第34話 五章② 『悪戦苦闘』
学校の校庭で不釣り合いな銃声と爆音が響いた。
痛み止のお陰か冥夜の動きはピークよりも落ちるがそれでもまだ動けてはいた。
しかし、
「鬱陶しい!!」
飛来してくる純白の十字架の杭が数発、数十発と冥夜を襲う。
直線的に飛んでくる杭を避ける事は難なくこなせる冥夜だが、一番厄介なのが―――――。
「
その声が耳に届くと途端に動きが鈍くなり数発ほど被弾してしまうのだ。
「く、そ――――がァァァァァッ!!」
致命傷を避け反撃をする為に『シュバルトブリッツ』の引き金を引くも、
「命令入力、」「〝銃弾よ」「我を」「避け」「飛来せよ〟」
その言葉に従うかのように銃弾がダンタリオンを避け着弾していく。
「(クソッたれ! あの野郎の『命令入力』ってのは無機物も操れんのかよ!?)」
銃弾を躱すのではなく、銃弾の方が躱していくという奇妙な現象に戸惑う冥夜。
それだけではない、
ダンタリオンが『命令入力』という単語を口にする度に変に身が強張ってしまい動きに若干のタイムラグが生じてしまう。
そこを今度は十字架の杭が四方八方から飛来してくる。
しかも、
「命令入力、」「〝純白の」「十字架の」「杭よ」「敵を」「追尾」「せよ〟」
数十本からなる十字の杭が生き物のように飛来し、冥夜を穿とうとその凶悪な切っ先を向け襲い掛かる。
「ふむ」「貴様」「一体」「何を」「した?」
突然のダンタリオンの問いかけに冥夜は息を切らしながらも視線を外さず銃口を向けている。
「………………何がよ?」
「貴様には」「私の」「『命令入力』の」「術式が」「効いて」「いないようだが」「何を」「した?」
ダンタリオンの口調は特に感情の起伏はなかったが、それでも疑問は残る。
人間が悪魔の術式に耐えれるとは思っていなかったからだ。
「さぁね。お前の『命令入力』ってのがポンコツだからじゃなーの?」
ここぞとばかりに煽る冥夜に
「さては、あの『探求の魔女』にでも入れ知恵でもされたか?」
その見下すような視線を受け流し、冥夜はここに来る前に『フィーア』から言われていた事を思い出す。
―――――いいか冥夜。あの『命令入力』の術式は鼓膜から入ってくる情報が上書きされる性質がある。こちらのモニター越しにでも強制力を発揮できたのは数名の耐性が無い者だけだった事を思うに間違いはないだろう。学校の教員生徒達を操っていたのもこの力だろうな。完璧に防げるわけではないと思うが気休め程度に耳に栓でもしておけ。
と、そう言われていたのでイヤホンを付けたままだったのが功を奏した。
しかし、それでもその術式はかなりの力を持っているようで身体の自由が利かなくなる時も有った。
しかも、有機物だけでなく無機物までも操れるとなるとこれ以上は銃弾も無駄撃ちになってしまう。
「(あの『命令入力』を完全に回避するのは難しい―――――ならどうする?)」
思考を巡らせ一番いい回答を導き出そうとするも十字架の杭と『命令入力』の合わせ技は中々に凶悪だった。
「しかし解せんな」
クルトガが口を開く。
最早彼の言葉からは感情の起伏が無くなっている。
「なぁオッサン。アンタに一つ聞きたい事がある」
「何かね?」
冥夜は一度言葉を飲み込む。
これは自分には関係のない他人の家庭の事情に踏み込むことになる。
彼にはそこまでする義理は無い。
だが、
どうしても引っかかることがあった。
「アンタ――――――――――シャトラの事をどう思ってるんだ?」
それはずっと気になっていた事だった。
「俺はどういった経緯で人工生命体なんてモンに手を出したのか、神父っていう役職のアンタが悪魔なんぞと契約したのかなんて事情は分かんねぇ。けどアンタも人の親ならそれがどういう事か分かってんのか? 自分の保身のために親としてどころか、娘を裏切ってんのと同じじゃねーのか? 娘の代わりにシャトラを生み出したってんならアイツも娘になるんだろ!? 何で平気な顔して裏切りやがるんだッ!?」
過去は変えられないし、死人は蘇らない。それは冥夜が良く知っている。
「過去は変えることが出来ないからみんな〝今〟を大切に生きてるんだ。
冥夜は拳を強く握り目の前の男に問いかける。
「答えろよ、クルトガ・ティエット。お前は一体、何がしたいんだ? シャトラを傷付けて、テメェの娘を悲しませてまでどこを目指してやがる?」
その問いにクルトガは声を詰まらせる。
自分が何がしたかったのか?
「私は―――――娘を、―――――娘と共に……」
クルトガが初めて見せる感情。
それは果たして何なのか。
その答えは、
「いい加減に」「して欲しい」「ものだな」
クルトガの意識は再び消え去り、表にはダンタリオンが現れた。
「この男は」「ダンタリオンと」「契約を」「したのだ」「悪魔との」「契約は」「魂を」「結ぶ」「事と」「同義」「それを」「反故に」「するのは」「契約」「違反だ」
クルトガの全身に悪魔の紋章が浮かび上がる。
その紋章は幾重にも重ねられ全身が黒く染まっていく。
そして、最早その姿は『影の卵』のような形になり、
少しづつひび割れていく。
「番犬」「これ以上」「この男を」「惑わせるな」「この俺が」「顕現」「出来なくなる」
パキパキと渇いた音を立て中から出てきたのは、まさしく異形だった。
バエルの時のような蜘蛛だとハッキリとした分かる形ではなく、姿は人間に近い。
ただしその姿は首から下が黒と白の歪で斑なキャソックを彷彿とさせ、頭部は何十もの人の頭部が輪のように浮かんでいた。
その姿こそがダンタリオンが『魔界』から顕現した姿で、
同時に本気を出したという事と同義だった。
「さて、」「番犬」「―――――」
ダンタリオンの頭部が喋る度にクルクルと回っていく。
「本番だ」
ダンタリオンがいつの間にか手にしていた白と黒の斑な十字架の杭を
「クソッ!!」
銃口をダンタリオンへ向け引き金を引く。
しかし、
「命令入力、」「〝銃口を」「自身へ」「向けよ〟」
冥夜の手首が不自然なように曲がり銃口が自分の目の前に向けられる。
「の、あッ!?」
慌てて仰け反るもその隙をダンタリオンは見逃さない。
十字架をハンマーのようにして冥夜の脇腹へ突き刺す。
「ご、はァッ!?」
息を吐きだし、胃の中の物が逆流してくるのを堪える。
冥夜が体勢を崩したのを確認すると小さな十字架を空へと放り投げ、
「命令入力、」「〝十字の杭は」「雨のように」「降雨せよ〟」
その名の通り雨のように降り注ぐ十字架の杭が降り注ぎ冥夜の身体を貫いていく。
「が、ああああああああッッッ!?」
冥夜が叫び、思わず後退する。
満身創痍の身体は無傷な場所を探すのが困難なほどボロボロだった。
「やはり」「所詮は」「犬よな」「僕のような」「悪魔に」「手も足も」「出ないのだから」
連日の戦闘にバエルやシャトラとの連戦で冥夜の体力も限界を迎えていた。
霞む視界をクリアにさせる為、何度か首を振るが手や足の震えが止まらない。
「く、そ―――――が」
久しぶりに感じる死の気配が強く感じる。
『シュバルトブリッツ』が重く感じて持ち上げる事も敵わない。
冥夜が視線を貼り付けられている彩羽へと向ける。
不幸体質と蔑まれ、
家族や友人からも疎まれ、
あまつさえ『
〝聖堂教会〟だの悪魔だのに狙われて――――――――。
「ふ、ざ、けん―――――なァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
冥夜は立ち上がり天に咆えた。
大気が震えるような感覚にダンタリオンは思わず目を見開く。
「テメェらがアイツを好き勝手にしていい道理はねぇ…………」
冥夜がフラフラしながらもダンタリオンに親指を下へ向ける。
「まずはテメェからだ、ダンタリオン―――――」
しかし、それは空回りの感情。
最早冥夜には打つ手が無い。
それを見透かされたのかダンタリオンが嗤う。
「ハ、ハハハッッッッッ!」「面白い」「やはり」「人間は」「愚かな」「生き物だ」「そんな」「状態で」「まだ」「自分に」「勝てると」「意気がるのは」
ダンタリオンの頭部は不気味なほどクルクルと回る。
「この
「な、に?」
ダンタリオンは両手を広げ嗤った。
「最初」「あの」「人工生命体を」「創り上げた際に」「肉体に」「魂は」「入っていなかった!」「そこで」「儂は」「あの男に」「提案した」「肉体に」「入れる」「魂を」「調達してやると」「実の娘の」「魂だとも」「気付かずに」「十年も」「の間だぞ!」「これが」「嗤わずに」「いられるか!?」
つまり、
クルトガ・ティエットは自分の道具にするために創り上げた
「傑作だった」「求めていた」「娘が」「目の前にいるのに」「それが気付かず」「十年を」「無駄にする」「父親の姿は」「まさしく」「道化!!」
ぎりり、と冥夜は顔を俯けたまま拳を握る。
震えが止まらない。
しかしそれは疲労や恐怖からではなく、
悪魔が悪魔所以の所業に深い怒りを感じていたからである。
「なら、何か? お前はオッサンが望んでいたモンは最初から叶える気が無かったって事か?」
静かに告げる冥夜に気分が上がったダンタリオンが嗤う。
「何を言う」「我は」「望みを叶えたぞ」「それに」「気付かなかった」「この男が」「悪い」「俺は」「望みを」「叶えてやった」「なら」「次は」「この私の」「番だ」「この魔女の」「中に眠る」「『空想具現化』の」「力で」「僕たちは」「新たな力を」「得る!!」
冥夜の頭の中で何かが切れた。
「そうか―――――――――」
カシュン、と『ヴェヒターシュタール』に付属していたようなポンプアクションの渇いた音が響く。
「う、おォォォォォォォォォォッッッッッ!!」
ドガンッッッッッ!! と破裂音が轟いたと同時にダンタリオンの身体が吹き飛んだ。
何が起きたか理解が追い付かない。
まるで十トンのダンプに跳ねられたような衝撃。
ダンタリオンの頭部の輪がひしゃげどす黒い血を流す。
「一体」「何が」「起きた?」
土煙の向こう側、蒸気を吹き上げる犬塚冥夜の姿がそこにあった。
先ほどとは違う点それは雰囲気が変わったのと、もう一つ。
冥夜の瞳が紅く染まっていた。
「よく聞けよクソッたれ。テメェは―――――俺が潰す」
蒸気を吹き出す冥夜の右腕は黒い鋼の義手に変わっていた。
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