第23話 三章⑦ 『決着Ⅱ』
蜘蛛の形をした悪魔『バエル』はシャトラの一撃で沈んだ。
バエルの眷属である小型の蜘蛛も冥夜による攻撃で全て討たれたので体育館は静寂に包まれていた。
「ぷはぁっ! 何か疲れた」
緊張の糸が切れたのか冥夜はその場に踞る。
そんな気の抜けた様子を見てシャトラは顔をしかめていた。
「暢気なものですね。共闘したとは言えまだ私と貴方は敵同士―――――気を抜くには早いかと思いますが?」
そう言うシャトラも痩せ我慢が限界を迎えたのかその場にしゃがみこむ。
「いやお前も限界じゃねーか。まぁいいや一旦きゅーけーッ!」
ゴロンと寝転ぶと辺りを見回す。
体育館は所々破壊されており本当にここは体育館だったのかと疑うレベルだった。
「これ校長とか見たら卒倒すんだろうな…………それよりコイツら無事なんかね?」
冥夜の視線の先には衰弱しているが命に別状はない生徒達と未だ目を覚まさない神代彩葉が眠っていた。
吊るされた挙げ句に養分にされていた生徒達の顔色は優れないが、それでも何とか生きているらしい。
「しっかし、悪魔なんぞ初めて見たけど全部あんな
もう一生分の蜘蛛を見た気分だ。
出来れば当分は見たくない。
「いえ、全てがあの様な姿形をしている訳ではありませんよ。個体差はありますが人のような姿の悪魔もいます」
なるほど、と一言で済ますと冥夜は続けざまに質問を繰り返す。
「さっきの凄かったな。あんなデカブツを一撃で仕留めるなんて―――――あれ何なの?」
「………………答えると思っているのですか?」
デスヨネーと渇いた笑い声をあげていると、諦めたのかため息混じりに手にしていた鉄塊を持ち上げる。
「『
新しい単語に冥夜は首を傾げるとシャトラは続ける。
「簡単に言えばこの形状の武装で相手を斬る事は出来ませんよね? 鉄塊の役目は相手を粉砕する事に特化した武器―――――それを極限にまで高めた物を〝
なるほど、と相づちを打つも今一よく分かっていない冥夜だった。
そんな彼を見て再び深いため息をつくと気を取り直し、今度はシャトラから質問をしてみた。
「イヌヅカメーヤ。先ほどの影は一体何なのですか? 私と対峙した時は使用していませんでしたが?」
すると答えにくそうにするも一から説明をしだす。
「ありゃ『
今にして思えば簡単に理解が出来ない。
そもそも抽出とは何なのか?
「なるほど―――――
と何やら物騒な物言いが聞こえたがここは華麗にスルーを決め込むことにした冥夜だった。
しばらく落ち着くまで互いに無言であったが、意を決して口を開いた。
「なぁ」
「あのっ」
示し会わせた訳でもなく同時に声をかけた二人はお互いに顔を反らし気まずいのか無言が続く。
しかし声をかけたのに黙ってるのはどうかと思った冥夜だったので先に言ってもらおうと促そうとした。
「お先にどうぞ」
と、シャトラが先手を打ってきたので冥夜から話し始めた。
「何で…………何でコイツらを助けたんだ?」
冥夜の視線の先には倒れていた彩羽や生徒達がいた。
それは純粋に感じていた疑問だった。
シャトラが所属する〝聖堂教会〟は手段を選ばない。
それは真っ先に狙われた冥夜が一番知っている。
「〝
冥夜の疑問に少し考えながらゆっくりと口を開く。
「そうですね……………簡単に言えば貴方に負けたくなかった、と言えばいいでしょうか?」
負けたくなかった?
それはどういう意味かを考えていると、
「貴方が操られていた生徒達を傷つけないように立ち回っている姿を見ていたら私も負けてられない、そう思ったまでですよ。それに貴方の知らないところで神代彩羽を傷つければあの
一気にまくしたてるとそのまま視線を外す。
しかし一つ言い難い事があれば決して冥夜は傷つけていない訳ではない。
手加減はしたがぼちぼち殴っていたような気がする。
そこは言わないでおこうと決意を胸にしていると、今度はシャトラが口を開いた。
「今度はこちらから質問です。貴方は何故そこまでして彼女を護るのですか?」
シャトラからすれば二人の間には血縁関係もなければ特別な関係でもない。
ただ幼い頃から一緒に過ごしていたというだけの理由で命を懸けるほどなのか?
そこが常に疑問に思っていた。
「ん~、理由って言われてもなぁ」
シャトラに言われて改めて考えるのだがどれほど考えても答えは一つだった。
「俺にとって
そう言うとそっと彩羽の前髪に触れた。
こちらの苦労などつゆ知らずスヤスヤと眠っている。
「ま、俺はこいつに昔助けられた。その借りを今返してる最中ってだけだよ」
冥夜の浮かべた笑みはどこか儚く、今にも壊れそうな顔をしていた。
シャトラはそれ以上詳しく聞けそうになかった。
疑問はある。
聞きたいこともまだある。
だが、
それよりも――――――――――。
「えぇ、そうですね。これ以上はお互い譲れないモノがありそうですしね」
そう呟くとシャトラはゆっくりと立ち上がった。
そして、ボロボロになった鉄塊をゆっくりと前に突き出す。
「決着をつけましょう。私は神代彩羽を断罪するために―――――貴方は神代彩羽を護る為に。私達は決して交わることがないのですから」
「おいおい、おい互いにボロボロだっつーのにどんなけ勤勉なんだ―――――」
冥夜はシャトラの瞳を見つめる。
その碧眼は何か覚悟のようなものを感じた。
何かを言おうと口をパクパクさせていた冥夜だったが、短いため息をつくと『ヴェヒターシュタール』を手にし立ち上がった。
「ったく、厄介なヤツに絡まれたよ」
「えぇ、ですから諦めてください」
お互い一歩も動かない。
いや、
お互いが動けないのだ。
冥夜の足はバエルの溶解液により負傷しており、シャトラの腕は鉄塊を無理に振るった反動で腕がほぼ使い物にならない。
だが二人は一歩も引かない譲らない。
「負けても大泣きすんなよ、
冥夜が構える。
すると、
「シャトラです。シャトラ・ティエット」
シャトラは訂正した。
一瞬ポカンとしたが言わんとしていることが分かり目付きを鋭くする。
「俺は―――――俺はアイツを護り抜くぞ、シャトラ・ティエット」
「貴方のその信念を打ち砕きます。イヌヅカメーヤ」
衝撃の余波が届かないよう冥夜が寝ている彩葉達に『操影弾』を撃ち込み影のドームを造り上げ覆い、そして『シュバルトブリッツ』を懐に仕舞う。
「銃は使わないので?」
挑発とも取れるその行動にシャトラは眉をひそめる。
「あぁ、腕はともかく足が動くアンタなら当たりそうにねぇからな…………弾の無駄遣いはしたくねぇ」
今の冥夜は足を怪我しているのでまともには動けない。
だが刀を握る力は残っている。
そうなれば手数より一撃に掛けた方が勝算はぐんと上がる。
対して、
「(挑発―――――にしては雑ですね。本心か、それとも?)」
シャトラは考慮していた。
腕に力は入らない。
だが動くことは出来た。
ならば、とシャトラが一歩を踏み出したとき破れかぶれの大振りの一撃をシャトラに食らわせようと冥夜が振り抜く。
「ッッッッッ!?」
不意をつかれたからか焦ってしまったシャトラは初動を挫かれてしまった。
その隙を冥夜は逃がさない。
「うらァァッッッ!!」
一閃とその鋼の刀身を疾らせる。
だが、
徐々にその斬撃は当たらなくなってくる。
「チッ!」
巧く上半身を回転させながら猛攻をしかけるがやはり足が使えないのは痛手だった。
「その足で流石――――と言いたい所ですが、あまり私を舐めないで下さいね!!」
純白の鉄塊が振るわれる。
だが、それも力が入っておらず大振りの一撃。
本来は簡単に避けられるはずがやはりいつもより動きが鈍い。
腕に力が入っていない分シャトラの身体ごと体当たりで冥夜も吹き飛ばされる。
「う、ぐっ!?」
転がりながらも何とか受け身をし体勢を立て直すが、踏ん張りが効かないのか片膝を着いてしまう。
「やはりお互いがあまり動けていませんね」
ごりごりと不快な音を立てながら持ち上げることが出来ない鉄塊を床に引き摺りながら削っていく。
「(冗談じゃねぇッ。何がお互いがあまり動けていませんね、だ! 向こうと俺とじゃ機動力が段違いだ…………どうすりゃいい?)」
そもそもの身体能力の違いがあるのだ。
このままでは冥夜が勝つことは難しい。
ならば、
「どうやらこの勝負―――――私の勝ちのようですね!!」
シャトラが一気に勝負を決めにかかってくる。
一直線に冥夜へと向かうシャトラは純白の鉄塊を振り上げる。
同時に腕が悲鳴を上げる。
限界はシャトラも同じだった。
「あぁ―――――そうだな」
カシュッと重々しい音を立て『ヴェヒターシュタール』に弾丸を装填する。
「これで決めるよ」
冥夜が静かに告げると鋼の大太刀を体育館の床へと叩き付ける。
バキバキバキィィィッッッッッ!!
と激しい破壊音は周囲に響く。
それと同時に板が敷き詰められていた床がひび割れめくり上がる。
「甘いッ!!」
衝撃はシャトラにまで及ぶも寸でのところで飛び上がりそれを避ける。
猪のように突貫したところを狙ったようだった冥夜の攻撃は外れてしまった。
シャトラは鉄塊を振り下ろすモーションに入った。
だが、
その行動を待っていたかのように冥夜が鋼の刀身を構えていた。
「(しまった!? 誘われたッ!?)」
気付いた時にはもう遅い。
「お、おおおォォォォォォォォォォォォッッッ!!」
「は、ぁぁァァァァァァァァァァァァァッッッ!!」
二つの怒号が入り交じり衝撃波が辺りを覆う。
鋼と鋼。
刃と鉄塊。
ぶつかり合い火花を散らしていたその二つの武器は鈍い音と共に同時に砕けた。
「くっ――――あぁッッ!!」
冥夜は一瞬体勢を崩すも拳を握りしめ付き出した。
シャトラも少し遅れて拳を握り同じように付き出す。
拳と拳が交差し互いの顔面に吸い込まれるように突き刺さる。
バキィィッ!
鈍い音が響くと片方の人影が地面に沈む。
短い息を切らしながら拳を天に掲げ勝ち誇ったように、
「――――――――――――勝った」
犬塚冥夜がボロボロの姿になりながらもそう告げるのだった。
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