第30話 四章⑥ 『空想具現化』

 「ダンタリオン―――――なるほどな、人工生命体ホムンクルスなんぞぶっ飛んだものが存在しているのは貴様らが発端か」

 『フィーア』が忌々しい目を画面に向けている。

 会話をスムーズに行う為なのか楽しむ為なのか分からないがダンタリオンの主人格がクルトガに代わりその白髪を掻き上げる。

 「ぶっ飛んでいるのはどちらかな? 

 そう言ったダンタリオンの視線の先には十字架に貼り付けられている神代彩葉姿があった。

 ぐったりとしている彩葉の表情は見えないがまだ気を失ったままのようだった。

 「…………神代彩羽は無事なのか?」

 「当たり前だよ。彼女にはこれからからね」

 不穏な言葉に『フィーア』は眉をひそめた。

 「生贄とは―――――随分物騒な響きじゃないか。その少女にそこまでの価値があると?」

 その問いにクルトガは嗤う。

 「いや失礼。まさか〝探求の魔女〟ともあろう者がこの神代彩羽パンドラの価値を本当に知らないとは」

 ゆっくりとした動作で動くクルトガは自分に酔った状態で恍惚とした表情をしている。

 「キミ達は『世界五分前仮説』というモノを知っているかね?」

 突然哲学を語りだす。

 それに乗ったのは意外にも『フィーア』だった。

 「――――――――――確かその名前の通り、世界は五分前に神によって創造された、という馬鹿げた話か?」

 過去は確かにあるという確証は『記憶』としてはあるが『確証』は無い。

 それだけではその『記憶』や『歴史』すらも五分前に創られたのではないかという突き詰めれば永遠に繰り返される命題にもなっている。

 「で? それと神代彩羽と何の関係がある? そもそも彼女はただの『不幸体質』だ。それを研究するために我々は―――――」

 『嘘だな』

 その一言でクルトガは『フィーア』を黙らせる。

 『不幸体質? 。それは貴様が良く知っているはずだぞ、魔女フィーア

 クルトガの演説は続く。

 『貴様は本気でこの少女が不幸体質だと、いつからそう思い込んでいた? ダンタリオンは私に教えてくれたよ。この少女の奇跡を!!』

 モニターの向こうでは雑音ノイズが激しくなっていく。

 どす黒い赤い光が地面から発せられていく。

 『この少女は昔こう思ったはずだ。! 誰かの語りで? 童話で? 絵本でもいいがそんなのどちらでもいい。ただこの少女にはが必要だったのだよ。いいかね? 一番重要なのは

 愉悦に浸って口が回っていく。

 その表情は最早聖職者だった頃の面影は無い。

 『さて、諸君はこんな存在を知っているかね? ―――――』

 一斉に視線が貼り付けられている神代彩羽に集中する。



 『〝想像〟を〝創造〟させる奇跡―――――――名は〝空想具現化リアルフィクション〟』



 静寂が包み込む。

 危険を知らせるアラートだけが『禁后』内で響き渡っていた。

 「空想、具現化だと? そんなモノは最早魔法の領域だぞ!? 馬鹿げているッ!? そんなモノが存在など」

 『するわけがない、と誰が分かるのかね? さて魔女よ、先ほどの続きだ。世界は五分前に創られた―――――聞くが? そしてこの少女が空想具現化という規格外の力を持っていないと誰が証明できる!?』

 『フィーア』は言葉を詰まらせていた。

 その考えは彼女自身も一度だけ考えた事があったのだ。

 そもそも、

 運悪く変質者が学校にやって来たり、超能力者かげつかいなんてものも、〝聖堂教会〟や『悪魔』なんて存在も、

 もしそれが本当ならば、

 そんな規格外かみのきせきの力など、どんな組織に渡ったとしても最悪な未来けつまつしか待っていない。

 色々と納得がいく事が多い。

 つまり、

 彼女の『不幸体質』というのは言い換えれば

 「はっ、まるでお伽話だな。ならば彼女は『災厄』ではなく『希望』という事になる―――――そこで『パンドラ』という事か」

 『フィーア』は鼻で笑う。

 確かに考えれば考えてしまうほど辻褄が合っていく。

 その考えも否定は出来ない。

 だからこそ分からないことがある。

 「ならば、何故貴様は神代彩羽を誘拐した? その少女にそんな力が備わっているのならば危害を加えるのは矛盾していると思うが?」

 そう、そこが『フィーア』が感じている疑問だった。

 本当に彼女の力が空想具現化そんなモノならば、危害を加える前に存在そのものを消されてしまう可能性だってある。

 そんなリスクを犯してまで固執する理由が分からなかった。

 例えば『悪魔』という存在を認識し、彩羽が悪魔なんて消えろと思えば簡単に消せるはずだ。

 「そんなあるかどうかも分からない力なんかで自分たちの存在が左右されるなんて――――――いや、待て…………もしかすると」

 ふと不安が過る。

 何も彼女に危害を加える事を前提として話をしていないか?

 その『フィーア』の考えはどうやら当たっていたようだった。

 『キミの考えは当たっている、魔女よ。彼女を手中に収めればどうなる? 人の心を操るのはダンタリオンの得意分野だ。ならば後は徐々に力を開放していけばそれで全ては丸く収まる』

 「イカれてるよクルトガ。昔のお前ならそんな愚行はしなかったろうに……やはり娘を亡くしたというのは貴様が壊れるには十分だったようだな」

 その言葉にクルトガの表情は無くなった。

 今までとは違い本当の〝無〟だ。

 『そうだな、そこは否定はせんよ―――――久しぶりに会えて楽しかったよ、探求の魔女』

 その声色は喜怒哀楽の全てがぐちゃぐちゃになっているように思えた。

 だから『フィーア』も静かに、

 「あぁ、そうだな」

 とだけ答えた。

 それだけ言葉を交わすと映像は途切れ画面は真っ暗になった。

 「―――――オペレーター各位は気絶した者を医務室へ。無事な者は急いで解析を行え。あんな大掛かりな式場だ、地脈の流れにも影響は出ているはずだ」

 その声に数名が返事を返すと慌しく動き出した。

 「さて、どうしたものか」

 その声は少し疲れているようにも思える。

 厄介事が増えすぎているのもあるが、それら全てを解決するには時間も人員も足りなさすぎる。

 少し考えていると後ろの方でドアが開閉する音が聞こえた。

 何気なく『フィーア』が後ろを振り向くと一瞬だけ驚いたがそれもすぐに笑う。

 「どうやら、まだ終わってはなさそうだ」

 彼女の視線の先には二つの影があった。

 一人は気を失った埃まみれの純白の修道服を着た少女。

 そしてもう一人はボロボロで傷だらけになりながらも、そんな彼女シスターを抱きかかえた少年の姿がそこにあった。

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