第31話 四章⑦ 『復讐者は嗤い、番犬は笑う』
会話を終えたクルトガは自身が展開させた術式場の完成度を見ていた。
今現時点で六割、いや七割ほど完成している。
もう少しで彼の悲願が達成されると思うと込み上げてくるものがあった。
「もうすぐだ、もうすぐ会えるアシェア―――――愛しい娘よ」
胸元にぶら下がる
握り締める度に手の平が焼け爛れるのを感じながらこれは聖職者でありながら悪魔と契約をしてしまった自分への戒めだと実感していた。
アシェア・ティエット―――――享年六歳。
もう彼女が亡くなってから十年が経とうとしていた。
自分が異端者を断罪するために世界を巡っていた時に寂しい思いをさせていた。
自分が家に帰るとそんな寂しい顔は一切見せずに朗らかに笑ってくれた。
自分がまた家を空けると知った時、本当は引き止めたかっただろうにそれでも笑顔で「いってらっしゃい」と言ってくれた愛しい娘。
運命の日。
まとまった休暇が取れそうだった日、いつもより早くに帰ったがその日は娘は出迎えてくれなかった。
どこかへ出かけたのだろうか、そんな単純な思考を持っていた自分を今でも裁きたいと今でも夢に出てくる。
いつまでも帰って来ない娘を心配し探しに出たあの日、
そこから全てが壊れていった。
近くのショッピングモールで人だかりが出来ていた。
ふと様子を見に行くとそのモールで立て籠もりの事件があった。
犯人は昔クルトガが断罪した異端者の家族。
息子を返せと泣き喚きながら騒いでいたのを今でも思い出す。
そんな様子を当時まだ真っ当だったクルトガは見知らぬふりも出来ずに近寄った。
そこで、彼は目を見開くことになった。
武装をした家族が人質を盾にして立て籠もっていた。
その人質と目が合った。
そして当然のように口から言葉がお互い出てしまった。
――――――――――アシェア!!
――――――――――おとうさん!!
それが失敗だった。
犯人は自分に恨みを持っていた。
そして、自分達が人質に取っていたのが偶然にも自分達の家族を殺した男の娘だった。
不運は重なる。
クルトガは懇願した。
助けてくれ、自分が変わると。
しかし、
彼の言葉はその場にいる誰にも響かない。
当然だ。
逆の立場でクルトガは神の名の元に裁きを下したのだ。
あの時の家族も自分と同じことを言っていた。
あの子を助けてくれ、自分の命を差し出すから助けてくれと。
しかしクルトガは耳を貸さなかった。
因果応報。
そんな言葉があるように運命とは時として残酷な事をする。
喉元に迫った刃が娘の首に奔った。
娘から鮮血が噴き出し、全てがゆっくりとスローモーションのように流れていった。
後の事は覚えていない。
気が付けば娘を抱きしめ、周囲には十字架の杭が突き立てられた死体だけが残っていた。
動く者は誰一人としていない。
立て籠もりの犯人も、周囲にいた野次馬も、応援に来ていた同胞も、全て、みんなみんな等しく平等に断罪という名の虐殺をした。
喉が潰れるほど泣いた。
泣いて泣いて泣きじゃくった。
そして、
神を呪った。
そのドス黒い靄が自分の中に浸透していくのを感じた。
そして、数か月、数年と虚無の時間だけが過ぎていき、
運命のあの日、
とうとう信じる神を裏切り『悪魔』と契約をした。
『
―――――「我ら」「ダンタリオンと」「契約を」「結べば」「娘を」「生き返らせる」「為の」「秘術」「死者蘇生」「の法」「を教えて」「やる」「僕は」「叡智の」「悪魔」「人が」「到達」「出来ない」「秘術など」「簡単だ」
癖の強い悪魔だと思っていたが最初理解するのに時間はかかった。
だが、
見たことも聞いたことも無いような秘術は勿論、人を操る特殊な術なども使えたのは大きかった。
代償として自身が所有する概念武装は使い辛くなってしまったが、それでも有り余る恩恵だと感じた。
「やっとだ―――――やっと全てから解放される。この穢れた世界も、理不尽も、不条理も、不道徳も、全てだ」
クルトガの目には最早何も写っていない。
その濁りきった目にはこれから訪れるであろう素敵な未来しか見えていなかった。
「こんな〝不幸〟しか訪れなかった
クルトガは片膝を地面につけ祈りを捧げる。
それは神なのか、それとも悪魔なのかは分からない。
しかしその姿は神々しく慈愛に満ち溢れているも、触れてしまうと今にも崩れてしまいそうだった。
地面に描かれている魔方陣はどす黒い鮮血のように輝いている。
「まもなく完成か―――――もうすぐだアシェア」
娘を甦らせ
十字架に磔られている彩葉の表情が僅かに曇る。
そして、
意識が無いはずの少女の口元がゆっくりと動く。
「―――――めー、や」
その呟きは聞き取り辛いが確かに自分の
その瞬間。
バキィィンンンンンッッッッッ!!
何かが割れたような音と共に展開していた術式が破壊された。
「なん、だ?」
神代彩葉の中に眠る『
それに気付いた時にクルトガは天を仰ぎ叫んだ。
「また―――――何故邪魔をするのだ!? 神よッッッ!!」
同時にクルトガの意識を抑えダンタリオン表に出てきた。
「馬鹿な!?」「結界が」「破られた」「だと!?」「一体」「何が」
驚愕するのは当たり前だ。
今まで悪魔である自分達の驚異は〝聖堂教会〟だけだった。
邪魔をされないために敢えて異端審問官を操り地獄の番犬とぶつかるように手を回し戦力を削いだのだ。
なのにも関わらず悪魔が展開していた術式を壊せると言うことは〝聖堂教会〟の連中がやって来たのだろうか?
そんなことを考えていると何者かの足音が聞こえる。
明らかにこちらへ向かってきている。
「面倒」「な」「事だ」「儀式の」「邪魔を」「するなら」「始末を」「―――――」「いや」「待て」「そもそも」「誰が」「こちらに」「近付いている?」
クルトガ――――いや、ダンタリオンは悪魔の為、基本的にはこちら側で行動するときは契約を結んだ人間に憑依するか、バエルのように結界を展開した後に向こうから肉体を転移する事で存在を維持している。
簡単に言うと普通の人間にはこの空間に入るどころか歩くことすら困難なはずだ。
なのにも関わらず足音の主は平然とこの術式場の中を歩いてこちらへ向かってくる。
「―――――誰かね?」
怒りを露わにしたクルトガが表に出てきて問いかける。
その視線の先には小さな影が浮き出てきた。
応急処置は施されているのか包帯の上からは痛々しいほどの血が滲み出ており傷だらけのボロボロの身体を庇うように向かってきている。
しかしその表情には苦痛や苦悶の類いは一切に見せない。
ただ不敵に、無敵に、素敵に、強敵に笑みを浮かべた少年はクルトガの目前に立っていた。
「よぉオッサン―――――売られた喧嘩、買いに来たぞ」
そこにボロボロだが決して屈していない目をした犬塚冥夜が犬歯を剥き出しにし笑って立っていた。
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