第33話 五章① 『番犬vs悪魔』

 冥夜が学校にたどり着くとそこは軽く混乱していた。

 救急車や警察など(その大半は地獄の番犬ケルベロスの手の者)が慌しく動いていた。

 一応は集団昏睡事件と名目で報道規制は敷かれるという事だがここまで大規模はあまり見ない光景だった。

 『いいか冥夜。ここからはもうキミ一人が応戦しなければならない。下手に人員をそちらへ向かわせると、あのダンタリオンの変な術に掛かってしまう恐れがあるからな』

 耳元で『フィーア』の声が聞こえる。

 ここからは本当に一人。

 恐らく『フィーア』からの無線も届く事はないだろう。

 だが、

 「上等だ。こちとら散々やられてんだ―――――いい加減我慢の限界だ」

 冥夜は人混みをかき分け校門を抜ける。

 静まり返った学校の校庭はどこか別の世界に迷い込んだような気分だった。

 「さて、どうすんだ?」

 冥夜は周辺を見て回る。

 どこかに入口のようなモノがあると『フィーア』が言っていたが、それが見つからなく、徐々に焦りが見え始めてきた。

 「クソッ!! どこから入ればいいんだよ!?」

 焦る冥夜は冷静になろうと校舎の壁に頭を付けた。

 「(考えろ。考えるんだ―――――『フィーア』も言ってただろ! あいつらがここに疑似魔界、『辺獄』なんつーもんを創るには何か霊的なパスを繋げる必要があるって! 思い出せ―――――思い出すんだ!)」

 冥夜は思考を巡らせ頭を押さえる。

 体育館―――――いや、さすがにそこはまだ〝猟犬ハウンドドック〟が調べていた。

 では教室?

 そこから探すとなると時間が足りなさすぎる。

 では一体?

 そこで冥夜は

 その場所は初めてシャトラと戦った場所。

 そのシャトラはダンタリオンが人工生命体ホムンクルスの生成という知恵を授け生まれた存在。

 ならば?

 「(もし、もしだぞ―――――シャトラ・ティエットは戦闘用の道具としてだけでなくマーキングの役割も持っていたとしたら?)」

 繁華街での戦闘はこちらから喧嘩を売りに行ったようなモノだった。

 なら最初は?

 一体何のためにシャトラはあの教室にいたのだ?

 シャトラは言っていた。

 犬塚冥夜に興味があった、と。

 それはあくまで彼女の言葉であり、

 

 そう思った時、冥夜はあの教室へと向かっていた。

 最早候補と言えるのはそこしかない。

 もしそこが違ったら、という考えは頭から排除していた。

 そして、

 冥夜がその教室に足を運んだ時に、自分の勘が当たっていた事に安堵した。

 「これ―――――かよ」

 鮮血のように赤く染まった教室内。

 その赤く輝く光は美しくもどこか不気味さを感じるものだった。

 「さ、て」

 どうやって壊そうか、そう悩んでいた時に教室内の光は輝きを増していった。

 「って考える時間ナシかよ!?」

 恐らく『フィーア』の言っていた『過去改変の儀』という術式が完成間近なのだろう。

 残された時間はもう―――――無い。

 「あぁもう!! どうにでも―――――なれぇッッッッ!!」

 冥夜は拳を振り上げ赤く染まる教室でも特に光が輝いていた場所を叩きこむ。



 バキィィィィィィィンンンン!!



 けたたましい音が鳴り響くと教室内から漂っていた重圧が消え去っていた。

 そして、

 「見つけたッ!!」

 教室の窓から見下ろすと校庭の中央に巨大な魔方陣のようなモノが描かれている。

 そしてそこには、

 黒いキャソックに身を包んだ、ここからでも分かる顔には今まで戦ってきた勲章のような傷があちこちに刻まれている初老の男―――――クルトガ・ティエットと十字架に磔られている姿の神代彩羽がそこにいた。

 冥夜は迷うことなく窓枠に足を引っかけ飛び降りる。

 下は芝生が生えていたが衝撃は完全に殺せるわけもなくボロボロの身体に響いたがそれでも冥夜は立ち上がりゆっくりとだが校庭に歩いていく。

 「―――――誰かね?」

 怒りを露わにしたクルトガが表に出てきて問いかける。

 喋りかけてくるだけで重圧プレッシャーは半端ない。

 しかしその重圧に負けてたまるかと表情には苦痛や苦悶の類いはクルトガには一切見せない。

 ただ不敵に、無敵に、素敵に、強敵に笑みを浮かべ、強がった表情で冥夜はクルトガの目前に立つ。

 「よぉオッサン―――――売られた喧嘩、買いに来たぞ」

 「貴様は―――――そうか、私が施した術式場を破壊したのはキミかね?」

 やわらかい口調は逆に恐怖を煽ってくる。

 それだけでも傷に響くのにクルトガが放つ殺気に一瞬怯みそうになるが冥夜は『シュバルトブリッツ』の銃口をクルトガへと向けた。

 「言っても意味ね―かも知んねーけど、こんなアホな事やめてさっさと彩羽を離せよ。そうしたらボコボコにぶん殴るのを少しだけ加減してやってもいいぞ」

 見え透いた強がりをクルトガは静かに嘲笑した。

 「そうか、だが少年がしでかした事はこちらにとって大きな損失だ。つまり、裁くのはキミではなく私がキミを裁くのだが…………その辺は理解しているのかね?」

 その言葉に冥夜が叫ぶ。

 「て、めぇッッッ!! 何が損失だ! 自分勝手な理屈捏ねやがって!! 過去の改変? 悲しい現在いまを捨てて新しい未来あしただ? んなところへ行っても所詮テメェは現実から逃げてるだけだろ。この先もずっと逃げんのかよ?」

 「少年には分かるまい。大切な者を失った悲しみを――――信じるものに裏切られ、あまつさえ主と敵対する存在に手を貸してなお裁きが下らん…………本当に私が「俺が」使えていた意味があったのか? 「いや無い」「そんな存在かみなど」「いる意味は」ない」

 所々に不気味な声が混じる。

 冥夜は『シュバルトブリッツ』を構える。

 「聞いてた通り気味悪い奴だな―――――名乗れよ悪魔」

 クルトガは不気味に口の端を吊り上げる。

 「小僧が」「生意気を」「言う」「まぁ」「いいだろう」「俺は」「私は」「我は」「僕は」「儂は」「多であり一」「一であり多」「その名は」

 老若男女の声。

 聖人にも悪人にも紳士にも淑女にも無邪気にも純粋にも聞こえるその名は、

 「叡智の悪魔」「『ダンタリオン』」「だ」

 クルトガの顔には痣が浮かび上がっていた。

 事前に聞いていた悪魔に憑依された人間に浮かび上がる紋章というモノだと冥夜は理解した。

 「〝地獄の番犬ケルベロス〟『No.Ⅱナンバーツヴァイ』犬塚冥夜―――――行くぞッ!!」

 冥夜は『シュバルトブリッツ』の引き金を引く。

 〝番犬ケルベロス〟と〝悪魔ダンタリオン〟の戦闘が始まった。

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