お前が眠って五百年の時が流れたんだ」

 「嘘つけ! 俺は浦島太郎か。嘘つくならもっと短くしろよ」

 ノリが悪いな、と『フィーア』は唇を尖らしていたがつまらなさそうに本の続きを読み始め、そのついでに事の顛末を語りだした。

 どうやら冥夜と彩羽の二人が『辺獄』から脱出した際に地獄の番犬ケルベロスに無事に保護されたらしい。

 学校にいた教員生徒連中も表向きには集団昏睡事件として処理されたようで怪我人はいるものの、軽度なものでその殆どが冥夜やシャトラによる暴行で怪我した者が多いようだった。

 校舎の破壊については色々と口裏を合わせていたらしく学校は現在修繕中で黄金週間ゴールデンウィークを明けた頃には何もかもが元通りだと『フィーア』が言っていた。

 「彩羽は?」

 「無事だよ。キミが眠っている間『アインス』と『ドライ』が交代で警護に回っている―――――――何度も病室に来てはキミが目を覚ますのを待っていたんだ。一応無事だという事を連絡でもしてあげたらどうだね?」

 一先ず安心した、と冥夜はようやく落ち着く事が出来た。

 この数日でいろんな事が起きすぎて最近ロクに眠れていなかったのもあった為かどうにも疲れが取れなかった。

 「あとで連絡する―――――――っつか今気付いたんだけど俺の腕は?」

 起き上がろうとしたが右腕に違和感、つまり義手が取り外されていたらしく上手く起き上がる事が出来なかった。

 「そうそう、その事で冥夜、キミに説教しなければならない」

 珍しく『フィーア』は怒っているようだった。

 ヤバい、そう思ったが冥夜は動く事もままならない。

 「仕方がないとはいえ『失われし古代技巧ロスト・エンシェント・マギア』を―――――――特にその『戦機の籠手デモンズガントレット』を連続使用するのは控えるように言っていたはずだよ。それは威力こそあれ身体への負担が大きすぎる。しかもまだ『戦機の籠手』用に改造をしていない特殊弾丸を使用してまで無茶をして…………使?」

 冥夜は黙り込んだ。

 『戦機の籠手デモンズガントレット』―――――――冥夜が扱う『失われし古代技巧』の中で切っても切り離せない身体の一部になっている武装。

 特殊な薬莢を装填し戦闘に使う、そこまでは従来の物と同じなのだが、使用する薬莢が少し違う。

 『ヴェヒターシュタール』や『シュバルトブリッツ』に使う特殊弾薬は威力こそ高いが媒体にしている武器の強度によっては破損しやすいという難点がある。

 対して『戦機の籠手』は特殊中の特殊な薬莢『魔弾』でなければならない。

 他の『操影弾』や『炸裂弾』が使えない、のではなく威力や連続使用などが困難になる為、身体に負担が少ない『魔弾』を使用するよう注意していたのだが、使使

 それは最早自殺行為に等しい行動だ。

 「もう一度聞くが、何故そんな回りくどい事をしたんだ? 『戦機の籠手』を使うなとは言わない。アレは最終手段として使用は許可はしたが『魔弾』を使えばもっと楽に事が運んだはずだ」

 確かに、と冥夜は思った。

 『魔弾』は危険性リスクが低い。

 『戦機の籠手』との相性も抜群だ。

 人外との戦闘ではこちらを使う方がよかっただろう。

 だが、

 「俺はクルトガを生かして帰したかった。でもってシャトラの前で謝らせるって勝手にアイツと約束したんだ―――――――そんな相手なのにあんなモン使ってみろよ? どうなると思う? 多分オッサンを連れ帰るどころかバラバラにし兼ねなし、そもそも俺は殺戮兵器になるつもりはねーって言っただろ」

 そう、

 戦闘に勝つだけなら楽な方を選ぶ。

 だが今回はそうはいかなかった。

 人を殺す為に『フィーア』に改造してもらったわけではない。

 あくまで彩羽を護る為にしているのだ。

 そこは冥夜にも譲れない境界線ボーダーラインだった。

 だが結果はどうだ。

 クルトガを助けようとした結果救う事が出来ず逆に助けてもらったのだ。

 一人では出来る事が少ない。

 どうしても後悔が先立ってしまう。

 そんな冥夜の様子を見て、

 「そうか」

 と『フィーア』はそう呟き本をそっと閉じた。

 「って怒らねーの?」

 正直説教はもっと続くと思っていたが以外に早く終わったので肩透かしを食らったようだった。

 「何がだい? 私は言ったはずだ。とね。どの選択肢もキミ次第だ。それを見せてくれれば私は全力でキミを、そして彼女をサポートすると取引したはずだよ」

 そう言って『フィーア』は病室を後にしようとした。

 「あ、そうだ」

 思い出したかのように振り返り、

 「例の修道女シスターさんね、彼女も無事だよ。キミより回復が早いのは流石というべきか何と言うのか…………まぁそこは安心したまえ。キミはクルトガ・ティエットを救う事が出来なかったと悔やんでいるようだが、救った人はいる。その事を忘れないように」

 それだけ言うと今度こそ『フィーア』は病室を後にした。

 「――――――――――――――ちぇっ」

 短く舌打ちをするとそのままベッドに横になり瞳を閉じた。

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