第37話 五章⑤ 『終戦』

 「〝十字架は亡者を弔う為にその存在意義を示す〟!!」

 クルトガは声高らかに宣言し、地面から無数の十字架がその姿を現した。

 その光景は墓場そのもの。

 十字架が墓標のように突き出し冥夜を襲う。

 「ッ、らぁッッッ!!」

 冥夜も負けずと拳を地面に叩きつけ十字架の墓標を破壊する。

 校庭は荒れ果て十字架の残骸や血飛沫で赤く染まっている。

 だが二人は止まらない。

 お互いが負けられない〝信念〟を背負っている。

 「ふっ!」

 冥夜が近付いた時に蹴りを繰り出す。

 しかし、冥夜の足はクルトガに届くことは無かった。

 「

 全身が水に浸かったように重く感じ、動きを鈍らせた。

 「なッ!?」

 「〝十字架は異端を嫌い遠ざけるッ〟!!」

 驚く間もなくクルトガの手にしていた十字架の杖が伸び冥夜を突き放した。

 不意を食らった冥夜は咳込み膝を地面に着ける。

 「くっそ! ダンタリオンの『命令入力コマンドオーダー』も使えんのかよ!?」

 ダンタリオンの時ほど『命令入力』の効力は無いが、それでもこの命のやり取りの最中に動きを鈍くさせられるのは危険だ。

 ダンタリオンが表に出ていた時は『パルティンの十字架』は上手く扱えず、その代わり『命令入力』の効力は段違い。

 対してクルトガが表に出ている時は『命令入力』の術式は効力が薄く、その代わり『パルティンの十字架』の扱いが流石に上手かった。

 二人で一つ。

 これほどこの言葉を体現している者はそうはいなかった。

 「(どうする!? 正直今のままじゃ勝ち目が薄い! このまま撤退―――――はねぇな。さすがに逃げる力も残ってねぇし、なにより!!)」

 頭をフルに回転させる。

 先ほどまでのやり取りを思い出す。

 クルトガの違和感のある言動や行動。

 そして、

 「〝十字架は聖人を晒し丘の上に処刑台を創る〟!!」

 グイ、と冥夜は

 後ろを振り向くと彼の背後には彩羽が磔にされているような大きな十字架が聳えている。

 「や、べぇッ!?」

 重力に逆らいながら十字架に吸い込まれるように引っ張られる。

 そんな中、悪足掻きで義手に薬莢を装填した。

 そしてそのまま地面に拳を叩きつけ土煙を巻き起こす。

 しかし、

 「無駄だよ―――――これで、終わりだ」

 クルトガの無慈悲な声は全てを悟ったかのように閉じていた。

 彼の宣言通り、土煙が風に流されたあと、巨大な十字架に冥夜は磔にされていた。

 真っ赤な世界はまるで沈みゆく夕日のように十字架に磔られている冥夜を染めている。

 クルトガはゆっくり、ゆっくりと冥夜に近付く。

 手には十字架の杖が大きな杭に変わっていた。

 「言ったであろう? この十字架はとある聖人が処刑された際に心臓を杭で貫かれた、と」

 冥夜は忌々しい表情で呟く。

 「―――――それが『パルティンの十字架』の本当の能力のろいってか? あれだけ喋っててまぁよく本命を隠せたもんだな…………食えねぇタヌキだ」

 強がるがその場から抜け出せない。

 手足を動かそうにも縛り付けられたかのように動く事は敵わなかった。

 「なに、嘘は付いていない。何故なら―――

 クルトガの表情は読めないが、口調から察するにあまりいい感情は抱いていないようだった。

 「これ全部? はっ、何が神のご意向だよ。胸糞悪い」

 悪態を吐くが脱け出せない以上この後の冥夜の未来ビジョンも見えてくる。

 会話で先延ばしにしようとするがクルトガの射程圏に入っている。

 「さて――――最後に何か言い残したことは?」

 「優しいねぇ…………ならもう一回言ってやる。地獄の番犬おれらを舐めんなよ。首だけになっても食い潰してやる」

 ニッと不敵に笑うと短く「そうか……」と呟き、

 冥夜の心臓目掛け十字架の杭を突き立てた。

 「良き永眠をエイメン―――――」

 冥夜は答えない。

 ただ静かに杭が突き刺さった箇所から血が流れ落ちるだけだった。

 そう、

 

 「な―――――に?」

 気付いた時には冥夜の身体は風船のように膨れ上がり、パンッ! と破裂する。

 黒い小さな球体がまるで散弾銃のように飛び散りクルトガの身体を貫く。

 「ぐっ、がァァッ!?」

 何が起きたのか理解が追い付かない。

 「『操影弾シャドウバレット』と『炸裂弾バーストバレット』の合わせ技、付け焼き刃の苦肉の策にしちゃあ上出来だ」

 カシュン、と銃弾を装填する渇いた音が声と共にクルトガの背後から聞こえた。

 振り向くとそこには冥夜が腰を落とし拳を握りしめている。

 そして反対の左手にはいつ取ったのか純白の十字の杭が握られていた。

 「体育館でオッサンが襲撃した時のを持ってた。これをオッサンに突き刺した時に?」

 最初に対峙した時、冥夜が反撃すると同時にこの純白の十字架の杭を突き立てた所クルトガの傷口が焼け爛れたのを覚えていた。

 この『パルティンの十字架』は元々〝聖堂教会〟の所有物。

 聖遺物と呼ばれる対悪魔用の兵器なのだ。

 「う、お、あああああああああああああァァァァァァァッッッッ!!」

 冥夜は杭を突き立て、義手の拳をありったけの力で握り締め十字架の先端部分を思い切り殴り付けた。

 杭はクルトガの身体を貫き、

 「あ」「がァッ」「―――――」「ぎぃやぁぁぁぁッッッッッ!!」

 咆哮にも近い雄叫びが辺りに響き、クルトガの身体から黒い靄が浮かび上がる。

 咄嗟に〝それ〟がダンタリオンだと理解した冥夜は倒れゆくクルトガを無視し靄を掴む。

 「ま、」「待てっ」「―――――」「取引」「しようじゃ」「ないか!!」

 「あ?」

 冥夜が力を少し弛める。

 話を聞く気になったと安心してか、ダンタリオンの口調は早口になっていく。

 「ダンタリオンは」「知っている」「お前と」「あの娘が」「」「」「」「!!」「」「」「」「!!」「この」「叡智の」「悪魔が」「今度こそ!」「完璧に!!」「あの男の」「娘よりも」「」「!!」

 ダンタリオンの言葉に冥夜はふっ、と笑みを溢す。

 落ちた。ダンタリオンは確信にも近いモノを感じた。

 「なぁダンタリオン」

 冥夜の声はどこまでも凪のように落ち着いていて、

 ギリギリと機械音がダンタリオンを締め付けるように義手に力が籠もる。

 「な――――ふぐゥッ!?」

 「お前、もう喋るな」

 確かに、冥夜の両親と彩葉の母親は死んでしまった。

 もう生き返らないし、もしそうなったとすれば

 何より、



 



 「あと、『魔界むこう』で悪魔共おなかまに言っとけ―――――俺がいる限り、彩葉には指一本触れさせねぇってな」

 薬莢を装填する。

 もうこれで全てを終わらせるつもりだったが、ダンタリオンは諦めてはいない。

 「く―――」「命令入力ッ!」「クルトガ・ティエット!」「この小僧を!」「始末せよッッッ!!」

 意識が朦朧としていたクルトガの身体がピクリと動き十字架の杖を振りかざしながら冥夜に突進してくる。

 その姿は先ほどまでの凛々しい姿とはかけ離れておりただ命令のままに動く人形のようだった。

 だから、

 冥夜は靄になったダンタリオンを地面に叩きつけそのまま拳を振るう。

 叫ぶ間もなく霧散したダンタリオンは消滅しそのまま冥夜へと向かってくるクルトガと対峙する。

 「今のは俺と彩葉、それに悪魔テメェなんぞに良いようにされた学校のみんなの分―――――で、これが」

 ギリリと限界を迎えた拳を今一度強く握り締める。

 「シャトラとアシェア二人の分だ!! 受け取っとけ、こンのクソ親父ッッッッッ!!」

 冥夜の拳とクルトガの十字架の杖がぶつかり合う。

 衝突した瞬間十字架は粉々に砕けカウンターで冥夜の拳がクルトガの顔面に突き刺さる。

 そのまま勢いに任せ数度地面を転がりクルトガ・ティエットは今度こそ動かなくなった。

 最後に残った冥夜は力を抜き倒れたクルトガを見つめた。



 「オッサン、多分アンタのその感情は間違っちゃいねーよ。ただ方法が間違ったんだ―――――越えちゃならねぇ一線を踏み越えた。それがアンタの敗因だ」



 静かに、それだけを溢すように冥夜は呟いた。

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