第35話 五章③ 『追憶③』
犬塚冥夜は幼い頃、十年前に瀕死の重傷を負った。
それは右腕と左足の膝から下、眼球の損傷、鼓膜も破れ内蔵に至っては四割ほど欠損し、まさしく死に体そのモノだった。
しかし少年は生きていた。
いや生かされたのかもしれない。
両親と冥夜、それに神代彩葉とその母親の五人が旅行先へと向かう道中の事だった。
不運な事故に巻き込まれ両親は冥夜を庇うように息を引き取り、同時に彩葉の母親もこの世を去った。
そして、
彩葉は無傷で無事に保護され一人残された冥夜は七日間の地獄を孤独に生き残っていた。
無明無音の世界で少年だった冥夜は世界を恨んだ。
何故自分が?
何か悪いことをしたのか?
好き嫌いをして母親を困らせたから?
よく近所の子供達と喧嘩をし父親に怒られ拗ねたから?
それとも彩葉と一緒になって遅くまで連れ回し彩葉の母親に一緒に怒られるようなことをしたから?
どれだけ考えても答えは出ない。
何故自分がこんな目に遭わなければならないのか?
悔しい気持ちが溢れる。
自分の内側から〝黒いモノ〟が溢れ出す。
どうして?
どうしてどうして?
どうしてどうしてどうして?
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして―――――。
自問自答に押し潰されながら自我が泡沫のように消えていく。
そして、
何もかも無くなっていく感覚を最後に、犬塚冥夜という少年の意識は遠退いていった。
その際に脳裏に浮かんだのは父が最後に残した言葉を思い出しそこで完全に意識が途絶えた。
次に目が覚めたとき、淡い光が見えたかと思うと薬品の臭いが鼻についた。
アルコール消毒液の臭いや遠くで誰かが何かを言い争っているように感じる。
視覚や聴覚は効かないが近くに誰かがいる感覚。
そこで冥夜は助かったと初めて知った。
だが、
手の感覚が無く足も動かない。
視覚聴覚はもちろん身体中に激痛が走り身体が思うように動かせなくて涙が溢れてくる。
そんな冥夜の頭をそっと撫でてくる手のひらを感じた。
『やぁ少年』
女性の声。
耳ではなく頭に直接語りかけてくるような奇妙な感覚。
戸惑う彼を余所に女性は話を続ける。
『今キミの脳内に語りかけているんだが…………まぁそんな事はどうでもいい』
フランクな喋り方をしているが声はどことなく優しさを感じた。
視覚や聴覚が壊れていたのでそう聞こえるだけかもしれないのだが、
『キミには選択肢が二つある。一つはこのまま無明の世界で誰かに助けてもらいながら生きていく事。これはまぁキミが平和に生きていく為には一番無難な選択肢かな? で、もう一つはキミを無明の世界から出してあげる選択肢だ。でも正直この選択肢はオススメはしない。失った手足を新しくするには激痛が伴う。大人でも気を失うし何よりその選択肢は修羅の道に入ってもらう事になる。キミにその覚悟があるかな? あ、生活の方は安心したまえ。責任を持ってどちらを選んでも援助はするよ』
よく分からない。
戸惑っていると、少し困ったような口調をして女性は続ける。
『私も私の上司も出来るだけ前者と後者の半々を選択肢に入れたかったんだが少し事情があってね。………もしキミが提案を受け入れてくれなかった場合は、神代彩葉はこの先も命を狙われ続けるだろう』
そこで、少年の意識は鮮明になる。
あの事故の日―――――父親との最後の約束を思い出した。
―――――男と男の約束だ。しっかり彩葉ちゃんを護るんだぞ。
経緯は思い出せない。
だが、その言葉が冥夜にとって生きる希望になるのか? それとも一生を縛り続ける呪いになるのか?
誰にも答えは出せないかも知れない。
それでも
「ぼ、くが―――――いろ、はを…………まもる―――約束、だから」
その答えに声の主は満足そうに、そして同時に悲しげな声を出す。
『分かった――――責任を持ってキミを助けよう』
その返答に冥夜は少し微笑み、ゆっくりと口を開く。
「お、ねえ…………さん――――誰?」
その言葉に女性はあらゆる感情を抑えながら自分の名前を告げた。
『私は〝探求の魔女〟―――――『失われた古代技巧』を解明し続けてこの世の全てから疎まれている寂しい女だよ』
そう、魔女と名乗った女性はどこか自虐を込めた声で言った。
『では少年、取引だ。キミに提示してもらうのは経過観察と二人の今後の観察――――――私の探求心を満たしておくれ』
その日から、少年は人である事を辞め〝番犬〟となった。
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