第25話 四章① 『真実』
気が付けばシャトラは意識を失っていたらしい。
視線だけを動かすと犬塚冥夜がどこかと連絡を取り合っていた。
一通り説明を終えたらしく冥夜はシャトラが意識を取り戻した事に気付き話しかけてきた。
「おはよ。気分はどうよ?」
「………………何をしているのですか?」
身体を起こそうにも上手く動けない。
どうやら身体にダメージが蓄積されていたのか全くと言っていいほどピクリともしなかった。
「あんま無理すんなって。身体は触ってねぇけど結構ボロボロよ?」
視線を動かし自分の今の状況を確認する。
腕には雑だが包帯が巻かれていた。
「もう一度聞きますが、何をしているのですか?」
理解できない。
何故この少年は自分を手当てしているのか?
「何って―――――このまま放置も目覚めが悪いだろ?」
さも当たり前のように言った。
「別に俺は人殺しをしたいわけじゃねーよ。まぁそこら辺のヤバい奴とかだったら〝ケルベロス〟お抱えの
お互いがお互いボロボロになっているのでこれ以上の戦闘続行は不可能なのだろう。
冥夜は上を見上げ一息ついていた。
「私は―――――負けたんですね」
シャトラは意識を失う前にその事を思い出す。
自分の頬に冥夜の拳が突き刺さった感触がまだ残っていた。
「――――――――――完敗です。ええ、信じられないぐらいに清々しい負け方です」
だが、どこかスッキリとした声をしていた。
あれほどモヤモヤした気分が噓のようだった。
「おうおうスッキリした顔しやがって。こっちはこれから情報操作やら隠蔽やらしなきゃなんねーっつうのに」
冥夜は沈んだ表情をしていた。
それを見れただけでもシャトラは満足していた。
「で? シャトラはどうすんの?」
冥夜の質問はこれからの事、そして〝聖堂教会〟が今後どうしていくかという事を含んでいるのだろう。
「そう、ですね。私たちの部隊は今後この作戦からは外されるでしょうが、他の者達がこれからもやってくるでしょうね」
それは脅しではなく事実だった。
シャトラが所属する
彼女以上の実力者が揃う化け物ぞろいなのだ。
「まぁ勝手に何とかしておいてください。もう私には関係のない事なので」
シャトラはゆっくりと立ち上がった。
「おい、まだ傷が」
敵であった自分を心配するとはやはり甘い、と思ったがそれも彼の強さなのだろうとシャトラは思った。
ここが勝負を決する僅かな差だったのかもしれない。
「イヌヅカメーヤ。せいぜい彼女を護り抜く事ですね。皆が皆私のように甘くはないですよ」
ゆっくりと、ゆっくりとだがシャトラは肩を抑えながら出口へ向かって行く。
敗者は去るのみ。
これ以上彼と喋っていては今まで自分がしてきた事が否定されてしまうと怖くなったのだ。
「(やはり、おかしくなってしまったんでしょうね、私は)」
さて、どう神父に報告するか、そんなことを考えていた。
恐らく幻滅されるのか、解雇なのか、絶縁されてしまうのか、そんな事ばかりを考えていた。
背後で冥夜が何か喋っているような気がしたが今のシャトラには何も考える余裕がなかった。
それは先ほど夢に見た神父、もとい父親の最後の記憶。
アシェアという名前。
それは一体誰なのか?
何故自分をそう呼んでいたのかを一刻も早く確認したかったのかもしれない。
そう、
だからなのか、
気の緩みと言えば緩んでいたのかもしれない。
全て終わってしまったと思い込んでいたのだろう。
シャトラは気付く事無く、
「ご苦労だったなシスターシャトラ。やはりキミは失敗作だったよ。」
今一番聞きたかった声がボロボロの体育館に響いた。
だが、それは夢で聞いた優しい声ではなく、
ただどこまでも暗く冷たい声だった。
「逃げろッ!! シャトラァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッ!!」
どん、と誰かに身体を押された。
軽い衝撃だったが今のシャトラではそれすらも大勢を崩してしまうほどだった。
誰が押したのか?
視線を背後に向けると必死な形相で冥夜が自分に手を向けていた状況だった。
そして、
それと同時に純白の十字の杭が冥夜を貫いていた。
「な――――――――――」
シャトラは目を見開き驚いた。
自分を二度も助けた少年にもだが、
それよりも今まさに自分が立っていた場所に見慣れた十字の杭が突き刺されていたことが一番驚愕していた。
「が、――――――――――ふッ」
冥夜の口から血が流れる。
それもそうだ。
この純白の十字の杭、これは――――――――――。
「ふむ、やはり東洋の人間のする事は理解に苦しむ。自分の身を犠牲にしてまでそんな失敗作を助けるとは」
冷笑。
普段の厳かな声質ではなく、ただ愚かな者に対しての冷めた笑い。
ゴツゴツと体育館の床を踏みしめる靴音が響く。
そして先ほどとは違う凄まじい重圧が辺りを支配する。
シャトラはその重圧に耐えれないのか膝をつき首を垂れたまま震えていた。
杭に突き刺され苦悶に満ちた表情の冥夜も動くことは出来なかった。
だが、そんな重圧を無視して顔だけをその声がする方へと向ける。
「て、めぇっ…………誰だ」
黒いキャソックに身を包んだ初老の男がそこにいた。
「初めまして番犬の名前を冠する者よ。私はクルトガ・ティエット。〝聖堂教会〟異端審問官『祓魔隊』の隊長を務める者だよ」
初老と呼ぶには不似合いな体格と傷だらけの顔を隠そうともしない
「神父って面かよ――――――――――ってちょっと待て、ティエットって」
冥夜は未だ呆けているシャトラを見た。
同じ姓という事は、この二人は。
そう思っていた冥夜に気付いたのかクルトガは深いため息を吐く。
「残念な事に、そこにいる
その一言一言が彼女の胸に突き刺さる。
どういうことなのかまだ理解が追い付いていない。
そんな彼女を見かねたのか冥夜は腹部に杭が刺さったまま立ち上がる。
「失敗作失敗作って、テメェ自分の娘に――――――――――」
怒りが込み上げてくる。
シャトラは敵だ。
今の今まで殺し合いをした仲でそんな親しい訳でもない。
だが、
どうにもこのクルトガ・ティエットの言動には腹立たしい何かがあった。
だがそんな冥夜の感情を嘲笑うかのようにクルトガは告げる。
「おかしいな、失敗作に失敗作と言って何か問題でもあるのかね? 私は事実しか述べんよ。それに―――――――キミを引き付けてくれたおかげで私は目的のモノを手に入れた」
視線の先には自分が抱えている彩羽に向けられている。
そこで冥夜に我慢の限界が来た。
「テメェ! 彩羽を離せよ!!」
懐から『シュバルトブリッツ』を抜き引き金を引こうとした。
が、
「遅いな」
冥夜が引き金を引くより早く十字の杭が冥夜の手を貫く。
「が、ああああああああああああああッッッッッッ!?」
鮮血が舞い散り冥夜の手から銃が零れ落ちる。
「ふぅ、異教の愚者には勿体ない代物だがやはりこれでは足りんか」
その言葉が
そして、その全てが冥夜の身体に足に腕に突き刺さる。
「――――――――――――――――――――ッッッッッッ」
声にならない声を上げる冥夜。
そこで我に返ったシャトラは叫ぶように懇願する。
「おやめください神父様ッ!! 相手は私を助けてくれたんです! 裁きにかけるのをお待ちください!!」
そこでようやく攻撃を止めたクルトガはシャトラに視線を向ける。
しかしその目はどこまでも冷たく、暗かった。
「異教の者に随分と肩入れをするものだなシスターシャトラ。キミもどうやら染まってしまったようだ」
腕を振り上げ横へ一閃。
トスっと軽い衝撃がシャトラの腹部に奔る。
え? と間の抜けた声を上げるとそのまま視線を下向ける。
そこには純白の十字の杭がまるで墓標のように突き刺さっていた。
「な、んで」
疑問を
だが、そんな彼女を一瞥し興味が無くなったように踵を返す。
最早この場所にはもう用はないと言わんばかりだった。
ゴッバァァッッッッ!!
凄まじい衝撃と共に十字の杭に埋もれていた冥夜がクルトガに突貫する。
手には折れた『ヴェヒターシュタール』の柄を握り締め大きく振りかぶる。
その勢いに後退りしてしまったのか反応が遅れ、
思い切り柄の先でクルトガを殴り飛ばす。
「グハァッ!?」
大勢を崩したクルトガを冷静に観察し冥夜は自分に突き刺さっていた杭を体から引き抜きクルトガの肩に突き刺した。
ジュッと何か焼け爛れる音がしたと思うとそれも一瞬でクルトガの蹴りが冥夜の腹に刺さった。
無言で吹き飛ぶとそのまま倒れた。
最後の力を振り絞ったのか呼吸も浅く今にも死にそうな表情をしながらクルトガを睨みつける。
「い、ろはを―――――――――離せ」
その気迫は鬼気迫るものがあり無意識だが後退ってしまった。
それが気に食わなかったのかクルトガの手には十字の杭が握られていた。
勿論、
それは目の前の障害を排除するための物であり、同時に罪深き者に背負わせる十字架でもある。
大きく振りかぶりその杭を冥夜に額に突き立てようとした時、
「父さん! 待ってくださいッ!!」
シャトラが両手を広げ冥夜を庇うように割って入った。
「そこを退きなさい、シスターシャトラ。〝
その眼には感情というものが一切無かった。
冥夜は今にも消え入りそうな声で「逃げろ」と呟くがシャトラの耳には入っていなかった。
「神の啓示には従います! しかし彼は私を手当てしてくれました! 必ず決着は私が着けます――――ですから今回はどうか!!」
見逃してやってくれ、その言葉を飲み込む。
あまりにもクルトガの眼が冷たいものに変わったのもあるが瀕死の冥夜にも分かるほどクルトガからは強烈な殺気を感じる。
「な、にするつもり―――――」
「
ただ一言。
そう冷たく言い放った直後シャトラの身体は糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
本当に呆気なく。
電源が落ちたようにシャトラは動かなくなった。
「お、おい―――――てめぇっ………何しやが、った?」
「なぁに、文字通り人形の電源を落としたのだよ」
言っている意味が分からない。
言葉を失っていると、やれやれと言わんばかりにため息をつきながら首を軽く振った。
「察しが悪いな。彼女の創造主たる私が身体を動かすなと言ったのだからそ指一本動かす事など出来るはずがないだろう?」
そして、
ゆっくり、ゆっくりと冥夜に近付く。
「本来はこの魔女の性能を調べたかったのだが、それもどうやら叶わんようだ―――――ならば私がじっくりと調べてみよう」
一閃。
ずぶり、と鈍い音が冥夜の耳元で聞こえた。
だが、
それは冥夜の身体を十字架の杭が貫いた音ではなく、
シャトラ・ティエットが無意識に冥夜を庇った時に貫かれた音だった。
思わず冥夜とクルトガの二人は目を見開いた。
冥夜は何故? という疑問が、
クルトガは彼女が動けた事に対しての驚きの違いはあったのだが、
シャトラは父親ではなく、冥夜と視線が合った。
声は聞こえなかったが口の動きで何と言っていたのかは理解が出来た。
―――――かりは、かえした。
と。
冥夜は思わずシャトラを抱きかかえる。
心臓が動いているかは分からないが顔には生気が無かった。
「て、めぇっ!! コイツはアンタの娘だろうがッ!! 何でこんな事をして平然としてやがる!!」
冥夜は叫んだ。
どうにもこの目の前にいる神父が気にくわないと思っていた理由が分かったのだ。
その神父は
だが、そんな冥夜の叫びを
「娘? 娘か…………確かに、本来ならば私は娘を大事にしなければならないのだろうな」
神父は謳うように両手を広げた。
「だが少年。いつ、私がこれを娘だと思ったのかね?」
クルトガは止まらない。
止めなければならない。
そう思うが身体が思うように動かなかった。
そして、クルトガは娘のいる前で平然と事実を告げる。
「私の娘はこの世でただ一人、アシェア・ティエットだけだよ。そこにいるのは
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