第36話 五章④ 『失われし古代技巧――ロスト・エンシェント・マギア――』

 無数の十字架の杭が冥夜を目掛けて飛来する。

 「命令入力ッ!」「黒白こくびゃくの十字架の杭よ!」「犬塚冥夜目掛け!」「縦横無尽に!」「飛来せよッッッ!!」

 ダンタリオンの術式『命令入力』を受け生き物のように不規則に飛ぶ杭は致命傷を与えようと穿ちに行く。

 しかし、

 「う、オオオオオオオオオオオオオオオッッッッッ!!」

 その杭全てを機械仕掛けの腕が叩き落としダンタリオンとの距離を詰めた。

 そして、蒸気を吹き出す冥夜の右腕はダンタリオンの顔面に吸い込まれるように突き刺さる。

 「が、」「ふゥッッッ!?」

 凄まじい衝撃に思わずダンタリオンは地面を転がっていく。

 「な」「何が」「起きた―――――?」

 踏み込む速度、拳の威力、その全てがダンタリオンにとって初めての経験だった。

 何より、

 「はぁァァッ」

 冥夜の戦い方は人間と言うより獣―――――いやそれ以上の〝何か〟だった。

 「その」「馬鹿げた」「力は」「―――――まさか!?」「失われし古代技巧ロスト・エンシェント・マギア」「なのか!?」

 冥夜は答えない。

 それが返答と言わんばかりに機械の拳をギリギリと音を立てながら力を込める。



 ―――――『失われし古代技巧ロスト・エンシェント・マギア』。

 探求の魔女フィーアが失われた古代遺跡から発掘した技術の数々。

 冥夜が使っていた『ヴェヒターシュタール』や『シュバルトブリッツ』も同じ技術で造られており、その中でも冥夜の身体の六割はその技術によって改造されている。

 鋼の義手と義足はエーテル粒子と呼ばれる物質―――つまりのだ。

 先日彩葉を襲った影使いの影を掴む事が出来たのもこの技巧によるものなのだが、詳しい原理などはまだ不明な点が多くこれを加工し兵器に改造して扱えるのが現在は『フィーア』のみと言うのが現状だった。



 義手に特殊弾丸を装填し冥夜は吹き飛んだダンタリオンへと距離を詰めその拳を振るう。

 「命令入力ッ!」「犬塚冥夜はッ!」「身体機能をッ!」「停止せよッッッッッ!!」

 しかし冥夜は止まらず大気を揺らすほどの轟音と共に拳を振り抜く。

 「ごべ」「ぎゃらぶぅッッッッッ!?」

 肺から空気が抜けたような悲鳴を上げダンタリオンは地面を滑っていくように転がる。

 「無駄だダンタリオン。テメェの『命令入力』はもう通用しねぇ。さっさとこの鬱陶しい術式を解け」

 紅く光る冥夜の視線は鋭さを増している。

 「お、」「のれェェェェェッッッッッ!!」「ダンタリオン。私が変わろう」

 厳かな声は威圧するように表へと出てくる。

 クルトガ・ティエット―――――悪魔に魅入られた悲しい男の瞳は暗く濁っている。

 「驚いたよ少年。バエルだけでなくダンタリオンまでも圧倒するとは」

 「褒めても何も出ねぇよ―――――それよりも、?」

 その言葉はシャトラとアシェアの事を指していた。

 肉体が滅び魂だけの存在となったアシェア・ティエット。

 そして肉体はあれどなかみが空っぽだったシャトラ・ティエット。

 どちらも同じようで違う存在の二人。

 そして、そんな二人の父親でもあるクルトガ・ティエット。

 この悲しい関係を知ってなお、悪魔に荷担するのかと冥夜は言った。

 「…………聞いていた」

 「なら―――――――」

 しかし、とクルトガはハッキリとした口調で言い放す。

 「?」

 目は未だ暗いままだ。

 光を宿すことはない。

 「ダンタリオンとはいずれ決着はつける。今はこの娘を使ってアシェアを取り戻す。なんならこの力を使い世界を変えることすらも厭わんよ」

 その言葉に決意は揺らがない。

 そう、

 ならば冥夜もこれ以上は何も言わない。

 薬莢を義手に装填し蒸気を吹かしながら拳を構える。

 「〝黒鋼くろがね式〟『鉄槌戦機てっついせんき』犬塚冥夜―――――俺が命を、信念を掛けた〝戦名〟だ。名乗れよオッサン」

 「〝聖堂教会〟『異端審問官ジャッジメント大隊長司教クルトガ・ティエット―――――いいだろう、この名を魂に刻み、そして沈め」

 クルトガの手には十字架のロッドが握られている。

 この名は戦闘において絶対に退けない勝負時に名乗り上げる作法だ。

 これでお互いに退けない。

 いや、退

 どちらかが倒れるまで戦うという覚悟の表れ。

 二人の間に言葉はもうない。

 ジリジリとにじり寄る。

 「ッッッ!!」

 先に動いたのは冥夜だった。

 ガゥン! と爆音を轟かせ一直線にクルトガへ突っ込む。

 不意を突かれたのか、クルトガが動く様子はない。

 だが、

 「〝罪を裁く十字架は民衆の面前で晒される〟」

 その言葉と共に冥夜の目の前に石の塊が飛び込んでくる。

 それは石、ではなく十字架の先端だと気付いた時には冥夜の腹に十字架の先端が突き刺さる。

 「ご、ばぁッ!?」

 肺に貯めていた空気が吐き出される。

 カウンターで食らった攻撃は冥夜の攻撃の勢いを完全に殺してしまった。

 「〝悪罪の感情は十字架の前では虚無に等しい〟」

 その言葉と共に今度は無数の小型の十字架が天に浮いていた。

 そして、一斉に雨のように降り注いでくる。

 「く、そがッ!?」

 冥夜は頭を守りながら走り回る。

 応急処置をしているとはいえバエル戦ですでに満身創痍なのだ。

 満足に動けるはずもなく数発は被弾してしまう。

 「〝罪を裁く十字架、悪罪の十字架はあぎととなりて喰い裁く〟」

 追撃で上下から十字架が冥夜を襲う。

 「鬱陶しい!!」

 冥夜が叫ぶと蒸気を噴き上げながら拳を振り上げ、同時に義足を地面を踏みしめるように叩きつける。

 ぐしゃり、と音を立て粉々に砕かれた十字架の残骸から冥夜は抜け出す。

 だが、もう体力が限界を迎えているのか既に肩で息をしている状態だった。

 「(あの十字架の攻撃、ダンタリオンの奴が使ってたよりもバリエーションが豊富になってやがる………………つか攻撃のタイミングが全然掴めねぇ)」

 「思案しているようだが無駄だよ―――――この〝聖遺物〟『パルティンの十字架』の前では考える間もなく安らかな眠りにつける」

 聖遺物?

 パルティンの十字架?

 聞き慣れない単語を並べられて余計に混乱が生じる。

 「聞き慣れないかな? それもそのはず、概念武装の先にある更なる魔を滅する武装、聖人が残した遺物―――――それが『聖遺物せいいぶつ』だよ」

 「はっ、良く喋りやがる。俺にそんなヒントを与えて負けた時の言い訳にでもすんのか?」

 少しでも早く体力を回復したいので助かるが、このタイミングで自分の手を明かす理由が冥夜には分からなかった。

 「なに、少し気まぐれをね。聖遺物は我ら〝聖堂教会〟が所有する最高峰の武装でね、私を含めた枢機卿以上の者にしか手にすることが出来ない代物だよ」

 つまり、相当な実力者が扱ってこその武装だとそう言っていた。

 「まぁ宗教制度が薄いこの国ではあまり馴染はないだろうな……では〝罪を裁く十字架は民衆の面前で晒される〟」

 そう言うとクルトガの足元から

 植物が育つようにニョキニョキと。

 まるで墓標のように。

 「私の聖遺物『パルティンの十字架』―――――本来、十字架の役割は何だと思うかね? 宗教によっては十字架の形は千差万別でその流派の象徴シンボルでもあり、その宗教の墓標の為の物でもある。我が国にとある聖人がいた。その聖人は数々の悪魔を退治し武勲を上げ民衆に慕われていた。しかしある日その聖人えいゆうは処刑されることになり十字架に磔られ心臓に杭を打たれ処刑された―――――それが悪魔の復讐とも知らずに民衆は感化されその聖人を勝手に〝悪〟とされ罵った。そんな彼の無念が形になり、事象すらも捻じ曲げる力を得たのがこの『パルティンの十字架』と言うわけだ」

 話を聞いている限り中世の魔女狩りのようなモノを想像した冥夜。

 しかし最早それは、

 そんな彼の考えが理解できたのか、クルトガは皮肉を込めて嗤った。

 「考えられんか? だがそれが我が国の実態だよ―――――異端者は全て処刑、それが〝聖堂教会〟では日常なのだよ」

 そう言ったクルトガはどこか寂しそうな表情をしていた。

 何か引っかかるモノを感じながらも冥夜は息を整える。

 「ありがと、長ったらしい説明で何とか回復できたわ」

 「礼には及ばんさ。どのみち勝つのは私だからな」

 否定は出来ない。

 時間が足りないのもあるが冥夜に装着されている義手と義足が熱を持ち始めた。

 可動にもそろそろ限界が来ている。

 「貴様の『失われし古代技巧ロスト・エンシェント・マギア』もどうやら限界のようだな。この『辺獄リンボ』の入口をこじ開けるのにも使ったようで接続部分が焼け爛れているぞ?」

 図星だった。

 威力は申し分ない代わりに使い勝手が非常に悪いのだ。

 本来ならばもっと早くに限界を迎えていたのだが、冥夜の肉体の六割はその『失われし古代技巧』の人工内蔵なのでまだ動けている。

 だがそれでも使える燃料エネルギーには限界がある。

 それを踏まえて冥夜は笑った。

 「へっ、限界は一緒だろうがオッサン。気付かれてねぇと思ってんのか? 身体ン中ボロボロだぞ? さっきダンタリオンの奴ボコボコにしたからな!!」

 事実、クルトガとダンタリオンの肉体は共有されている。

 今は表立ってクルトガの肉体だがそれでもダメージは蓄積されているのだ。

 「なるほど―――――目はいいらしい。つまりお互い、とうに限界が来ているというわけだな」

 クルトガはその事を隠そうともしない。

 引っ掛かる部分はありつつも冥夜は義手に薬莢を装填する。

 「お互いが限界」

 「使う武器も能力も知られている」

 二人の間に言葉はもういらない。

 手の内は出し尽くした。

 「あとは」

 「最後に立っていれば」

 これが最後になる。



 「「立ってた奴の勝ちだ!!」」



 これは最早〝意地〟のぶつかり合いだった。

 距離を詰め二つの影が交差する。

 決着は、近い。

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